NHKの大河ドラマ『龍馬伝』が始まった。福山雅治が最近、なんでカーリーヘアーにしているんだろうと思っていたら、龍馬を演じるためにそうしていたんだ。
龍馬伝を見ていたら、当時土佐藩には上士(上級武士)と下士(下級武士)の厳しい階級制度があり、下士は上士に逆らえないという理不尽な世界が広がっていた。
これを見ていたふと思ったのは、現代におけるクライアントとサプライヤの関係も同じようなものではないかということだ。クライアントは発注者でサプライヤや受注者という上下関係があるため、基本的にはサプライヤはクライアントに逆らえない。これは坂本龍馬の時代と同じではないかと思ったけれど、絶対に立場が逆転しないわけではない。
クライアントの組織からその人が離れれば、サプライヤの立場になることも大いにあり得る。自分の実力ではなく組織の後ろ盾で偉そうにしている者は立場が変わると本当に情けない。
妹尾河童の小説『少年H』で、戦時中の学校で偉そうにしていて少年Hをいじめていた教師が終戦後に態度が180度変わる場面があった。環境なんていつどんなふうに変わるのかわからない。だから環境や立場が変わったときに情けないことにだけはなりたくないと思う。
ツールベンダーの営業員と話しをするときにこのことを忘れないようにしている。自分が動かそうとしているのは自分のお金ではなく組織の金であり、そのツールに投資するのは、自組織の商品やサービスを向上するために役立てるのであって、それが達成できなかったら自分の責任だ。
だから、そのために自分とツールベンダー、ツールメーカーは協力しなければいけない。技術者教育ベンダーについても同じ事が言える。技術者教育にお金をかけるということは、その結果、技術者のスキルが上がり、結果的に価値の高い商品をリリースすることに貢献できなければならない。
すぐに結果が分かるようなことではないが、「役に立つ」という確信がなければ投資してはいけない。
そのためには、ツールベンダー、ツールメーカー、教育ベンダーにも努力してもらう部分があるし、自分もできる限りの情報を提供する必要がある。
ツールベンダー、ツールメーカー、教育ベンダーも何も言わずにお金だけ払ってくれるお客さんよりも、いろいろな注文を付けながらも長く付き合ってくれるお客さんの方がありがたいはずだ。
クライアントもサプライヤも顧客満足を高めることを第一の目的として行動をしていれば、よりよい互恵関係が築かれ、後から売り上げも付いてくるはずだ。
日頃からそういう行動を取っていれば、立場が逆転したときでも共通の価値感のもと、態度を変える情けない状況にはならないと思うのだがどうだろうか。
2009-06-25
ユーザー要求の多様化とペルソナ法
『自分の中で失った信頼を一部回復したSONY』の記事に ZACKY さんから以下のようなコメントをもらった。
ZACKY さんは書きました...
お久しぶりです.起動時間もそうですが,最近思うのが,テレビやHDD レコーダーの電源をオンにするとテレビ番組がいきなり表示されるのに違和感を覚えています.
HDD レコーダーだったら録画リストの方を出してほしいし,テレビでも番組表を先に出してほしいです.いきなり見たくもない騒々しい番組を見せられるのにゲンナリしています.
それから,番号ボタンでチャンネルを切り替える機能,これも僕にとっては要らないです.こんなボタンをつけるぐらいだったら,一発でHDDレコーダーやDVDプレーヤーに切り替えるボタンをつけてほしいです.現状だと入力切り替えボタンを延々と押す必要があります.
顧 客要求については,僕もいろいろと,たとえばペルソナ法を中心に研究している最中ですが,なかなか難しい問題をはらんでいます.難しいと思うのは,顧客の 要望をそのまま機能化するのではなく,顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする部分だと思いますが,この部分の方法論を探しているところです.も し何か情報をお持ちでしたら,ご教示ください.
ユーザーの要求は多様化している。折しも、本日 25日 社長に就任したトヨタ自動車の豊田章男社長は就任記者会見で、今後の経営指針として「マーケットに軸足を置いた経営」を掲げた。
世界各地域の市場特性に合致した事業展開を目指すもので、地域ごとに「攻めるべき分野と退くべき分野を見定め、経営資源を重点配置する」方針を示した。市場によってはトヨタの特徴でもあった商品の「フルライン」政策を見直すと明言、各地域で「必要十分なラインナップ」にしていくと語った。このため、新経営体制では日・米・欧および新興諸国地域にそれぞれ副社長を地域責任者として張り付け、現地の実情に即した事業展開を図っていく構えとした。
ユーザー要求が多様化し、ソフトウェアができる範疇でものすごく広くなった。(なってしまった) だから、「ユーザー要求」だからということで、各方面での要求を機器に入れていくとあっという間に機能満載の使いにくい組込み機器ができあがる。
このことに気がついている日本の組込み機器メーカーはまだそれほど多くないと思う。どんな要求でもユーザー要求を機器に取り込むことができれば、お客さんは満足してくれるはずと思い込んでいる人は驚くほど多い。
そういう人は会社の中で売り上げが上がったとか下がったとか言いながら数字だけを見て毎日を過ごしている。現場を見ていないのだ。ユーザー要求が多様化したのは時代の流れだが、上司が部下に「技術者は現場を見に行け」と檄を飛ばしていたのは昔の話しであり、そう言われてきて偉くなった人たちが、今になって若いマネージャやエンジニアに「商品が使われている現場を見に行け」となぜ言わないのかさっぱり分からない。
さて、ZACKYさんお尋ねのペルソナ法だが、自分の認識では具体的に存在するユーザー像(例えば、東京に住んでいる女子高生など)のプロフィールを定義し、そのユーザーならどんな機能や性能、サービスを欲するだろうかと考えるやり方だと思う。
これは昔のベテランエンジニアならば誰でもやっていたことだ。自分達の製品が使われている現場に行きどんな風に使われているのがじっと観察する。そして、いくつかの現場を見てもっともポピュラーなユーザー像(ペルソナ)を自分の中で想像し、そのユーザーが一番使いやすいと思われる商品を開発する。
ところが、ユーザーの要求が多様化したためエンジニアが想像するユーザー像が欲すると思われる機能や性能、サービスが必ずしもユーザー要求の総意ではなくなってきた。だから、何を作るにしても想定したユーザー像をエンジニアの頭の中の想像にとどめずに、明示しておく必要がでてきた。これがペルソナ法が確立されてきた背景だと思う。なぜ、明示しておく必要があるのか。それは、あるユーザー像を想定した造った商品が売れなかったら、それは想定したユーザー像が間違っていたと考え、より大きな層のユーザー像(ペルソナ)にシフトするための検証材料に使うからだ。
場合によっては、複数のペルソナを想定してそれらの要求に応じて商品の味付けが変わるような工夫をするとよいのかもしれないが、よくよく考えて作らないと、機能満載の使いにくい機械ができあがってしまう。
商品を使うユーザー像を想定するという話しは、トヨタ自動車の新社長 豊田章男氏が「前経営陣までの拡大路線について、前経営陣までの拡大路線について、身の丈を超えていた」と反省し、「今後は地域に合った商品構成に改めるべく、日本、北米、新興国など地域ごとに販売車種を絞り込む」という新戦略を示し、「国内では広告・市場調査を担う新会社を10年初めにも設立し、消費者の要望や販売現場の意見を、新車開発や生産に反映させる」と語ったことと符合する。
要求が多様化したので、地域によって異なる要求(ペルソナ)別に商品を変えるということだ。何でもかんでも機能を突っ込めばよいと考える時代は終わった。しかし、逆に想定したユーザー像が間違っていたときの傷も大きくなるので、そこは長い年月の間に商品をモデルチェンジしながら、その時代に最適なユーザー像(ペルソナ)を軌道修正していく必要がある。
これまで組込みソフトの世界でこの作業は、商品が使われる現場、パフォーマンスや制約条件、デバイスの特長などの知り尽くしたアーキテクトが担ってきたが、今後はマーケッターやユーザーインタフェースの分析者とともに共同で分析し、分析した結果を目に見える形で残していかなければならない。
P.S.
日科技連のソフトウェア品質研究会でユーザビリティをずっと研究しているグループがある。2006年度の研究論文に『ターゲットユーザを明確にするためのペルソナ手法の実践と課題抽出』というのがあるので参考にしていただきたい。それと、組込みプレス vol.8 で紹介したQFD 品質機能展開も使えるのではないだろうか。「顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする」というのは具体的には、さまざまな顧客の要求や、市場環境や、他社状況や、ステークホルダの好みなどに優先度付けし、最終的には想定したユーザーへの価値が最大になる点を見つけることだと思う。そのためには QFD が有効だと感じる。
2009-06-13
自分の中で失った信頼を一部回復したSONY
定額給付金とエコポイントが出そろったところで、我が家も古くなったブラウン管テレビを地デジ対応の液晶テレビに買い換えた。
これまで使っていたブラウン管テレビは 2003年製の29インチ SONY製のBSデコーダ内蔵テレビ。地デジ対応までのつなぎのつもりで5年ほど前にすでに型落ちになっていたこのテレビを確か5万円台で買った。
あのときはまあ安いからいいやとよく比較もせずに買ったこのブラウン管テレビには買ってから後悔したことがあった。電源を入れてからテレビの画面が表示されるまで12秒もかかる点だ。音声は約3秒ほどで出てくるが画面表示まで12秒もかかるのはせっかちな自分には我慢ならない。
この事実は日本の電機メーカーがカタログスペックに載る機能しか見ておらず、本質的なユーザーニーズを分析できていない典型的な例として、(TVとDVDレコーダーの電源投入に時間がかかるところをビデオに撮って)いろいろな場面で紹介させてもらった。
そんな中で、2008年2月に日本ビクターが起動時間を10秒から3秒に短縮した液晶テレビを発売したことをブログで話題にした。『パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業』
これまで使っていたブラウン管テレビは 2003年製の29インチ SONY製のBSデコーダ内蔵テレビ。地デジ対応までのつなぎのつもりで5年ほど前にすでに型落ちになっていたこのテレビを確か5万円台で買った。
あのときはまあ安いからいいやとよく比較もせずに買ったこのブラウン管テレビには買ってから後悔したことがあった。電源を入れてからテレビの画面が表示されるまで12秒もかかる点だ。音声は約3秒ほどで出てくるが画面表示まで12秒もかかるのはせっかちな自分には我慢ならない。
この事実は日本の電機メーカーがカタログスペックに載る機能しか見ておらず、本質的なユーザーニーズを分析できていない典型的な例として、(TVとDVDレコーダーの電源投入に時間がかかるところをビデオに撮って)いろいろな場面で紹介させてもらった。
【これがTVの起動時間の様子】
【これがHD/DVDレコーダにDVDを入れたときの起動時間の様子】
※画面右上のローディングマークが消えるまでの時間に注目
そんな中で、2008年2月に日本ビクターが起動時間を10秒から3秒に短縮した液晶テレビを発売したことをブログで話題にした。『パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業』
起動時間という「当たり前品質」に相当するユーザー要求を前面に出してきた新しい試みといえる。
一度痛い目にあったら次の買い物では二度と同じ過ちを犯さないのが信条なので新しい液晶テレビを選ぶ際にはかなり慎重に選んだ。
普通なら一度イヤな思いをしたメーカーの同じ分野の商品は買わないのだが、ここ数年ずっといろいろな情報誌等での液晶テレビの評価をリサーチしていて結果的にまた SONY の40インチの液晶テレビを買った。
BRAVIA KDL-40V5 という機種だ。買ってから約一週間たったが、意外や意外本当によくできていると思った。テレビの起動時間は約7秒でストレスをそれほど感じることなく立ち上がり、待機電力を時間帯を指定してあげることでさらに高速起動が可能になる。
SONYだからたぶん OS には Linux を使っているはず。普通ならLinux の起動には30秒くらいはかかる。今や多くのメーカーはハイバネーション機能を使ってOSをゼロから立ち上げることはせず、高速で立ち上がるために必要なメモリの状態をあらかじめハードディスクにコピーしておき、それをダイレクトにメモリに読み出すことで起動時間を早くしている。
だから、この液晶TVも指定したチャンネルの画面は早くでるが、画面表示以外の設定などを電源投入直後に行おうとしても、それは待たされる。すぐにやりたいことと、そうではないことの区別と対応ができている。「そんなこと簡単じゃないか」と思うかもしれないが、設計の初期段階でそのような仕様の選択ができるエンジニアは非常に少ない。ユーザーが何を求めているかを熟知していて、かつ優先度の高い機能や性能と優先度の低い機能や性能を整理できて、優先度の低い機能を勇気を持って切るくらいの決断力が必要になる。
総じて、SONYの液晶TVの何がいいかというとユーザーインタフェースがいい。これは間違いなく、エンジニアが試行錯誤で作り上げた機能仕様ではない。プロのユーザーインタフェースのデザイナーが使い勝手をかなり研究して作った仕様だ。情報家電は機能や性能がよければいいのではなくユーザーに対するサービスがよくないと、より多くの人には受け入れられないし結果的には競争に負けることが家電メーカーにも分かってきたのかもしれない。
【SONY の液晶テレビで感心したこと】
- デフォルトで平均的なユーザーの好みの設定になっている。
- 映像の画質をあえてデフォルトダイナミックにしてスタンダード設定は選択できるようにしている。(ダイナミック設定はとてもくっきりはっきりしている。家電量販店で他社の機種より目立つには有効。どぎついと思ったユーザーはそう感じたときにスタンダードにすればよいという考え方。よく考えていると思う。マーケッターのアドバイスがなければスタンダードをデフォルトにするだろう。)
- いろいろな設定をグルーピングして大まかに好みのグループをユーザーが分かりやすい言葉で選べばよいようにしている。
- 操作に対するレスポンスはストレスを感じないほど改善している。(一年前に買ったHD/DVDレコーダに比べるとその差は歴然)
- 接続する機器やアナログ、地上デジタル、BS、CSのチャネルと選ぶ項目がとてつもなくたくさんになった。これを選択しやすくするために、リモコンのHOMEキーを押すと、縦横の十字の選択インタフェースが表示される。これは非常に分かりやすい。階層を深くすることなく全体の中のどこを選択しているのかが直感的に分かる。(設定メニューの階層が深くで自分がどの位置にいるのか分からない製品は多い)
- 電源投入時間を短縮したいユーザーに対するトレードオフ(消費電力を朝など時間帯を設定して上げることで早くする)を用意している。
- 待機電力を限りなくゼロにしたい人のための主電源スイッチが用意されている。
ちなみに、これだけいろいろなことができ、いろいろな機器を接続できるようになっていると普通なら取扱説明書が相当読みにくくなる。それに関しては SONY はWEBサイトをうまく使っている、購入したTVの取り扱いに関するナビゲーションのサイトが用意してあり、自分がやりたいことを選択していくと、どのような接続、どのようなオプションが必要であるか分かるようになっている。紙の取扱説明書でできないことをWEBサイトを使って上手にナビゲーションしている。
時代は変わった。組込み機器のインタフェースはエンジニアがいろいろな人(ステークホルダ)の言うことを聞きながら試行錯誤で作り込む時代ではなくなった。ユーザーインタフェースはユーザーの使い勝手や市場での競争力が最大になるように、プロのデザイナーが考え実現可能かどうかをエンジニアと詰めていくように変わってきた。この液晶TVを見ている限り、機能が優先され性能が置いて行かれることもなくなったように見える。
ただ、そんな設計を分業でできるのは大企業だけかもしれない。ユーザーインタフェース専任のデザイナーを用意できないような組織ではエンジニアがその役割も担う必要があるのだ。
P.S.
消費電力をブラウン管TVと比較してみたら、29インチのブラウン管TVが130W, 待機電力が 0.07W で、新しく買った40インチの液晶TVが 129W, 待機電力が 0.12W だった。画面が大きくなっているから効率はよくなっているが、絶対値だけ見ると消費電力はほとんど変わらないし、待機電力はアップしている。エコポイントも23,000ポイントもついてものすごくエコに貢献しているように見えるが絶対値で比較すると実は貢献していないというのが現実だ。
個人的にかなり投資もして愛用していた CLIE を市場から撤退したSONYに対する怒りはまだ消えていない。(iPod touch がこれだけ売れているのだから市場はあったはずだ) 一度失った信頼を回復するには時間がかかるのだ。
2009-03-17
携帯電話価格の怪
訳あって携帯電話を新規で買うことになった。そのときの話である。最初にお断りしておくが、今回の携帯電話の購入に際して携帯電話のキャリアや販売店、携帯電話のメーカーに対して怒っているわけではない。個人的には不満はなかった。ただ、これって携帯電話の業界に取って本当にいいのだろうかと思っただけだ。
さて、総務省は平成19年の秋に(総務省の通達:携帯電話に係る端末価格と通信料金の区分の明確化に関する携帯電話事業者等への要請)という通達を出した。
携帯電話に係る端末価格と通信料金の区分の明確化について(要請)携帯電話(PHS等を含む。)に係る現行の販売モデルにおいては、端末価格と通信料金が一体となっている事案が多数存在し、利用者から見て負担の透明性・公平性が十分確保されているとは言えない状況にある。総務省においては、本日、「モバイルビジネス活性化プラン」を策定・公表し、端末価格と通信料金が一体となっている現行の販売モデルについて、2008年度を目途に、端末価格と通信料金が利用者から見て明確に区分された新料金プラン(利用期間付契約を含む。)を部分導入すべく所要の見直しを図る等の方針を示したところである。ついては、貴社において、上記の趣旨を踏まえ、携帯電話に係る端末価格と通信料金の区分の明確化を図るべく積極的かつ速やかに所要の措置を講じるよう検討することを要請する。
要するに、携帯電話のキャリア各社に対して携帯電話の本当の価格を隠して、使用者の通信費に上乗せし、販売店に販売奨励金を支払うという構図はやめなさいと指導をしたのだ。(携帯ゼロ円のカラクリ)
『三菱電機の携帯電話事業撤退で見えること』の記事に書いたように、このシステムのおかげで日本では機能満載の本当の価格を知ったら購入を躊躇するような高機能携帯電話をホイホイ買うような特殊な環境ができてしまった。日本の携帯市場はガラパゴスと呼ばれている。
グローバルな世界では、$100~$200 クラスのシンプルな携帯電話(例えばノキア製とか)が最もよく売れていると聞く。
総務省の勧告で携帯電話の本当の価格がユーザーの目に明らかになった・・・はずだった。その証拠に今回購入した携帯電話の価格は 42,960円と書かれていた。これが定価だ。
家電などの場合、この定価からいくら引いてくれるのかで、客と販売店は真剣勝負をする。ところが、携帯ショップではこの42,960円を割り引いてくれる気配がまったくない。どの店を見ても同じである。
しかし、24回の分割払いにすると月々の(実質)負担額は600円と書いてある。合計すると14,400円になる。だったら、なぜ、一括払いで 14,400円か、それよりも安い価格で売ってくれないのか? 一括払いより月賦払いの方が安い世界などあるのか?
このからくりは複数の店で何回か説明を聞いてやっと分かった。結論から言うと、次のようなことだ。
- 一括払いで買う人は 42,960円(定価) を払う。
- 分割払いする人も42,960円 の1/24(1,790円) を毎月払う。
- 一括払いする人にも分割払いする人にも携帯キャリアが24ヶ月月額通話料を1,190円割り引いてくれる。(新規購入の場合)
- 分割払いする人は、携帯の購入代金を月々1,790円払うが、月額通話料を1,190円割り引いてくれるので、相殺すると月々の負担は600円になる。
結論からいうと、この携帯電話は定価42,960円だが、実質的に 14,400円 で購入できる。携帯電話のキャリアは携帯電話の代金全額(42,960円)を購入者に成り代わって販売店に立て替え払いする。携帯電話メーカーは42,960円のうち卸価格分を受け取り、販売店はその差額を得る。そして、携帯電話の価格の月額分割支払金を24回払い金利なしで、キャリアがユーザーから徴収するが、月賦払いしている間キャリアやユーザーに対して通話量を割り引く。
かくして、目的の携帯電話が 実質 14,400円 で買えることが分かったものの、最初に 42,960円 を払うことに抵抗を感じた自分は、渋々、携帯電話キャリアの戦略に乗って 月々 600円 を24ヶ月払うことに同意した。
結果的にその携帯電話を 14,400円で買えたのは「安い」と思うので、その点は不満はない。しかし、以下の点で釈然としない。
- 販売店同士の販売競争が起こらない仕組みのように見える。
- キャリアが実質的に携帯電話の価格を大幅に値引いてくれているのは嬉しいが、それってユーザーがどこかでそのぶんを負担することになっていないか?
これって日本における携帯電話の異常な高付加価値・高機能マーケットをグローバルマーケットの需要と供給の関係に引き戻すブレーキになっていると思う。携帯電話の本体価格の負担は24ヶ月で終わるため、携帯電話の本体価格負担込みの不当に高い通話料をずっと払い続けることはなくなったが、日本人だけが身分不相応な高価な使わない機能満載の携帯電話を持ち続ける状況は解消できそうにない。
販売契約書をよくよく読むと、購入者は 42,960円 をこつこつと24回の月賦(毎月1,790円)で払うことになっている。しかし、その間、通信料をキャリアが1,190円割り引く。本体価格の負担金 1,790円と通話料の割引1,190円は互いに関連はないという論理だが、関係ないはずはないだろう。
実質的には月々 600円 の支払いとなり、携帯電話の価格は実質 14,400円であるが、あくまでも 携帯電話の価格は 42,960円だといいたいようなのである。
一言で言えば、これはまやかしだ。普通なら高くて買えないもの、普通なら「こんなに高いのなら買うのをやめよう」というものを安く見せかけている。
本当にこれでいいのだろうか。日本の携帯電話市場だけこんな異常な状態にしておいて、日本の携帯電話メーカーは世界で生き残れるのだろうか。世界で売れ筋の携帯電話にもっとも力を入れる携帯電話メーカーが日本で育たなくても本当にいいのだろうか。人ごとながら、心配になった次第だ。(でも、恩恵には預かったので大きな声で文句は言えない)
2009-01-10
リーダーの発言と行動
このブログで政治の話をするつもりはさらさらないのだが、定額給付金の問題での閣僚の発言の迷走ぶりが日本の企業内のリーダー達の発言や行動と似ているところがあると感じたのでここで分析してみたい。
定額給付金を国民に配布するという話しは、当初は低所得者への支援という性格から、配布のタイミングを逸したことで、今では消費刺激という性格に変わっている。
これに対して、各閣僚が定額給付金を受け取るのか受け取らないのかを答えているが、甘利行政改革大臣の答えを聞いて、「この人はクリティカルシンキングができている」と思った。
「家計支援という趣旨で言えば、私は申請しない。消費刺激の責務があるから、家族には私のポケットマネーから定額給付し、地元の商店街で使うよう要請したい」(甘利 明 行革相)低所得者への支援という目的に対しては、(自分は高額取得者であるから)定額給付金を受け取らないと答えたのは論理が通っている。
また、消費刺激の目的に対しては、(自分は高額取得者であるから)定額給付金は受け取らずにポケットマネーを使って消費する答えたのも論理が通っている。
この問題は以下の三つに対して矛盾なく、発言と行動ができるかどうかがポイントであり、自分は閣僚11人のうち甘利行政改革大臣だけが矛盾なく答えることができたように感じた。
定額給付金の目的と発言者の立場
- 定額給付金は低所得者への支援である
- 定額給付金は消費刺激のためである
- 自分は1800万円以上の収入がある高額取得者である
そう考えて、何人かの閣僚の発言を眺めてみる。
「個人の判断であって、まだ予算も通ってない段階から、もらったらどうだとかこうだとかいう“たられば”の話というのでは、お答えのしようがない」(麻生首相)「“ニコニコ給付金”で皆が喜んで受け取ってもらいたい。私はニコニコして受け取る」(鳩山邦夫 総務相)「省エネ製品を買ったり、エコポイント制度を利用して電球型の蛍光灯を買ったり、私のお金をプラスして地元で消費したい」(斉藤鉄夫 環境相)「飛騨牛を食べるとか、じっくりそれは考えたい」(野田聖子 消費者行政相)「個人の内面性に土足で踏み込んで、もらうのかもらわないのか迫るのは、個人の内面性の自由とぶつかるのではないか」(与謝野馨 経財相)「(給付金の受け取りを)辞退するなんて、格好つけるような事を言う人があるが、そうじゃない。ここで少しでも景気の傾向に歯止めをかけ、頑張っていこうではないか」(自民党 細田博之 幹事長)
麻生首相と与謝野経財相以外は、2の定額給付金は消費刺激のためである という一点だけに着目して発言している。麻生首相と与謝野経財相に至っては、定額給付金の目的を推し量れるようなコメントがどこにも入っていない。
マスコミが「定額給付金を受け取るのか受け取らないのか」などという一見どうでもいいようなことを聞いているのは、これを聞けば定額給付金を低所得者への支援なのか消費刺激のためなのか、閣僚達がどちらだと考えているのか、もしくは別の考えを持っているのかが分かる、おそらく一致していないだろうと考えたからだと想像する。
そして、その問いに対して矛盾なく回答できたのは、甘利行政改革大臣だけのように感じる。
そもそも、このようなクリティカルな思考(自分の考えを批評しながら、より深く論理的に物事を考えること)をするためには、発言や行動の前に「目的」が明確でなければいけない。
「目的」を考えるについては直近の要求ではなく、遠くにあるゴールを見据えながら、今行うべき発言や行動について考える。
日本人はこれに慣れていないし、そのための教育や訓練を受けてきていない。(アメリカ人と日本人の記事を参照のこと)
だから、直近に起こったこと、ステークホルダからの要請、自分の過去の体験に基づく判断で発言や行動をしてしまう。リーダーがこれをしてはいけない理由は、一度した発言や行動が後で撤回されることが続くと、大きな無駄が発生し、部下の信頼がなくなり、プロジェクトのモチベーションが下がるからだ。
だからリーダーが発言や行動をする前には、トヨタ式ならその発言や行動に対して3回から5回、「なぜ、それを指示するのか」を繰り返してみるとよい。なぜを繰り返すことで、発言や行動の本質、目的が明確になり、遠くにあるゴールが何かはっきりしてくる。
それ以外にも、マーケティングの世界では「ファイブフォース分析」とか「SWOT分析」とか「バランスコアカード」とかの分析手法があるが、日本の組織内のリーダー達の多くはそういった理論(先人の知恵を体系化したもの)を使ったり、それらを知っている部下に分析を指示したりせずに、直近に起こったこと、ステークホルダからの要請、自分の過去の体験に基づく判断で発言や行動をしてしまう。
クリティカルシンキングを使わなかったとしても、日本のお家芸的にはカイゼンのアプローチで事態をを打開することができる。
P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Actoin)のサイクルを回すというのが、カイゼンのプロセスの代表例だが、実際にはそれが身についている人は非常に少ない。
計画を立てて実行したとき、その行動が成功したのか失敗したのかを判断するためには何かしらの評価指標が必要だ。ところが、行動をする前にあらかじめ評価指標を考えている人は以外にも少ない。P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Actoin)が大事だと教壇に立って教えている人でさえ、講義が受講生に対して効果を及ぼしたのかどうかをチェックしていないこともある。
定額給付金について、「定額給付金は低所得者への支援である」と「定額給付金は消費刺激のためである」の2点について、評価指標を考えてみよう。
「低所得者への支援」が成功したかどうかの評価指標の例としては、今となっては失業率を目標にするのがリーズナブルなように思う。失業率の悪化をゼロにすることはできないから、例えば他国の状況を見て目標失業率を設定し、それをクリアできたかどうかを一定期間後に計測する。
12,000円の定額給付金が失業してしまった人が定職に就くためにどの程度有効かと考えると焼け石に水のような感じがするので、見直した方がよいという判断に傾く。
次に、「消費刺激」に関しては、GDPを0.2%引き上げる効果があるという試算があるようだから、これが計れるのなら半年後など期間を決めて計測すればよい。簡単に計れないのなら企業の倒産件数などを指標にしてもよいと思う。
評価指標を考えると成功したときの自分と失敗したときの自分が見えてきて、本当にこれをやっていいのだろうかと考えるようになる。施策を実行する前に評価指標を考えることで、そもそもその施策自体が目的に合っているのかどうかの見直しができる。これはソフトウェア開発における早期テスト設計、テストファーストと同じだ。
プログラムを作る前に単体テストのテストケースを作っておくと、プログラムの仕様自体が浮き彫りになり、このテストケースを通すためにこの関数を作らなければいけないという視点が生まれる。
日本の企業内で評価指標の設定ができていない(=クリティカルシンキングができていない)例は例えば次のようなことだ。
ある製品の売り上げが落ちた。その原因を問われたリーダーが販売サイドから「他社にはある○○の機能がこの製品にはついていないからだ」という意見が上がっていたことを思い出し、プロジェクトに対して「○○の機能を早速付け足すべし」という指示を出すといったケース。
ここで考えるべき評価指標は、○○の機能を付けたことでどれだけの売り上げアップに貢献するのかという点と、エンドユーザーの満足度はどれくらい向上するのかという視点である。そして、それらを判断するための数値的な指標を考える必要がある。でも、多くの組織ではそんな観点なく、場当たり的な指示が飛ぶことが多く、リーダーの信頼が失われてしまう。
リーダーは行動を起こす前にプロジェクトメンバーに評価指標を提示すれば、評価指標を計測したときに行動が成功だったのか失敗だったのかが判断できる。失敗が明らかになってしまうことに対する恐れを抱くリーダーもいるかと思うが、これまで述べてきたように評価指標を考える段階でクリティカルシンキングが働くため失敗する確率は低くなる。
また、評価指標をあらかじめ掲げて失敗したとしても、カイゼンのプロセスを回す意志はプロジェクトメンバーに伝わるため、次回連続して失敗する確率が減ることが想像され、リーダーへの信頼は逆に高まる可能性もある。発言や行動の評価指標を設定しておけば成功しても失敗しても得るものがある。それができないリーダーは失敗したときに周りからの非難されるが怖いからか、クリティカルシンキングを一度もやったことがないからだ。
ただ、発言や行動をする前に評価指標を考えておくというのは、言うのは簡単だけれども実際にやってみるには、小さいPDCAを回す経験を積み重ねていないとなかなかうまくできない。
例えばお昼ご飯を何にしようかといった非常に小さいことでも、今日の気分と予算を設定して、昼食後に満足度と予算がクリアできたかどうかをチェックして翌日の昼食選びに活かすといったPDCAを回す経験を繰り返しておかないと、もっと大事な行動をしなければいけないときにサッとクリティカルシンキングはできない。
クリティカルシンキングをしながら発言や行動をしないと「いい仕事をしたね」と言われるような実績につながらない。いい仕事を積み重ねることができるとリーダーとしての信頼を得ることができる。いい仕事を積み重ねるためには、今やっていること、やろうとしていることの本質的な目的を常に考えていなければならない。
クリティカルシンキングについては『通勤大学MBA〈3〉クリティカルシンキング (通勤大学文庫)』で819円で学べるので参考にしていただきたい。
2008-05-05
『はじめての課長の教科書』を読む
『はじめての課長の教科書』という本を読んでいる。 2008年4月5日に第6刷までいっている。今日現在でも Amazon で総合20位だ。著者の酒井穣さんのプロフィールは次のようなものだ。
酒井穣(さかい・じょう)1972年生まれって、36歳ってことか・・・ 自分は36歳のとき何をしていただろうか。
1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、オランダTilburg大学TiasNimbas Business School経営学修士号(MBA)首席(The Best Student Award)取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事。その後、ヘッドハンター経由でオランダの精密機械メーカーに転職し、オランダに移住する。主に知的財産権本部に所属し、特許マーケティングと特許ポートフォリオの管理を担当する。現在も知的財産本部の仕事に精力的に取り組みながら、オランダの柔軟な労働環境を活用し、2006年末Google Mapsなどを利用したウェブ・アプリケーションを開発するベンチャー企業J3 Trust B.V.を創業。最高財務責任者(CFO)としての活動を開始する。オランダでの生活、経営や育児、語学などの幅広い話題をカバーする人気ブログ、NED-WLTの管理人。
例によって例のごとく、はじめにから一部を引用したい。ちなみに、よいと思った本の一節をキーボード叩きながら書き写すとただ単に読むよりもより頭の中に浸透する。学校で授業を受けているとき先生が黒板に書いていることをノートに写し取るのと同じだ。
【はじめての課長の教科書 はじめにより引用】
課長って、いったい何なのでしょうか。
組織の中で、課長として成功することができれば、さらに輝かしいキャリアを歩むことができるでしょう。
しかし現実には、多くのビジネスマンが課長のすぐ手前で昇進につまずいてしまったり、課長になったとたんに、人材の輝きが失われてしまうケースが少なくありません。キャリア形成において、課長という地位は、どうやらボトルネックに当たるようなのです。
強調したいのは、多くのビジネスマンには、人生のうちの一度くらいは、課長に近い立場で仕事をするチャンスが訪れるということです。
であるならば、世のビジネスマンたちは、課長として成功するための方法論に、もっと関心を向けるべきだとは思いませんか?
中間管理職向けビジネス書が見あたらない不思議
課長のためのいいテキストはないか、世の中にあふれるビジネス書を広く調べてみたところ、その結果は意外なものでした。
末端社員向けの実務的なノウハウ集や、経営者向けの専門書は多数見つかっているのですが、中間管理職一般の仕事について詳しく書かれたビジネス書というのは本当に少ないのです。
さらに経営学の研究者たちの間でも、中間管理職の重要性に注目している人はとても少なく、むしろ中間管理職は組織のフラット化とともに「消え去るべきもの」として攻撃の対象にすらなっていることがわかりました。
この結果を受けて、私にはピンとくるものがありました。
マネジメント理論は、基本的には欧米から輸入されたものです。欧米発信の理論には、当然のことながら、日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点はありません。
私は、これまでに日本の企業組織と欧米の企業組織の両方で働いた経験があり、現在は欧州でベンチャー企業を立ち上げ、経営者として活動しています。
また私は、ファイナンシャル・タイムズのヨーロッパMBAランキングで8位に選ばれ、オランダ国内のランキングでは常に1位か2位に付けている欧州トップクラスのビジネス・スクールを主席(The Best Student Award)で卒業し、マネジメントの理論もそれなりに身につけています。
ゲーテが「外国語を知らない者は、自国語も知らない」と言ったように、欧米の文化の中でインサイダーとして深くビジネスに関わってきた私には、日本の企業組織ならではの強みが見えるのかもしれません。
中間管理職は念頭にない欧米のマネジメント理論
欧米の企業では、経営者と従業員は対立する立場であると考えられています。そのため、欧米を中心に開発され、発達してきたマネジメント理論というのは、企業組織を経営者(=支配者)と従業員(=被支配者)に分けて考える二元論をベースにしています。
ですからマネジメント理論では、従業員はあくまでも従業員に過ぎず、それを中管理管理職と末端社員に分けて考えるという発想はほとんどありません。
:
【引用終わり】
マネジメント理論は、基本的には欧米から輸入されたものです。欧米発信の理論には、当然のことながら、日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点はありません。の「マネジメント理論」というところを「ソフトウェア工学」と置き換えても同じではないかと常々感じている。特に人間の心理や組織の在り方が強く影響するソフトウェアの世界では日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点が必要だと痛感する。同じ人間が考えていることなので欧米発信の理論でもそのまま役に立つことが圧倒的に多いが、もしも現場でうまくいっていないのなら、それは日本人の気質や日本企業特有の問題が関係していることが多いはずだ。
そう考えると、『はじめての課長の教科書』で問題提起されていることがらが、欧米発信の理論がうまく適用できない場合のヒントになる可能性が高いと感じる。
『はじめての課長の教科書』の目次を見てみよう。
第1章 課長とは何か?
1 課長になると何が変わる?
2 課長と部長は何が違う?
3 課長と経営者は何が違う?
4 モチベーション管理が一番大事な仕事
5 成果主義の終わりと課長
6 価値観の通訳としての課長
7 課長は情報伝達のキーパーソン
8 ピラミッド型組織での課長の役割
9 中間管理職が日本型組織の強み
第2章 課長の8つの基本スキル
スキル1 部下を守り安心させる
スキル2 部下をほめ方向性を明確に伝える
スキル3 部下を叱り変化をうながす
スキル4 現場を観察し次を予測する
スキル5 ストレスと適度な状態に管理する
スキル6 部下をコーチングし答えを引き出す
スキル7 楽しく没頭できるように仕事をアレンジする
スキル8 オフサイト・ミーティングでチームの結束を高める
第3章 課長が巻き込まれる3つの非合理なゲーム
ゲーム1 企業の成長と阻害する予算管理
ゲーム2 部下のモチベーションと下げかねない人事評価
ゲーム3 限られたポストと予算をめぐる社内政治
第4章 避けることができない9つの問題
問題1 問題社員が現れる
問題2 部下が「会社を辞める」と言い出す
問題3 心の病にかかる部下が現れる
問題4 外国人の上司や部下を持つ日が来る
問題5 ヘッドハンターから声がかかる
問題6 海外駐在を求められる
問題7 違法スレスレの行為を求められる
問題8 昇進させる部下を選ぶ
問題9 ベテラン係長が言うことを聞かなくなる
第5章 課長のキャリア戦略
戦略1 自らの弱点を知る
戦略2 英語力を身につける
戦略3 緩い人的ネットワークを幅広く形成する
戦略4 部長を目指す
戦略5 課長止まりのキャリアを覚悟する
戦略6 社内改革のリーダーになる
戦略7 起業を考えてみる
戦略8 ビジネス書を読んで学ぶ
『はじめての課長の教科書』を読んでハッと思ったのは、「エース級社員は自由にしておいてもよい」とか「Cクラスの社員に対して、自分ができることは他人にもできるはずという発想で当たるのは最も大きな誤り」とか「動き回る管理職 MBWA= Management By Wandering Around が求められる時代」などといったさまざまな実際に思い当たる多くのヒントだ。
ただ、もう一つ思ったのはこの本に書かれていることをすべて遂行することは自分にはムリだということだ。
悲しいかな、欧米発ではなく日本人の気質や日本の組織に起因する良いところは、人工的には作り出すことは難しい、すなわち、もともと日本人として備わっている、個々にしみ込んでいることがらであれば、それを呼び覚ますことはできるが、性格や個人のポリシーを変えることはできないということである。
具体的には『問題9 ベテラン係長が言うことを聞かなくなる』の中で、「自らを権威づけする」という項目があり、課長が弱腰になってしまうと、部下全員が動揺してしまうという説明がある。
課長である自分に普段からこまめに権威づけしておくことは、部下から無駄な攻撃を受けないためにも大切なことで、いかにも権力の弱そうな課長では血気盛んな優秀な部下の攻撃をわざわざ呼び込むようなものであり、権威づけとは、いわば課長が自らに「権力のブランド」を構築するということであり、孔雀の羽のようなもので、ある程度まで虚飾性が入り込むことは避けられない、くだらないインチキだと思っても、権威が人の態度に大きな影響を与えるということは疑えない人間社会の現実だということが解説されている。
このことはとてもよく理解できる。理解できるけれども、自分は「自らを権威づけする」のが嫌いだし、それはポリシーに反するし、自らを権威づけしておりそれが虚飾である人は信用できないし、自らを権威づけしてそれが虚飾ではないかと疑われるのがイヤだ。
そんなポリシーを守っていることで血気盛んな優秀な部下の攻撃をわざわざ呼び込んでしまったり、権威の傘なしにロジックで勝負しなければいけないため多くの労力を要したりする。
「自らを権威づけする」ことが組織の中では必要だと理解しつつも、自らのポリシーにより受け入れがたい。出世欲みたいなものもないのでデメリットも少ない。
そう考えると、やっぱり自分が想定しているのは「個人商店の職人」なのだなあと思う。個人商店の職人は大きな組織の一員ではないので自らを権威づけする必要がない。店を訪れてくれたお客を満足させ、「うまい」と納得してもらい、プロフェッショナルの仕事に対する対価をいただき、また店を訪れてもらうことに生き甲斐を感じる。
だからこそ、大きな組織の中の一員としては思い通りのハンドリングできないことがあるし、「なぜそうなのか」の問いの多くに『はじめての課長の教科書』は答えてくれるのだ。
『はじめての課長の教科書』は日本の中間管理職のメリットの面を大きくクローズアップした希有な存在だと思う。そこで、自分がお勧めしたいのは、『はじめての課長の教科書』と同時に、日本の中間管理職のデメリットの面を大きくクローズアップした『ここが変だよ日本の管理職』を同時に読むことだ。
『ここが変だよ日本の管理職』の記事に書いたように宋 文洲さんは、日本の組織の良くない点悪習を外国人の目で鋭くえぐり出している。
組織の中でどんな行動を取るべきなのか、何が正解なのかは、自分でもよく分からない。個人のしあわせが大事なのか、組織の成功を優先させるべきなのか、優秀な中間管理職を目指すことが必要なのか、本当に個人商店になってしまうのがよいのか。
今のところ一つだけ思い当たるのは、『はじめての課長の教科書』にも書いてあるように個人にしろ、組織にしろ、プロジェクトにしろ、新人と中間管理職の関係にしろ、価値観が共有できるところを見つけたいということだ。
顧客満足を高めるという価値観を共有することができれば、 芯の部分ではわかり合えるはずだと思う。これって日本人だけの感覚なのだろうか・・・
2008-04-18
組織に物言えるエンジニアになろう
4月16日に『ビクター、国内家庭用薄型テレビから撤退へ』というニュースが流れた。
せっかく『パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業』の記事で、起動時間が3秒と早くなったビクターの液晶テレビにエールを送ったのに、撤退してしまうとは。
この手のニュースは経営陣の判断となるため現場の技術者には知らされず、ニュースが流れる直前、もしくは一般のニュースソースから伝わって「そんなの聞いていない」ということになったりする。
せっかく開発してきた製品が日の目を見なかったり、市場から撤退されたりするのが、エンジニアとして一番辛い。商品として市場に出て行かなければ、自分の努力が実ったのかダメだったのか永遠に評価されることがない。「もの」が世に出て行かなければ、顧客満足を計ることができないため、何を改善すればよいのかわからなくなってしまうのだ。
だから、エンジニアや組織はものづくりを始めたら絶対に商品をリリースしなければいけない。途中であきらめる技術者はどんなにスキルが高くてもプロフェッショナルとはいえない。我々組込みソフトエンジニアは、ものを世に出してお客さんに喜んでもらって、その対価をもらっている。当たり前だが、ものを世に出せなければ対価をいただくことはできない。
その観点から考えると、「市場からの撤退」はいろいろな理由はあるにせよ、ものを世に出し続けても利益にならないという経営的な判断があるのだと思う。
なぜ、利益にならないのか?
それは単純な理由であって、競合製品に対して、機能や性能、コスト、使いやすさなどで差別化できないからだと思う。まれに、コマーシャルやキャッチフレーズ、ブランド力で機能、性能、コスト等で負けていても、売り上げが大きいことはあるが、そういうアプローチは何回も続かないものだ。同じ市場に同じような製品を投入し続ける組込み製品では、ユーザーは同じ目的で使う商品を一生のうちに何回も買い替えるので、だんだん目が肥えてくるし、一回痛い目にあったら次は同じ轍は踏まないようになる。
日本ビクターの「起動3秒」というおそらく他社にはないアドバンテージは、液晶テレビのケースでは市場要求・ユーザー要求の基本要件ではなかったということだろう。
一ユーザーとして液晶テレビに対する要求品質を考えてみる。
1) 画面が大きい
2) 画像がきれい
3) 安い
4) 消費電力が小さい
5) 録画ができる。(簡単にレコーダと接続できればそれでもよい)
6) 操作が簡単。
7) 起動が速い。
一応、自分の中の優先度順に並べてみたのだが、組込み製品の場合たいてい背反する要求がある。例えば、「画面が大きく」「画像がきれい」と「安い」は普通背反する。
もちろん、「画面が大きく」「画像がきれい」で「安い」液晶テレビを作ることができれば、他社に対して差別化できる。でも、同じ人間が作っているのだから実現するのは簡単ではない。
自組織の成熟度やスキルレベルをよく考えずに、単純に「画面が大きく」「画像がきれい」で「安い」液晶テレビを作れと指示する上がいる組織では、実現不可能のしわ寄せが末端に伝達され、最終的に末端のソフトウェアエンジニアが泣きを見ることが多い。初代ウォークマンのような技術的イノベーションは、そこら中のプロジェクトでできるわけではないのに、ソフトウェアをブラックボックスと見ている偉い人に限ってソフトウェアを魔法の箱と見なし実現しない夢を見てしまうのだ。
組込み機器開発では最後の工程がソフトウェアの最終調整(作り込み?)なるため、分析力の低い組織では、もしかしたらできるかもしれないという期待も、できなかったときの言い訳も、矛先が組込みソフトウェアになってしまう傾向がある。
じゃあ、技術者はどうすればいいのかと言えば、市場要求とユーザーニーズをよく分析して、要求に優先順位を付け、背反する要求に対してはどこで折り合いを付ければいいのかをディスカッションし、他社の製品に対してアドバンテージをもてる商品コンセプトとシステム要求仕様、ソフトウェア要求仕様を作成するしかない。
商品企画を考えたのは自分じゃないというスタンスを取っているエンジニアは、経営層が商品の撤退を決めても文句は言えない。もしも、他が真似できない技術をもっていて、その技術を活かした商品を世に出したのに二束三文で売られていたり、経営層が撤退するなどと言うのなら、その技術を持ってスピンアウトすればいいのだ。
どっちにしても、エンジニアはハードもソフトも含めて自分たちの得意な技術は何か、それを実際に使って商品化した実績はあるのかどうか、お客さんに喜んでもらえたのかどうかを、他人に説明できるようでなければダメだと思う。
それができないのなら、どんなに組織の中でモチベーションを下げるようなひどい仕打ちを受けても、黙って従うしかないのだ。
もっと、「これが俺の製品だ!」と胸張って言えるようにならないとダメだよ、みんな。
もちろん、その自負の裏には、人一倍勉強しているという努力や責任感、評価を真摯に受け止める心構えが必要だけど・・・
自分のやってきたこと、やっていることが組織にどのように貢献し、お客さんにどのような満足を与えているのかを常に考えているエンジニアが、組織の中で自分の考えを堂々と主張できるのだと思う。
せっかく『パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業』の記事で、起動時間が3秒と早くなったビクターの液晶テレビにエールを送ったのに、撤退してしまうとは。
この手のニュースは経営陣の判断となるため現場の技術者には知らされず、ニュースが流れる直前、もしくは一般のニュースソースから伝わって「そんなの聞いていない」ということになったりする。
せっかく開発してきた製品が日の目を見なかったり、市場から撤退されたりするのが、エンジニアとして一番辛い。商品として市場に出て行かなければ、自分の努力が実ったのかダメだったのか永遠に評価されることがない。「もの」が世に出て行かなければ、顧客満足を計ることができないため、何を改善すればよいのかわからなくなってしまうのだ。
だから、エンジニアや組織はものづくりを始めたら絶対に商品をリリースしなければいけない。途中であきらめる技術者はどんなにスキルが高くてもプロフェッショナルとはいえない。我々組込みソフトエンジニアは、ものを世に出してお客さんに喜んでもらって、その対価をもらっている。当たり前だが、ものを世に出せなければ対価をいただくことはできない。
その観点から考えると、「市場からの撤退」はいろいろな理由はあるにせよ、ものを世に出し続けても利益にならないという経営的な判断があるのだと思う。
なぜ、利益にならないのか?
それは単純な理由であって、競合製品に対して、機能や性能、コスト、使いやすさなどで差別化できないからだと思う。まれに、コマーシャルやキャッチフレーズ、ブランド力で機能、性能、コスト等で負けていても、売り上げが大きいことはあるが、そういうアプローチは何回も続かないものだ。同じ市場に同じような製品を投入し続ける組込み製品では、ユーザーは同じ目的で使う商品を一生のうちに何回も買い替えるので、だんだん目が肥えてくるし、一回痛い目にあったら次は同じ轍は踏まないようになる。
日本ビクターの「起動3秒」というおそらく他社にはないアドバンテージは、液晶テレビのケースでは市場要求・ユーザー要求の基本要件ではなかったということだろう。
一ユーザーとして液晶テレビに対する要求品質を考えてみる。
1) 画面が大きい
2) 画像がきれい
3) 安い
4) 消費電力が小さい
5) 録画ができる。(簡単にレコーダと接続できればそれでもよい)
6) 操作が簡単。
7) 起動が速い。
一応、自分の中の優先度順に並べてみたのだが、組込み製品の場合たいてい背反する要求がある。例えば、「画面が大きく」「画像がきれい」と「安い」は普通背反する。
もちろん、「画面が大きく」「画像がきれい」で「安い」液晶テレビを作ることができれば、他社に対して差別化できる。でも、同じ人間が作っているのだから実現するのは簡単ではない。
自組織の成熟度やスキルレベルをよく考えずに、単純に「画面が大きく」「画像がきれい」で「安い」液晶テレビを作れと指示する上がいる組織では、実現不可能のしわ寄せが末端に伝達され、最終的に末端のソフトウェアエンジニアが泣きを見ることが多い。初代ウォークマンのような技術的イノベーションは、そこら中のプロジェクトでできるわけではないのに、ソフトウェアをブラックボックスと見ている偉い人に限ってソフトウェアを魔法の箱と見なし実現しない夢を見てしまうのだ。
組込み機器開発では最後の工程がソフトウェアの最終調整(作り込み?)なるため、分析力の低い組織では、もしかしたらできるかもしれないという期待も、できなかったときの言い訳も、矛先が組込みソフトウェアになってしまう傾向がある。
じゃあ、技術者はどうすればいいのかと言えば、市場要求とユーザーニーズをよく分析して、要求に優先順位を付け、背反する要求に対してはどこで折り合いを付ければいいのかをディスカッションし、他社の製品に対してアドバンテージをもてる商品コンセプトとシステム要求仕様、ソフトウェア要求仕様を作成するしかない。
商品企画を考えたのは自分じゃないというスタンスを取っているエンジニアは、経営層が商品の撤退を決めても文句は言えない。もしも、他が真似できない技術をもっていて、その技術を活かした商品を世に出したのに二束三文で売られていたり、経営層が撤退するなどと言うのなら、その技術を持ってスピンアウトすればいいのだ。
どっちにしても、エンジニアはハードもソフトも含めて自分たちの得意な技術は何か、それを実際に使って商品化した実績はあるのかどうか、お客さんに喜んでもらえたのかどうかを、他人に説明できるようでなければダメだと思う。
それができないのなら、どんなに組織の中でモチベーションを下げるようなひどい仕打ちを受けても、黙って従うしかないのだ。
もっと、「これが俺の製品だ!」と胸張って言えるようにならないとダメだよ、みんな。
もちろん、その自負の裏には、人一倍勉強しているという努力や責任感、評価を真摯に受け止める心構えが必要だけど・・・
自分のやってきたこと、やっていることが組織にどのように貢献し、お客さんにどのような満足を与えているのかを常に考えているエンジニアが、組織の中で自分の考えを堂々と主張できるのだと思う。
2008-03-21
パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業
日本の組込み機器メーカーは長期レンジの商品戦略を立てずに商品開発を始めてしまうことが多い。今売っている自社商品や競合他社の商品に何か一つ機能を追加したものを作ろうとしてしまう。
日本の同じ市場で競合するA社、B社、C社がこれを繰り返すので、時間がたつにつれてどんどん機能が盛り込まれた商品が市場にあふれるようになる。
機能は増えているのになぜ商品価格はそれほど上がらないのか? それは、追加する機能はソフトウェアで実現しており、最近のCPUはこのような機能追加を受け入れられるくらい性能が上がっているし、追加のプログラムを搭載してもまだ余裕があるほどメモリは安くなっているから、部品代のアップにはつながらないのだ。
でも、ソフトウェアの開発費のぶんが価格に上乗せされるのでは?
それは、商品の出荷数のNが非常に大きければ、あまり問題にはならない。また、ソフトウェアの場合バグさえなければ、複製したことによる品質の劣化やばらつきはないので、(リリース後の不具合さえなければ)大量生産に対するリスクはない。
ソフトウェアによる機能の追加競争を続けるとどうなるか?
結果的にはユーザーがほとんど使わない機能満載の特長がなんだかよく分からない商品が市場にあふれる。同じ市場でA社もB社もC社も同じような商品開発を行っていればユーザーはそんな使いにくい商品の中から少しでもましなものを選ぶしかない。
でも、誰かがそんな付け足し商品戦略から抜け出して贅肉をそぎ落とし強い主張を持った商品を市場に投入したら、その他大勢を尻目に一人勝ちするかもしれない。
日本の組込み機器メーカーが商品戦略に長けていない理由は、組織内のマーケティング部門は技術を知らず、技術部門は戦略的マーケティングができないからだ。マーケティング部門と技術部門が足らない点を補うように協力できればこの穴を埋めることができるが、多くの組織ではマーケティング部門と技術部門は「顧客はこうなることを望んでいるのだからなんとか実現しろ!」「今の技術で実現可能なのはここまでだ!」といった顧客満足向上のための真剣勝負の議論をしないため、結果的に双方とも適当なところで妥協して機能の付け足し商品ができてしまう。
少し前に流行ったMOT(Management Of Technology :技術経営、例えばこんなスクールがある)を技術部門が勉強すれば、少しはマーケティングの感覚が磨かれるのだろうと思うが、今の日本の企業では技術部門の上位層は自分たちの業務ドメインに関係する技術や人の管理だけできればよいと考えており、技術経営や商品戦略を学ぶ必要性があるなどという想像もできないのだろう。
これまで、日本の組込み機器開発では求められる機能と制約条件(メモリやリアルタイム性等)とのすり合わせを行い、顧客満足を最大にするようなバランスポイントに着地する商品開発を行ってきた。
ところが、今では最適なすり合わせ、トレードオフはどこかに吹き飛んでしまい、入れられるだけ機能を突っ込み、その結果リアルタイム性の低い商品しか作れなくなってしまった。
リアルタイム性が低いというのはハードリアルタイムが求められる部分がクリアできていないというのではなく、ソフトリアルタイム、例えば電源の立ち上げや操作に対するレスポンスが悪くなるということだ。
Tech-on! に「起動時間にもこだわりを!」という記事があった。日本ビクターが2008年2月下旬に発売した液晶テレビ「LT-32LC305」のカタログの「特長」欄の最後の方に「起動時間を10秒から3秒に短縮しました」と書いてあったという。
このブログでも何度も書いているように、最近の情報家電のパワーオン時の長時間化にはうんざりしている。Tech-on!の記事の中ではこの長時間化の原因に一つは「LinuxをOSに採用する機器が増えている」ためだとある。予想通りだ。
要するに商品戦略として機能を追加することでしか競争できない、いや、機能を追加することしか思いつかない組込み機器メーカーが、これまでのように機能・性能・制約条件をすり合わせて最適化することを放棄して、機能追加にお手軽で使用料無料というLinuxという甘い果実に手を出してしまったのだ。
その結果、犠牲になったのは機動時間を含めたレスポンスだ。今、HDDに録画した2時間のテレビ番組をDVDにダビングしているのだが、このダビングになんと2時間かかる。2時間の番組をダビングするのに2時間かかるとは・・・
日本ビクターの液晶テレビの機動時間が3秒というのは「ハイバネーション」技術に,独自の工夫を加えて実現しているらしい。自分は、日本ビクターはこのアドバンテージをカタログの隅でつつましくお知らせするのではなく、もっと大々的に宣伝すればよいのにと思う。この思いが「パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業」という今回の記事のタイトルにつながっている。
日本の組込み機器メーカーは機器の性能を評価することに慣れていない。特にソフトウェアの性能を評価することに慣れていない。機能があるかないかというON/OFFの判断できるが、パフォーマンスがどれくらいあればよくて、どれくらいではダメなのかについて指標を作るのが下手だ。(個人的にはこのアナログな指標の根拠を会議の中で自信を持って主張できる人材が少ないのだと思う)
ユーザーインタフェースのレスポンスがどれくらいあればよいのかは、基本的にはその商品を使うユーザーが決めるべき事項だ。
10年前の組込みソフト技術者は自分たちのソフトウェアを組込み機器に実装しては、ユーザーインターフェースの善し悪しを、技術者自身がユーザーになったつもりで試作品にさわり確かめながらものづくりを進めていた。
この開発スタイルは分析・設計をしてから実装するのではなく試行錯誤でものつくりをしてしまっているので、ソフトウェアシステムの品質確保という点ではデメリットがあるが、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むという点ではメリットがあった。
ところが近年、組込みソフトの開発規模が増大、複雑化し、プロジェクトメンバーの数も増えてくると、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むことができなくなってきた。
最後の最後にできあがってから、パフォーマンスが悪い、性能が出ていない、制約条件がクリアできない、ユーザーから見て使いにくいことが分かる。でも、そこまで開発が進んでしまってはもう後には戻れない。機動時間が遅いからといって Linux を ITRON に変えることなどできない。
だから、商品開発の要求分析の工程でユーザーニーズを抽出するときに、機能だけでなく、製品に要求されるパフォーマンスもキチンと定義すべきなのだ。
実際には製品に求められる性能要件だけでなく、企業としてのビジネス目標や、競合他社の状況、その組織の得意とする技術などを総合的に分析してこの商品で何を実現するべきかを決定し、その要求を満たすアーキテクチャを設計し、ソフトウェアを実装する。
これらの要求は背反するものもある。ユーザーはほとんど使わないけれど、他社がその機能をカタログでうたっているのでビジネス要求としては入れたいといったものだ。このような市場要求のトレードオフの議論は商品を作ってからするのではなく、商品を企画する段階、要求定義の段階で決着を付けておくべきものだ。
このような商品に求められる市場要求を品質機能展開(QFD)を使って分析し、過去に作ったソフトウェアシステムを分析しながら、市場要求分析と合わせてアーキテクチャを改善する方法を 組込みプレス vol.8 の特集1 『効率化と品質向上2つのアプローチ』に書いた。
何はともあれ、大きなプロジェクトになってしまった今の組込みプロジェクトのプロジェクトリーダーやアーキテクトは、商品に「このソフトウェア」を実装したらユーザーはどんな風に使うだろうかと考える想像力が欠如しているように見える。
これまで日本の組込み機器メーカーは実際にソフトウェアをインプリメントしては動かしてみるという繰り返しをしていたので、ソフトウェアが提供するユーザーインタフェース(特に性能面)を想像する必要がなかったが、ソフトウェアシステムが大規模化した今では簡単に動かしてみることが難しい。(この問題を解決するためにイテレーションの開発プロセスを採用し、イテレーション毎に評価して次のプロセスに進む方法はある。)
商品がユーザーニーズを満たしているかどうかを確かめる行為を Validation (妥当性の確認)と呼ぶ。Validation は、ソフトウェアが設計どおり仕様通りに作られているかどうかを確認する Verification (検証)と同様に、ソフトウェア開発プロセスの中で非常に重要な Activity(活動)である。
Validation と Verification は製品開発の中で V&V と呼ばれ、品質保証部門から「V&Vの計画は立てたか」「V&V のドキュメント(証拠)を見せて」などと言われる。
Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は似ているが同じではない。前述の機動時間の遅い情報家電の話は、設計通りに作られているので Verification (検証)はすべてパスしていると言えるが、できあがった商品が、ユーザーニーズ(ここでは素早い起動)を満たしていないのなら
Validation (妥当性の確認)ではNGの項目があると言える。
その組み込み機器にアクセスするのが他の機器ではなく、人間である場合、Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は一致しないことが多い。ソフトウェア設計者がよかれと思った設計した機能や性能が、作ってみたらエンドユーザーの要望とは違っていたということは、相手が何をするかわからな人間だけに絶対ないとは言えない。だから、市場要求の分析やユーザビリティの研究が大事なのだ。
今のソフトウェアが役割が大きい製品の組込み機器メーカーは、マーケティングと商品企画力が弱く、ユーザーニーズを満たしているかどうかの Validation (妥当性の確認)ができていない。要するにユーザーニーズの本質を分析しきれていない。
大規模・複雑化する組込みソフトウェア開発においては、商品に求められる必須のパフォーマンス(Essential Performance)の分析・定義とユーザーニーズを満たすことができているかどうかの Validation(妥当性確認)がキチンとできているかどうかが今後重要なポイントとなる。
P.S.
記事を後から読み直してふと思ったのは白物家電は機能がありすぎて使い切れない、使いにくいと感じたことがほとんどないということだ。おそらく、白物家電の場合、用途が明確であり、ユーザーが機械にそれほどくわしくない主婦層だということもあり、使いやすさを追求し、必要な機能をユーザーがオペレーションしなくても自動で判断して実行してしまうように組込み機器を作り込んでいるからだと思う。
機能満載で使いにくいのは情報家電の部類だ。情報家電でも iPOD はユーザーインタフェースをよく研究していて使いやすいと感じるので情報家電は使いにくいものしか作れない訳ではないんだと感じる。
日本の同じ市場で競合するA社、B社、C社がこれを繰り返すので、時間がたつにつれてどんどん機能が盛り込まれた商品が市場にあふれるようになる。
機能は増えているのになぜ商品価格はそれほど上がらないのか? それは、追加する機能はソフトウェアで実現しており、最近のCPUはこのような機能追加を受け入れられるくらい性能が上がっているし、追加のプログラムを搭載してもまだ余裕があるほどメモリは安くなっているから、部品代のアップにはつながらないのだ。
でも、ソフトウェアの開発費のぶんが価格に上乗せされるのでは?
それは、商品の出荷数のNが非常に大きければ、あまり問題にはならない。また、ソフトウェアの場合バグさえなければ、複製したことによる品質の劣化やばらつきはないので、(リリース後の不具合さえなければ)大量生産に対するリスクはない。
ソフトウェアによる機能の追加競争を続けるとどうなるか?
結果的にはユーザーがほとんど使わない機能満載の特長がなんだかよく分からない商品が市場にあふれる。同じ市場でA社もB社もC社も同じような商品開発を行っていればユーザーはそんな使いにくい商品の中から少しでもましなものを選ぶしかない。
でも、誰かがそんな付け足し商品戦略から抜け出して贅肉をそぎ落とし強い主張を持った商品を市場に投入したら、その他大勢を尻目に一人勝ちするかもしれない。
日本の組込み機器メーカーが商品戦略に長けていない理由は、組織内のマーケティング部門は技術を知らず、技術部門は戦略的マーケティングができないからだ。マーケティング部門と技術部門が足らない点を補うように協力できればこの穴を埋めることができるが、多くの組織ではマーケティング部門と技術部門は「顧客はこうなることを望んでいるのだからなんとか実現しろ!」「今の技術で実現可能なのはここまでだ!」といった顧客満足向上のための真剣勝負の議論をしないため、結果的に双方とも適当なところで妥協して機能の付け足し商品ができてしまう。
少し前に流行ったMOT(Management Of Technology :技術経営、例えばこんなスクールがある)を技術部門が勉強すれば、少しはマーケティングの感覚が磨かれるのだろうと思うが、今の日本の企業では技術部門の上位層は自分たちの業務ドメインに関係する技術や人の管理だけできればよいと考えており、技術経営や商品戦略を学ぶ必要性があるなどという想像もできないのだろう。
これまで、日本の組込み機器開発では求められる機能と制約条件(メモリやリアルタイム性等)とのすり合わせを行い、顧客満足を最大にするようなバランスポイントに着地する商品開発を行ってきた。
ところが、今では最適なすり合わせ、トレードオフはどこかに吹き飛んでしまい、入れられるだけ機能を突っ込み、その結果リアルタイム性の低い商品しか作れなくなってしまった。
リアルタイム性が低いというのはハードリアルタイムが求められる部分がクリアできていないというのではなく、ソフトリアルタイム、例えば電源の立ち上げや操作に対するレスポンスが悪くなるということだ。
Tech-on! に「起動時間にもこだわりを!」という記事があった。日本ビクターが2008年2月下旬に発売した液晶テレビ「LT-32LC305」のカタログの「特長」欄の最後の方に「起動時間を10秒から3秒に短縮しました」と書いてあったという。
このブログでも何度も書いているように、最近の情報家電のパワーオン時の長時間化にはうんざりしている。Tech-on!の記事の中ではこの長時間化の原因に一つは「LinuxをOSに採用する機器が増えている」ためだとある。予想通りだ。
要するに商品戦略として機能を追加することでしか競争できない、いや、機能を追加することしか思いつかない組込み機器メーカーが、これまでのように機能・性能・制約条件をすり合わせて最適化することを放棄して、機能追加にお手軽で使用料無料というLinuxという甘い果実に手を出してしまったのだ。
その結果、犠牲になったのは機動時間を含めたレスポンスだ。今、HDDに録画した2時間のテレビ番組をDVDにダビングしているのだが、このダビングになんと2時間かかる。2時間の番組をダビングするのに2時間かかるとは・・・
日本ビクターの液晶テレビの機動時間が3秒というのは「ハイバネーション」技術に,独自の工夫を加えて実現しているらしい。自分は、日本ビクターはこのアドバンテージをカタログの隅でつつましくお知らせするのではなく、もっと大々的に宣伝すればよいのにと思う。この思いが「パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業」という今回の記事のタイトルにつながっている。
日本の組込み機器メーカーは機器の性能を評価することに慣れていない。特にソフトウェアの性能を評価することに慣れていない。機能があるかないかというON/OFFの判断できるが、パフォーマンスがどれくらいあればよくて、どれくらいではダメなのかについて指標を作るのが下手だ。(個人的にはこのアナログな指標の根拠を会議の中で自信を持って主張できる人材が少ないのだと思う)
ユーザーインタフェースのレスポンスがどれくらいあればよいのかは、基本的にはその商品を使うユーザーが決めるべき事項だ。
10年前の組込みソフト技術者は自分たちのソフトウェアを組込み機器に実装しては、ユーザーインターフェースの善し悪しを、技術者自身がユーザーになったつもりで試作品にさわり確かめながらものづくりを進めていた。
この開発スタイルは分析・設計をしてから実装するのではなく試行錯誤でものつくりをしてしまっているので、ソフトウェアシステムの品質確保という点ではデメリットがあるが、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むという点ではメリットがあった。
ところが近年、組込みソフトの開発規模が増大、複雑化し、プロジェクトメンバーの数も増えてくると、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むことができなくなってきた。
最後の最後にできあがってから、パフォーマンスが悪い、性能が出ていない、制約条件がクリアできない、ユーザーから見て使いにくいことが分かる。でも、そこまで開発が進んでしまってはもう後には戻れない。機動時間が遅いからといって Linux を ITRON に変えることなどできない。
だから、商品開発の要求分析の工程でユーザーニーズを抽出するときに、機能だけでなく、製品に要求されるパフォーマンスもキチンと定義すべきなのだ。
実際には製品に求められる性能要件だけでなく、企業としてのビジネス目標や、競合他社の状況、その組織の得意とする技術などを総合的に分析してこの商品で何を実現するべきかを決定し、その要求を満たすアーキテクチャを設計し、ソフトウェアを実装する。
これらの要求は背反するものもある。ユーザーはほとんど使わないけれど、他社がその機能をカタログでうたっているのでビジネス要求としては入れたいといったものだ。このような市場要求のトレードオフの議論は商品を作ってからするのではなく、商品を企画する段階、要求定義の段階で決着を付けておくべきものだ。
このような商品に求められる市場要求を品質機能展開(QFD)を使って分析し、過去に作ったソフトウェアシステムを分析しながら、市場要求分析と合わせてアーキテクチャを改善する方法を 組込みプレス vol.8 の特集1 『効率化と品質向上2つのアプローチ』に書いた。
何はともあれ、大きなプロジェクトになってしまった今の組込みプロジェクトのプロジェクトリーダーやアーキテクトは、商品に「このソフトウェア」を実装したらユーザーはどんな風に使うだろうかと考える想像力が欠如しているように見える。
これまで日本の組込み機器メーカーは実際にソフトウェアをインプリメントしては動かしてみるという繰り返しをしていたので、ソフトウェアが提供するユーザーインタフェース(特に性能面)を想像する必要がなかったが、ソフトウェアシステムが大規模化した今では簡単に動かしてみることが難しい。(この問題を解決するためにイテレーションの開発プロセスを採用し、イテレーション毎に評価して次のプロセスに進む方法はある。)
商品がユーザーニーズを満たしているかどうかを確かめる行為を Validation (妥当性の確認)と呼ぶ。Validation は、ソフトウェアが設計どおり仕様通りに作られているかどうかを確認する Verification (検証)と同様に、ソフトウェア開発プロセスの中で非常に重要な Activity(活動)である。
Validation と Verification は製品開発の中で V&V と呼ばれ、品質保証部門から「V&Vの計画は立てたか」「V&V のドキュメント(証拠)を見せて」などと言われる。
Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は似ているが同じではない。前述の機動時間の遅い情報家電の話は、設計通りに作られているので Verification (検証)はすべてパスしていると言えるが、できあがった商品が、ユーザーニーズ(ここでは素早い起動)を満たしていないのなら
Validation (妥当性の確認)ではNGの項目があると言える。
その組み込み機器にアクセスするのが他の機器ではなく、人間である場合、Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は一致しないことが多い。ソフトウェア設計者がよかれと思った設計した機能や性能が、作ってみたらエンドユーザーの要望とは違っていたということは、相手が何をするかわからな人間だけに絶対ないとは言えない。だから、市場要求の分析やユーザビリティの研究が大事なのだ。
今のソフトウェアが役割が大きい製品の組込み機器メーカーは、マーケティングと商品企画力が弱く、ユーザーニーズを満たしているかどうかの Validation (妥当性の確認)ができていない。要するにユーザーニーズの本質を分析しきれていない。
大規模・複雑化する組込みソフトウェア開発においては、商品に求められる必須のパフォーマンス(Essential Performance)の分析・定義とユーザーニーズを満たすことができているかどうかの Validation(妥当性確認)がキチンとできているかどうかが今後重要なポイントとなる。
P.S.
記事を後から読み直してふと思ったのは白物家電は機能がありすぎて使い切れない、使いにくいと感じたことがほとんどないということだ。おそらく、白物家電の場合、用途が明確であり、ユーザーが機械にそれほどくわしくない主婦層だということもあり、使いやすさを追求し、必要な機能をユーザーがオペレーションしなくても自動で判断して実行してしまうように組込み機器を作り込んでいるからだと思う。
機能満載で使いにくいのは情報家電の部類だ。情報家電でも iPOD はユーザーインタフェースをよく研究していて使いやすいと感じるので情報家電は使いにくいものしか作れない訳ではないんだと感じる。
2008-03-08
三菱電機の携帯電話事業撤退で見えること
三菱電機が携帯電話事業から撤退することを決めた。
このニュースで驚いたのは三菱電機が作っていた携帯電話の数がシェアトップでもないのに2007年度で210万台もあったということだ。売上金額は1000億円とのこと。単純計算でも1台あたり4万7千円で売ったことになる。
これまで日本では消費者が知らないうちに携帯電話の価格の一部を通話料金に上乗せして月賦で払っていた。携帯電話のショップは携帯電話を1台売ると携帯電話のキャリアから販売奨励金を3~4万円程度もらっていた。(金額は正確でない) だから、携帯電話の売値を仕入れ価格よりも下げても赤字にならなかった。携帯を1円で売っても損しないカラクリはここにある。そして、この販売奨励金の金額は携帯電話のキャリアがユーザーから徴収する毎月の基本料金に上乗せしてしていた。
ローンでものを買うのが嫌いな人もいると思うが、ローンを組まされているとも知らずに実際の価格よりも見かけ上2~4万円も安く買っていた人が何百万人もいるということだ。
この携帯電話の価格を見かけ上安く見せかける販売方法は総務省の要請でもうなくなっている。この結果何が起こるか。それは、現在の日本の携帯電話の本当の価格が日の目にさらされるということだ。(総務省の通達:携帯電話に係る端末価格と通信料金の区分の明確化に関する携帯電話事業者等への要請)
これまで3万円台で買っていたものが、販売価格が5万円くらいになり月々の通話料金が安くなる。1~2年使い続ければトータルで同じではないかと思うかもしれないが、本当にそうだろうか。
あなたは今携帯電話を持っていて特に不自由なく使えているのに、5万円も6万円もする新しい携帯電話を買い換えようと思うだろうか?
3万円なら少し考えて「よし買おう」という金額だと思うが、5万円の買い物をするのにはそれなりの決心がいるし、自分だけでなく家族を納得させるだけの根拠もいるだろう。
日本の携帯電話はNokiaなどの海外の携帯電話に比べて機能が(異常に)多いと言われている。確かに自分も携帯電話の機能を使い切れてはいない。
【よく使う機能】
・電話として使う
・メールを読み書きする
・今の時間を見る
・WEBブラウザでニュースを確認する
【たまに使う機能】
・写真を撮る
・パソコンにつないでパケット通信する
・アドレス帳の管理
・留守番電話を聞く
【滅多に使わない機能】
・音楽を聴く
・スケジュールを管理する
・アラームをかける
・動画を撮る、見る。
・QRコードを読み取る
・USBマスストレージとして使う
・電卓として使う
自分の場合、冷静に考えれば留守番電話を含む電話機能とメール、WEBブラウザだけでもいいかなと思う。
それなのになぜ、こんなにたくさんの機能を搭載した携帯電話を買うのか、ワンセグのテレビを見たいがために6万円も7万円も出費するのだろうか?
普通に考えれば、商品ラインナップの中でハイエンド機種は機能も多いが価格も高く出荷台数はスタンダードモデルよりも少ない。商品ラインナップの中間に位置するスタンダードモデルや下層のバリュアブルモデルが一番数がでるのが普通だろう。
日本では携帯電話では見せかけの販売価格のからくりがあったために、市場価格が故意にゆがめられ本当は価格が高いハイエンドモデルがばかばか売れていたのではないかと思う。
三菱電機が携帯電話事業から撤退した理由の一つに、今後ハイエンドモデルの売り上げは減り、ますます携帯電話で利益を上げるのが難しくなるという予測があったのだろう。傷口を広げる前の判断としてはタイミングがよかったのではないか。
今後、携帯電話の販売価格が軒並み2万~3万円高くなることで、組込みソフトの世界にも変化が現れそうだ。
日本人は組込み製品の商品コンセプトを考えるのが下手だ。その商品、その組織のアドバンテージとなる機能や性能を前面に出し、その他の部分をそぎ落として特長を際だたせることができない。どんどん機能を追加する。
特に、材料費のアップにつながらないソフトウェアの機能追加については「A社にあってウチにないのなら入れろ」とは言っても「その機能を入れると特長がぼやけるからやめておけ」とは決して言わない。
個人的にはプロダクトマネージャの商品に対する自信のなさがこう言わせているのではないかと思っている。商品をリリースしてライバル会社に売り上げで負けたときに「あっちには○○の機能があるが、ウチにはないからだ」と営業に言われたとき反論できないのでカタログスペック上だけでも他社に負けないようにしておきたいのだ。これではユーザーの本当のニーズを考えた商品開発ができていない。
一言でいえばユーザーオリエンテッドの仕様立案ができない、マーケティングができていない、商品戦略がないということなのだが、この傾向は日本全体に多く見られ組込みソフトエンジニアを苦しめる一つの要因になっている。
携帯電話の見せかけの販売価格の件は、何でもかんでも機能を突っ込めばいいという日本の企業によく見られる幼稚な商品戦略を助長させた。その結果、ユーザーはたいして使わない機能満載の商品を見かけ上本当の価格よりも2万円~3万円安いという理由で「まいっか」というノリで買っていた。
これまでの携帯電話の価格体系は「5万円とか6万円もするなら、もっとシンプルな機能の商品を買おう」という一番多い層の顧客の行動が表面にでないように消費者を暗に誘導してきた。
このことはグローバルマーケットでは Nokia などのシンプルな携帯電話が圧倒的に多く売れており、日本だけで本当は価格が高い端末が何百万台も売れていることで分かると思う。
さて、三菱電機の携帯電話事業からの撤退をきっかけに、携帯電話のソフト開発で食べてきた受託ソフトウェア会社は仕事を失うところが出てくるではないかと考えている。
携帯電話に限らず、日本の組込みソフトウェアはメーカーのエンジニア以上にソフトウェアの受託開発会社のソフトウェアエンジニアのマンパワーに頼っているところがある。
もちろん、日本では携帯電話以外にも組込みソフト技術者の需要はたくさんあるので供給が需要を上回ることはないと思うが、三菱電機の携帯電話事業の撤退で取引先のソフトハウスは新しい仕事を探すのにやっきになっているに違いない。
メーカーサイドは約600人の携帯電話関連の人員を別の部門に振り分けることができるが、ソフトハウスはクライアントとの付きあいをいったん切られると新たなつながりを探すのは意外に難しい。
三菱電機の携帯電話事業の売り上げが1000億円で、ソフトウェア開発費比率が仮に5%だとすれば開発費は50億円だ。この50億円の多くがソフトハウスへの発注だったとすれば、この仕事が突然なくなるわけだし、今後、業界全体で携帯電話の外部発注ソフトウェア開発自体が大幅に減る可能性がある。
極端な話、これまでユーザーは携帯電話の使いもしない付け足し機能のソフトウェア開発費に対して1台あたり5千円以上払っていたことになり、この5千円の積み重ねの50億円が今回消えることになったとも考えられる。
こんな局所的なバブルを生み出してしまった原因は日本の組込み機器メーカーの商品戦略のなさではないだろうか。日本の組込み機器メーカーもそろそろ新製品=(ソフトウェアによる)機能の付け足しという考え方をやめたらどうだろう。
機能を付け足すだけの頭を使う必要のない誰でも考えつく幼稚な商品戦略が減少し、贅肉をそぎ落として特長を際だたせるような骨太の商品コンセプトが当たり前になっていけば、その市場に投入すべき商品群の特長が明確になり、自組織の得意な部分を活かした再利用すべきソフトウェア資産がなにかが見えてくるはずだ。
本当かどうかは知らないが Nokia はそれを成功させたと聞いている。(プロダクトラインがNEのカバーストーリーに登場を参照のこと)
このニュースで驚いたのは三菱電機が作っていた携帯電話の数がシェアトップでもないのに2007年度で210万台もあったということだ。売上金額は1000億円とのこと。単純計算でも1台あたり4万7千円で売ったことになる。
これまで日本では消費者が知らないうちに携帯電話の価格の一部を通話料金に上乗せして月賦で払っていた。携帯電話のショップは携帯電話を1台売ると携帯電話のキャリアから販売奨励金を3~4万円程度もらっていた。(金額は正確でない) だから、携帯電話の売値を仕入れ価格よりも下げても赤字にならなかった。携帯を1円で売っても損しないカラクリはここにある。そして、この販売奨励金の金額は携帯電話のキャリアがユーザーから徴収する毎月の基本料金に上乗せしてしていた。
ローンでものを買うのが嫌いな人もいると思うが、ローンを組まされているとも知らずに実際の価格よりも見かけ上2~4万円も安く買っていた人が何百万人もいるということだ。
この携帯電話の価格を見かけ上安く見せかける販売方法は総務省の要請でもうなくなっている。この結果何が起こるか。それは、現在の日本の携帯電話の本当の価格が日の目にさらされるということだ。(総務省の通達:携帯電話に係る端末価格と通信料金の区分の明確化に関する携帯電話事業者等への要請)
これまで3万円台で買っていたものが、販売価格が5万円くらいになり月々の通話料金が安くなる。1~2年使い続ければトータルで同じではないかと思うかもしれないが、本当にそうだろうか。
あなたは今携帯電話を持っていて特に不自由なく使えているのに、5万円も6万円もする新しい携帯電話を買い換えようと思うだろうか?
3万円なら少し考えて「よし買おう」という金額だと思うが、5万円の買い物をするのにはそれなりの決心がいるし、自分だけでなく家族を納得させるだけの根拠もいるだろう。
日本の携帯電話はNokiaなどの海外の携帯電話に比べて機能が(異常に)多いと言われている。確かに自分も携帯電話の機能を使い切れてはいない。
【よく使う機能】
・電話として使う
・メールを読み書きする
・今の時間を見る
・WEBブラウザでニュースを確認する
【たまに使う機能】
・写真を撮る
・パソコンにつないでパケット通信する
・アドレス帳の管理
・留守番電話を聞く
【滅多に使わない機能】
・音楽を聴く
・スケジュールを管理する
・アラームをかける
・動画を撮る、見る。
・QRコードを読み取る
・USBマスストレージとして使う
・電卓として使う
自分の場合、冷静に考えれば留守番電話を含む電話機能とメール、WEBブラウザだけでもいいかなと思う。
それなのになぜ、こんなにたくさんの機能を搭載した携帯電話を買うのか、ワンセグのテレビを見たいがために6万円も7万円も出費するのだろうか?
普通に考えれば、商品ラインナップの中でハイエンド機種は機能も多いが価格も高く出荷台数はスタンダードモデルよりも少ない。商品ラインナップの中間に位置するスタンダードモデルや下層のバリュアブルモデルが一番数がでるのが普通だろう。
日本では携帯電話では見せかけの販売価格のからくりがあったために、市場価格が故意にゆがめられ本当は価格が高いハイエンドモデルがばかばか売れていたのではないかと思う。
三菱電機が携帯電話事業から撤退した理由の一つに、今後ハイエンドモデルの売り上げは減り、ますます携帯電話で利益を上げるのが難しくなるという予測があったのだろう。傷口を広げる前の判断としてはタイミングがよかったのではないか。
今後、携帯電話の販売価格が軒並み2万~3万円高くなることで、組込みソフトの世界にも変化が現れそうだ。
日本人は組込み製品の商品コンセプトを考えるのが下手だ。その商品、その組織のアドバンテージとなる機能や性能を前面に出し、その他の部分をそぎ落として特長を際だたせることができない。どんどん機能を追加する。
特に、材料費のアップにつながらないソフトウェアの機能追加については「A社にあってウチにないのなら入れろ」とは言っても「その機能を入れると特長がぼやけるからやめておけ」とは決して言わない。
個人的にはプロダクトマネージャの商品に対する自信のなさがこう言わせているのではないかと思っている。商品をリリースしてライバル会社に売り上げで負けたときに「あっちには○○の機能があるが、ウチにはないからだ」と営業に言われたとき反論できないのでカタログスペック上だけでも他社に負けないようにしておきたいのだ。これではユーザーの本当のニーズを考えた商品開発ができていない。
一言でいえばユーザーオリエンテッドの仕様立案ができない、マーケティングができていない、商品戦略がないということなのだが、この傾向は日本全体に多く見られ組込みソフトエンジニアを苦しめる一つの要因になっている。
携帯電話の見せかけの販売価格の件は、何でもかんでも機能を突っ込めばいいという日本の企業によく見られる幼稚な商品戦略を助長させた。その結果、ユーザーはたいして使わない機能満載の商品を見かけ上本当の価格よりも2万円~3万円安いという理由で「まいっか」というノリで買っていた。
これまでの携帯電話の価格体系は「5万円とか6万円もするなら、もっとシンプルな機能の商品を買おう」という一番多い層の顧客の行動が表面にでないように消費者を暗に誘導してきた。
このことはグローバルマーケットでは Nokia などのシンプルな携帯電話が圧倒的に多く売れており、日本だけで本当は価格が高い端末が何百万台も売れていることで分かると思う。
さて、三菱電機の携帯電話事業からの撤退をきっかけに、携帯電話のソフト開発で食べてきた受託ソフトウェア会社は仕事を失うところが出てくるではないかと考えている。
携帯電話に限らず、日本の組込みソフトウェアはメーカーのエンジニア以上にソフトウェアの受託開発会社のソフトウェアエンジニアのマンパワーに頼っているところがある。
もちろん、日本では携帯電話以外にも組込みソフト技術者の需要はたくさんあるので供給が需要を上回ることはないと思うが、三菱電機の携帯電話事業の撤退で取引先のソフトハウスは新しい仕事を探すのにやっきになっているに違いない。
メーカーサイドは約600人の携帯電話関連の人員を別の部門に振り分けることができるが、ソフトハウスはクライアントとの付きあいをいったん切られると新たなつながりを探すのは意外に難しい。
三菱電機の携帯電話事業の売り上げが1000億円で、ソフトウェア開発費比率が仮に5%だとすれば開発費は50億円だ。この50億円の多くがソフトハウスへの発注だったとすれば、この仕事が突然なくなるわけだし、今後、業界全体で携帯電話の外部発注ソフトウェア開発自体が大幅に減る可能性がある。
極端な話、これまでユーザーは携帯電話の使いもしない付け足し機能のソフトウェア開発費に対して1台あたり5千円以上払っていたことになり、この5千円の積み重ねの50億円が今回消えることになったとも考えられる。
こんな局所的なバブルを生み出してしまった原因は日本の組込み機器メーカーの商品戦略のなさではないだろうか。日本の組込み機器メーカーもそろそろ新製品=(ソフトウェアによる)機能の付け足しという考え方をやめたらどうだろう。
機能を付け足すだけの頭を使う必要のない誰でも考えつく幼稚な商品戦略が減少し、贅肉をそぎ落として特長を際だたせるような骨太の商品コンセプトが当たり前になっていけば、その市場に投入すべき商品群の特長が明確になり、自組織の得意な部分を活かした再利用すべきソフトウェア資産がなにかが見えてくるはずだ。
本当かどうかは知らないが Nokia はそれを成功させたと聞いている。(プロダクトラインがNEのカバーストーリーに登場を参照のこと)
2008-01-05
問題解決能力(Problem Solving Skills):自ら考え行動する力
正月休みに『世界一やさしい問題解決の授業』(渡辺健介著)という本を読んだ。いつものように、まえがきを紹介したいと思う。
【世界一やさしい問題解決の授業のまえがきより】
みなさんの将来の夢は何ですか? 今どのような悩みがありますか? 壁に直面したとき、自分の力で乗り越え、人生を切り開いていけるという自信はありますか? それとも、あきらめてしまいそうですか?
この本で紹介する「考え抜く技術」、そして「考え抜き、行動する癖」を身につければ、たとえば苦手な教科を克服する、部活でよい成績を残す、文化祭を盛り上げるといった、日常生活で直面するさまざまな問題を解決できるようになります。そして、自分自身の才能と情熱が許すかぎり、夢を実現する可能性を最大限まで高めることができるようになります。
つまり、自ら責任が持てる人生、後悔しない人生を生きることができるようになるのです。
どんなに大きく複雑に見える問題でも、いくつかの小さな問題に分解すれば解けるのです。一度そのことに気がつけば自信がつくし、前向きになるし、精神的にも余裕ができます。そして、自ら考え、決断をし、行動することの楽しさを知り、人生を切り開くために必要な癖が身につくのです。
この本を紹介する問題解決の手法は、ぼくがかつて働いていたマッキンゼーという経営コンサルティング会社で活用されているものを基にしています。マッキンゼーは企業の社長さんや政府・非営利団体のリーダーの方々にアドバイスする会社で、日本や世界を代表する企業の戦略を立てるときにも、この手法が使われています。それだけでなく、これは個人の問題を解決するためにも必ず役に立ちます。ぼくは22歳でこの思考法と出会い、そのとき、「これが『考える』ということなのか! なぜこれをもっと早く教えてくれなかったんだろう」と強く思いました。そして、なるべく多くの人にこの思考法を伝えられればと思い、この本を書くことにしたのです。
この本では、最低限必要なものに絞って、シンプルに紹介してきます。
1限目では、自分で問題を解決することのできる人を「問題解決キッズ」と名づけ、それはどのような人なのか、問題解決の流れはどのようなものなのかを、ひととおり説明します。
2限目では、中学生バンド「キノコLovers」がより多くの人にコンサートに来てもらうためにはどうすればよいかを、問題解決の手法を使って解く例を紹介します。
3限目では、CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんが、まずパソコンを手に入れるために具体的な目標を立て、達成する方法を考え出す例を紹介します。
問題解決能力を身につけることは、けっして、人の感情がわからない「冷たい論理的な人」になるということでも、口が達者で自分のことしか考えない「個人主義で身勝手な人」になるわけでも、日本人的なよさを失い「欧米的な考えをする人」になることでもありません。
自分の力で考え抜き、行動をする人になる、自分の力で人生を切り開く人になるということなのです。
さあ、一緒に問題解決の思考法を楽しく学びましょう!
みなさんも一歩踏み出す力がきっと身につくはずです!
【引用終わり】
この本、ダイヤモンド社から1200円(+税)で2007年6月に出版されているのだが、4ヶ月でなんと13刷りまで増刷されている。まえがきからも分かるように、子供もターゲットの中に含まれている点が幅広い層から支持されているのだと思う。
著者の渡辺健介氏は、デルタスタジオをいう会社を作って、この問題解決の授業を実際に子供達に教える活動も行っている。
さて、冒頭に掲げた絵はこの本の中での子供達の分類を表している。子供になぞらえているが実際には大人の世界で考えた方がよりリアリティがある。
【「図1-1 問題解決キッズは最短距離でゴールにたどり着く」より】
「どうせどうせ」子ちゃん
- 考えないし行動もとらないので、ゴールにはたどり着かない。
- やってみないから何も学ばないし、自信もつかない。
- グチを言って日々過ごす。
- 何が問題か、だれが悪いか、何をすべきかは言えるが、自分では行動しない。
- リスクや結果に対する責任をとらない。
- わき目もふらずに前進あるのみ! へこたれずにがんばるが、ムダが多く、ゴールに最短距離でたどり着けない。
- 行動した結果から学ばないので、進化するスピードが遅い。
- 適度に考えて、行動して方向修正して・・・を繰り返し、最短距離でゴールにたどり着く。
- 実行の結果から毎回何かを学び、進化していく。
みなさんの周りにも「どうせどうせ」子ちゃんや「評論家」くん、「気合いでゴー」くんがいるのではないだろうか。自分は「問題解決キッズ」だと自負している人でも、一時的に「どうせどうせ」子ちゃんや「評論家」くん、「気合いでゴー」くんになることはある。しかし、いかに「問題解決キッズ」が少ないことか。子供の世界でも、あらかじめ答えのある問題しか解かせていないせいか「問題解決キッズ」は少ない。
渡辺氏は、「問題解決キッズ」は他の3人と「進化するスピード」がまったく異なると主張している。スタート地点では、全員100の力があると仮定し、「考え抜き、行動する癖」がある人とない人の進化のスピードをシミュレーションしている。
Aさんの進化のスピードが毎月1%、Bさんは5%、Cさんは10%で進化するとすると、3年後にはAさんとCさんでは22倍、BさんとCさんでも5倍の差が付く計算になる。10年、20年と人生を積み重ねていけば、その差は果てしなく広がる。「考え抜き、行動する癖」を身につけているか否かがその差になる。
さて、この本では問題解決の流れを 次のような工程で説明している。
【問題解決の流れ】
- 現状の理解
- 原因の特定
- 打ち手の決定
- 実行
別な言い方をすれば、問題解決のためには分析の工程がポイントであり、十分に分析しないでPDCAのサイクルを回してしまうと問題解決に時間がかかる可能性がある。PDCA回しているのに「気合いでゴー」くんになってしまう危険性もあると思う。
『世界一やさしい問題解決の授業』では、問題解決のためのツールとして
- 分解の木
- はい、いいえの木
- 課題分析シート
- 仮説の木
- 意志決定ツール
さて、実際の問題解決の方法論については『世界一やさしい問題解決の授業』を読んでいただくとして、この本で紹介されている。中学生バンド「キノコLovers」がより多くの人にコンサートに来てもらうためにはどうすればよいかの問題解決の手法と、CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんが、まずパソコンを手に入れるために具体的な目標を立て、達成する方法を考え出す例を読んだ感想を書きたいと思う。
まずは正直にいってげっそりしてしまった。なぜかというと、題材は子供向けではあるが、実際にやっていることはプロのイベント屋さんがやっているマーケティングや、ファイナンシャルプランナーの理論であり行動なので、何しろ「重い」。
自分が中学生になったつもりで問題解決の手法を実行することを想像してしまうと「重い」し、途中でくじけそうな気がしてしまう。
そう考えると、問題解決のための手法はこの本を参考にして身につけたとして、一番大事なのは問題解決の意志、モチベーションを問題が解決するまで高く持ち続けることができるかどうかだと思った。
だからこそ、この本の問題解決の例題が「キノコLoversがより多くの人にコンサートに来てもらうため」であり「CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんがパソコンを手に入れる」なのだ。当事者にとって何としても達成したい目標があるからこそ、問題解決の手法を使って行動する活力が沸いてくる。
自分はイマイチ、キノコLoversやタローくんに感情移入しきれなかったため、げっそりしてしまったが、自分自身の達成したい目標が課題なら気分はまた違う。
組込みソフトエンジニアにとって、問題解決の実現する活力(モチベーション)をどこに持って行くのかが実は難しい。
例えば、サラリーアップのような目標は問題解決を実現するモチベーションにはなりにくい。問題を解決しなくても、上司にゴマをすることで目標を達成できてしまうかもしれない。
組込み製品開発における問題は品質、コスト、納期、制約条件のクリアなどさまざまだが、組織としての最終目標は製品を完成させて製品が市場に受け入れられること、もっとストレートに言えば商品が売れることだ。
でも、商品が売れることに個人のモチベーションを重ねるのはどうかと感じる。そこで、提案したいのが顧客満足を問題解決を実現する活力(モチベーション)とするという考え方だ。
提供した商品をお客さんに満足してもらうこと目標に掲げ、問題解決を実現する活力になれば、商品開発で発生するさまざまな課題を問題解決のツールを使いながら乗り越えることができるし、エンジニア自身がみるみる進化する。商品の品質は顧客満足であるという考え方があるように、顧客満足を高めることは組織の目的にも合致する。顧客満足を高めることを個人の目標にできれば、組織の目標にもなるので都合がよい。
実際、自分自身はこのことがETSSで定義されるような技術的なスキルよりも大事だと考えている。それがこの記事のタイトルにした問題解決能力(Problem Solving Skill)だ。問題解決を実現する活力(モチベーション)を保ちながら、問題解決能力(Problem Solving Skill)を高めることができれば、エンジニア個人も進化するし、商品開発も成功に近づく。極端に言えば、問題解決能力(Problem Solving Skill)が高ければ、技術的スキルは最初なくても、当然必要であることに気がつくためいずれ身につく。
もう一つ、エンジニアの考え方として大事なのは「貢献」だと思う。自分は何にどのような貢献ができるのかと考える。例えば、組織に対して、社会に対して、家族に対して、コミュニティに対して。
貢献という視点は、所属する範囲の中の自分を意識し、その役割を意識することにつながる。だから、自分がやりたいことをやるのではなく、何が貢献できるのかという視点で考え、行動すると、成果は必ず評価されるはずだ。
これを機会にみなさんにも、問題解決能力(Problem Solving Skill)と問題解決を実現する活力(モチベーション)、貢献の視点、この3つについて考えていただきたい。
P.S.
『世界一やさしい問題解決の授業』の著者、渡辺健介氏は、あとがきで、次のように述べている。
【あとがきより引用】
問題解決能力に似たクリティカル・シンキングは、英米の一部の学校で、国語や歴史などの授業を通じて教えられています。次世代リーダーを育てるために、まず感情を揺さぶるような刺激を与えて問題意識を持たせたうえで、「問題の本質は何なのか」「自分だったらどうするのか」を問いかけることで、リーダーとしての責任感や意志決定能力をみにつけさせ、個人の価値観を結晶化させるのです。
私自身、中学校二年生からアメリカで教育を受けたのですが、最も衝撃的だったのがグチニッチハイスクールでの米国史の授業でした。
たとえば、公民権運動を取り上げる際には、黒人差別の映像-子供も女性も圧力ホースで吹き飛ばされ、警察犬にかみつかれる様子-を、あらゆる人種が混在するクラスメイト全員で見るのです。生々しい感情や体験を目の前につきつけられました。さらに、キング牧師の自伝はもちろん、弾圧する側だったKKK(クー・クラック・クラン)の資料や、関連する小説を読み、多様な視点で考えることを求められました。
【引用終わり】
日本の教育や生活の中で圧倒的に不足しているのが、このような感情を揺さぶるような刺激を受けて問題を考えることのように思う。テレビの中では議論は交わされているが、視聴者はそれをただ見ているだけ。ただ、米英の教育をまねすることがいいのか、そうすると日本人のアドバンテージが失われてしまうのかどうかはまだよく分からない。
ただ一つだけ言えるのは、問題解決能力の低い人間を寄せ集めても、物事はちっとも先に進まないということだ。
2007-10-19
マーケティングと商品コンセプト
日経ビジネスオンラインに「ハンズは30年前からロングテールだった!」という和田けんじさんの記事が載っていた。
ロングテールとは簡単に言えば、それほど売れ筋ではない商品でもインターネットのようなバーチャルストアーで扱うことで、ながーい期間棚に陳列しておけば、トータルで十分に儲かるということだ。需要曲線が長い尾を引くことからロングテールと呼ばれる。
さて、和田けんじさんは16年間東急ハンズに勤めた経験から、マーケティングの考え方について記事を書いている。
【「市場調査が個性を殺す」より引用】
企業は、市場を調査し需要を確認してから店舗を展開します。需要が存在しないところに大切な資金を投入したくありませんから、「顧客はいるのか」「利益は見込めるのか」しっかり調査します。
しかし、大抵の企業のマーケティングの結果にそれほどの違いはありません。その結果を基本に店作りをするわけですから、名前が違うだけで、同じような品揃えの、同じようなコンセプトのお店ばかりになってしまいます。
これでは、消費者にとって魅力のあるおお店にはなりません。
【引用終わり】
東急ハンズは言わずと知れた、売れ筋のみに固執せず、豊富かつ専門的に商品を展開する店で、現在のネット通販に見られるロングテールビジネスを30年も前から店頭でやっている。
和田けんじさんは15年前に、バス・トイレタリー用品の担当だった時、バス用品の売り上げの90%以上を占める大定番のプラスチック製の製品とは別に高価な上に使わない時は日陰干しにするなどしないと、すぐカビが生えたりヒビが入ったりする檜の風呂椅子・風呂桶・ひしゃく・石鹸台・湯かき棒を仕入れたそうだ。
プラスチックの風呂椅子が高くても2000円くらいなのに対し、檜のそれは1万円を超えていた。今でこそ、バスタイムを楽しもうという提案も珍しくないが、「オーガニックブーム」でも「癒やしブーム」でもなかった頃に、そうやすやすとは檜のバス用品は買ってもらえなかった。
売れ筋を後ろに下げて、この檜シリーズを棚の一番目につくところに陳列までしてもすぐには売れなかった。それでも、上司は、そんな売れない檜シリーズの展開をやめろとは言わなかったそうだ。
むしろ、品物の良さをすぐ理解し、慈しむように眺めては、「買っていただけた?」と目を輝かせて毎日のように聞いてきたとのこと。
そうこうするうち、次第に商品の良さが理解されるようになり、結果的には大変多くの客様にご購入いただくことができた。
当時の和田さんの考えは、プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないかというものだった。
今日のブログのテーマはこの話から学ぶ「組込み機器開発のマーケティングと商品コンセプト」についてである。
和田けんじさんは「市場調査が個性を殺す」と書いているが、組込み機器開発ではものを作ることから始まるので、最初から市場で売れ筋の他社製品のマネだけすることは少ない。
多くのメーカーは(商社ではないので)商品の仕入れ方で独自性を出すのではなく、機能や性能で独自性を出すことを考えている。もっとも安易な開発手法として、市場で売れ筋の商品とまったく同じ機能でコストを安く、販売価格を下げるという戦略はあるが、その方法はアジア諸国と勝負できないし、人件費が高くなってしまった日本では利益がでないのでもう誰もやらない。
そうなると、次に考えるのが売れ筋の他社製品にプラスアルファの機能を付けて、カタログスペックで機能や性能を表にしたとき一つだけ抜きんでるようにするという作戦だ。これを繰り返し行くと同じ市場に同じような商品を投入するA社、B社、C社、D社が次々に同じことをするので、機能比較の表がどんどん長くなってくる。
この安易な商品戦略の考え方(戦略と呼べるようなものではないが・・・)は、日本の組込みソフトエンジニアに長い間習慣として染みついてしまった試行錯誤・付け足しのソフトウェア開発のスタイルにベストフィットする。
商品群を何世代にも渡って、機能を付け足し続け、ユーザークレームを払拭するように改善し続ける。この取り組みは一見顧客満足を高める方向にしか進まないように見えるが、実はそうではない。
デメリットは2つ。
ユーザーサイドのデメリットは、本当に欲しい機能以外の機能がたくさんついていて使いこなせなくなるというデメリットだ。使わない機能は放っておけばよいという考え方もあるが、使わない機能のユーザーインターフェースが本当に使いたい機能の操作を迷わせることも多々あるのでそう簡単ではない。
普通に考えれば商品に機能を追加していけばコストが高くなるはずだが、ソフトウェアで機能を追加していく場合、材料費アップにはつながらず開発費だけがアップするので、開発費のアップぶんをエンジニアのオーバーワークであらかたカバーしてしまえばメーカーサイドの痛手は少ない。
となると、メーカーサイドのデメリットは、ソフトウェア資産の再利用性の低下だろう。機能を付け足し付け足ししていくということは、すなわち明確な商品コンセプトがなく、長期的な再利用戦略がないままに最初に考えたアーキテクチャを引きずりながら、だましだまし進んでいくということになるため、結果的に再利用資産を中心に派生開発を行うことができない、もしくは難しい。
ようするに、売れ筋商品を思い浮かべてプラスアルファする、そのとき流行のデバイスを使ってみる、といったそれほど頭を使わないマーケティング、商品開発を続けていると、顧客満足も高まらない、開発効率も上がらないという悪循環の道に入り込んでいく可能性が高い。商品の外見を変えると一瞬、市場やユーザーも振り向くが、本当に使い勝手がよい商品でないと支持が長続きしない。長続きしないから、また短期間に付け足し商品を開発しようとする。
このような悪循環から脱出するには、「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」というユーザーサイドに立った商品コンセプトを打ち立て、そのコンセプトを開発の最初から最後まで貫くことが必要だ。
コンセプトを明確にして商品開発を行うのが得意なのは食品や生活用品の開発者だろう。商品コンセプトの善し悪しが売り上げに明確に反映するような商品の場合、自ずと商品コンセプトの重要性は開発チームに伝わる。
ところが、組込み機器、組込みソフトウェアの開発には商品開発に多くの知識・技術が必要なため、商品コンセプトよりもどうやって機能や性能を実現すべきかという方法論の方に技術者の興味が向かいがちだ。しかし、組込み機器の開発では制約条件と機能・性能とのトレードオフが必ず発生するので、商品コンセプトが明確でないと開発チームの方向性が右に左に揺れて、大きなソフトウェアの仕様変更が何回も発生してしまう。
自分のスキルを駆使して機能や性能を実現することに生き甲斐を感じている組込みソフトウェアエンジニアにとっては、右に左に揺れる仕様変更さえ「やったるぜ」と張り切って取り組む者もいるだろう。
でも、その付け足しアプローチを続けていると、開発効率は上がらず、ソフトウェア品質は下がり、ユーザーにも「使えない」商品になってしまう。
だからこそ、組込み機器開発者は「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」といった視点を持つべきなのだ。
残念ながら、このことはどんなソフトウェア工学の本を読んでも書いていない。(と思う)
でも、ものづくりに生き甲斐を感じたい=組込み機器を使ってくれるユーザーの満足を高めたいという気持ちと、そのためには何をすればよいかということをよくよく考えていけば、自ずと商品コンセプトを明確に持って、ソフトウェアシステムのアーキテクチャを考え、再利用資産を何にすべきか明確にすることの重要性が分かると思う。
組込みソフトエンジニアの盲点は、技術やスキルを高めることに夢中になって、顧客満足の高い商品を作るために必要なことは何かを日々考えることを怠ってしまうことだと思う。
その危険を回避するためには、自分が作っている商品がエンドユーザーにどんな風に受け入れてもらえるだろうかということをいつも気にしていることが大事だ。そのことをいつも心に留めておくと、不思議と身につけるべき技術や迷ったときのトレードオフの選択の方向性が見えてくる。
そのドメインのエキスパートになるということは、要求を実現する技術を持つことも大事だが、自分の成果物がお客さんに喜んでもらえるはずという自信と、本当にそうだろうかかという不安と緊張の両方持ちながらものづくりに邁進することなのだと思う。
ロングテールとは簡単に言えば、それほど売れ筋ではない商品でもインターネットのようなバーチャルストアーで扱うことで、ながーい期間棚に陳列しておけば、トータルで十分に儲かるということだ。需要曲線が長い尾を引くことからロングテールと呼ばれる。
さて、和田けんじさんは16年間東急ハンズに勤めた経験から、マーケティングの考え方について記事を書いている。
【「市場調査が個性を殺す」より引用】
企業は、市場を調査し需要を確認してから店舗を展開します。需要が存在しないところに大切な資金を投入したくありませんから、「顧客はいるのか」「利益は見込めるのか」しっかり調査します。
しかし、大抵の企業のマーケティングの結果にそれほどの違いはありません。その結果を基本に店作りをするわけですから、名前が違うだけで、同じような品揃えの、同じようなコンセプトのお店ばかりになってしまいます。
これでは、消費者にとって魅力のあるおお店にはなりません。
【引用終わり】
東急ハンズは言わずと知れた、売れ筋のみに固執せず、豊富かつ専門的に商品を展開する店で、現在のネット通販に見られるロングテールビジネスを30年も前から店頭でやっている。
和田けんじさんは15年前に、バス・トイレタリー用品の担当だった時、バス用品の売り上げの90%以上を占める大定番のプラスチック製の製品とは別に高価な上に使わない時は日陰干しにするなどしないと、すぐカビが生えたりヒビが入ったりする檜の風呂椅子・風呂桶・ひしゃく・石鹸台・湯かき棒を仕入れたそうだ。
プラスチックの風呂椅子が高くても2000円くらいなのに対し、檜のそれは1万円を超えていた。今でこそ、バスタイムを楽しもうという提案も珍しくないが、「オーガニックブーム」でも「癒やしブーム」でもなかった頃に、そうやすやすとは檜のバス用品は買ってもらえなかった。
売れ筋を後ろに下げて、この檜シリーズを棚の一番目につくところに陳列までしてもすぐには売れなかった。それでも、上司は、そんな売れない檜シリーズの展開をやめろとは言わなかったそうだ。
むしろ、品物の良さをすぐ理解し、慈しむように眺めては、「買っていただけた?」と目を輝かせて毎日のように聞いてきたとのこと。
そうこうするうち、次第に商品の良さが理解されるようになり、結果的には大変多くの客様にご購入いただくことができた。
当時の和田さんの考えは、プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないかというものだった。
今日のブログのテーマはこの話から学ぶ「組込み機器開発のマーケティングと商品コンセプト」についてである。
和田けんじさんは「市場調査が個性を殺す」と書いているが、組込み機器開発ではものを作ることから始まるので、最初から市場で売れ筋の他社製品のマネだけすることは少ない。
多くのメーカーは(商社ではないので)商品の仕入れ方で独自性を出すのではなく、機能や性能で独自性を出すことを考えている。もっとも安易な開発手法として、市場で売れ筋の商品とまったく同じ機能でコストを安く、販売価格を下げるという戦略はあるが、その方法はアジア諸国と勝負できないし、人件費が高くなってしまった日本では利益がでないのでもう誰もやらない。
そうなると、次に考えるのが売れ筋の他社製品にプラスアルファの機能を付けて、カタログスペックで機能や性能を表にしたとき一つだけ抜きんでるようにするという作戦だ。これを繰り返し行くと同じ市場に同じような商品を投入するA社、B社、C社、D社が次々に同じことをするので、機能比較の表がどんどん長くなってくる。
この安易な商品戦略の考え方(戦略と呼べるようなものではないが・・・)は、日本の組込みソフトエンジニアに長い間習慣として染みついてしまった試行錯誤・付け足しのソフトウェア開発のスタイルにベストフィットする。
商品群を何世代にも渡って、機能を付け足し続け、ユーザークレームを払拭するように改善し続ける。この取り組みは一見顧客満足を高める方向にしか進まないように見えるが、実はそうではない。
デメリットは2つ。
ユーザーサイドのデメリットは、本当に欲しい機能以外の機能がたくさんついていて使いこなせなくなるというデメリットだ。使わない機能は放っておけばよいという考え方もあるが、使わない機能のユーザーインターフェースが本当に使いたい機能の操作を迷わせることも多々あるのでそう簡単ではない。
普通に考えれば商品に機能を追加していけばコストが高くなるはずだが、ソフトウェアで機能を追加していく場合、材料費アップにはつながらず開発費だけがアップするので、開発費のアップぶんをエンジニアのオーバーワークであらかたカバーしてしまえばメーカーサイドの痛手は少ない。
となると、メーカーサイドのデメリットは、ソフトウェア資産の再利用性の低下だろう。機能を付け足し付け足ししていくということは、すなわち明確な商品コンセプトがなく、長期的な再利用戦略がないままに最初に考えたアーキテクチャを引きずりながら、だましだまし進んでいくということになるため、結果的に再利用資産を中心に派生開発を行うことができない、もしくは難しい。
ようするに、売れ筋商品を思い浮かべてプラスアルファする、そのとき流行のデバイスを使ってみる、といったそれほど頭を使わないマーケティング、商品開発を続けていると、顧客満足も高まらない、開発効率も上がらないという悪循環の道に入り込んでいく可能性が高い。商品の外見を変えると一瞬、市場やユーザーも振り向くが、本当に使い勝手がよい商品でないと支持が長続きしない。長続きしないから、また短期間に付け足し商品を開発しようとする。
このような悪循環から脱出するには、「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」というユーザーサイドに立った商品コンセプトを打ち立て、そのコンセプトを開発の最初から最後まで貫くことが必要だ。
コンセプトを明確にして商品開発を行うのが得意なのは食品や生活用品の開発者だろう。商品コンセプトの善し悪しが売り上げに明確に反映するような商品の場合、自ずと商品コンセプトの重要性は開発チームに伝わる。
ところが、組込み機器、組込みソフトウェアの開発には商品開発に多くの知識・技術が必要なため、商品コンセプトよりもどうやって機能や性能を実現すべきかという方法論の方に技術者の興味が向かいがちだ。しかし、組込み機器の開発では制約条件と機能・性能とのトレードオフが必ず発生するので、商品コンセプトが明確でないと開発チームの方向性が右に左に揺れて、大きなソフトウェアの仕様変更が何回も発生してしまう。
自分のスキルを駆使して機能や性能を実現することに生き甲斐を感じている組込みソフトウェアエンジニアにとっては、右に左に揺れる仕様変更さえ「やったるぜ」と張り切って取り組む者もいるだろう。
でも、その付け足しアプローチを続けていると、開発効率は上がらず、ソフトウェア品質は下がり、ユーザーにも「使えない」商品になってしまう。
だからこそ、組込み機器開発者は「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」といった視点を持つべきなのだ。
残念ながら、このことはどんなソフトウェア工学の本を読んでも書いていない。(と思う)
でも、ものづくりに生き甲斐を感じたい=組込み機器を使ってくれるユーザーの満足を高めたいという気持ちと、そのためには何をすればよいかということをよくよく考えていけば、自ずと商品コンセプトを明確に持って、ソフトウェアシステムのアーキテクチャを考え、再利用資産を何にすべきか明確にすることの重要性が分かると思う。
組込みソフトエンジニアの盲点は、技術やスキルを高めることに夢中になって、顧客満足の高い商品を作るために必要なことは何かを日々考えることを怠ってしまうことだと思う。
その危険を回避するためには、自分が作っている商品がエンドユーザーにどんな風に受け入れてもらえるだろうかということをいつも気にしていることが大事だ。そのことをいつも心に留めておくと、不思議と身につけるべき技術や迷ったときのトレードオフの選択の方向性が見えてくる。
そのドメインのエキスパートになるということは、要求を実現する技術を持つことも大事だが、自分の成果物がお客さんに喜んでもらえるはずという自信と、本当にそうだろうかかという不安と緊張の両方持ちながらものづくりに邁進することなのだと思う。
2007-10-13
顧客満足と価値
10月11日WBCフライ級タイトルマッチで内藤大介と亀田三兄弟の二男亀田大毅の試合が行われ、チャンピオンの内藤大介が初防衛を飾った。亀田大毅は試合中、頭突きやサミング(グローブの指を相手の目に入れる行為)、太ももを狙ったローブローなど反則行為を連発。12回には相手を投げるレスリング行為を2度繰り返し、計3点を減点された。
でも、この試合ファイトマネーは亀田大毅がチャンピオン内藤大介の10倍も高いのだという。悪名高き亀田親子が話題を作り興業を成功させたからだというのだ。
この話を聞いて、顧客満足と価値は必ずしも一致しないことがるのだと思った。チャンピオンの内藤大介が名も知れぬ外国人ボクサーと試合をしてもこれだけ注目を引くことはなかっただろう。悪役の亀田親子が世間の注目を集め興業として利益を生み出した。結果的に興業としては顧客満足(観客やテレビの視聴者を引きつけたという意味で)が高かった。
しかし、この試合「価値」の高い試合だっただろうか。歴史に残る名勝負だったろうか。もちろん、その答えはNOであり、後味の悪い(よい意味で)語り継がれることのない試合だった。
そう考えると、ものづくりで生きている者にとっての顧客満足は持続性のあるものでなければいけないことがわかる。一回こっきりの成功は継続的な価値につながらない。組込み製品は継続的に使われるため、買ったそのときに満足してもらっても商品を使うこむうちに「ああ、やっぱり使いにくいなあ」と思われると次にその製品群や場合によってはそのメーカーの商品すべてがその消費者に選択されない。組込みの世界では継続的な顧客満足がブランドととしての価値を生むのだと思う。
継続的な顧客満足と価値を生み出す商品開発を続けていなければ、顧客や市場に見放される羽目に合う。製造年月日を偽装した赤福しかり。
でも、この試合ファイトマネーは亀田大毅がチャンピオン内藤大介の10倍も高いのだという。悪名高き亀田親子が話題を作り興業を成功させたからだというのだ。
この話を聞いて、顧客満足と価値は必ずしも一致しないことがるのだと思った。チャンピオンの内藤大介が名も知れぬ外国人ボクサーと試合をしてもこれだけ注目を引くことはなかっただろう。悪役の亀田親子が世間の注目を集め興業として利益を生み出した。結果的に興業としては顧客満足(観客やテレビの視聴者を引きつけたという意味で)が高かった。
しかし、この試合「価値」の高い試合だっただろうか。歴史に残る名勝負だったろうか。もちろん、その答えはNOであり、後味の悪い(よい意味で)語り継がれることのない試合だった。
そう考えると、ものづくりで生きている者にとっての顧客満足は持続性のあるものでなければいけないことがわかる。一回こっきりの成功は継続的な価値につながらない。組込み製品は継続的に使われるため、買ったそのときに満足してもらっても商品を使うこむうちに「ああ、やっぱり使いにくいなあ」と思われると次にその製品群や場合によってはそのメーカーの商品すべてがその消費者に選択されない。組込みの世界では継続的な顧客満足がブランドととしての価値を生むのだと思う。
継続的な顧客満足と価値を生み出す商品開発を続けていなければ、顧客や市場に見放される羽目に合う。製造年月日を偽装した赤福しかり。
2007-08-09
組込みソフトで勝ちたい人に捧ぐ
今回は宣伝が入っているのでへりくだってですます調でいきますです。さて、技術評論社の 組込みプレス Vol.8 が8月11日に発売になります。特集1- 制約の多い組込みソフト開発-『効率化と品質向上2つのアプローチ』に寄稿&特集記事をプロデュースしたので内容を紹介したいと思います。
この特集1のサブテーマは「組込みソフト開発の心技体を鍛える」なんですが、開けてびっくり、特集2のテーマは「設計力」ブート★キャンプでした。組込みソフトもスポーツなんですね。
記事を読んでもそんなに疲れるものでもないので、今回の特集記事は夏休みの間にじっくり読んでいただきたいと思います。
今回の号は組込みソフトで「勝ちたい」人に最適です。もしも、あなたが組織の内外で認められ、発言力を増し、出世したいのなら実績を上げることが一番の近道です。組込みの世界で実績を上げるためにはヒット商品を開発したプロジェクトのメンバになっている必要があります。どんなに美しいアーキテクチャを構築しても、どんなに読みやすいコードを書いても残念ながらその成果を認めてくれる人は組織内にはほとんどいません。
組込みの世界では、どれだけたくさんの商品を売り、お客さんに満足してもらい、また次の新しい製品を買ってもらえるかどうかが勝負の分かれ目となります。あなたがサプライヤーの社員だったとしても同じです。ヒット商品のソフトウェアを供給できればそれが実績となります。
火消しが上手い人はかわいそうですが一つ火消しが終わると、もっと大きく燃え上がっている現場に投入されてしまいます。そうならないいためには、ヒット商品のソフトウェアの開発チームにいることが大切です。
今回の特集記事はQFD(Quality Function Deployment:品質機能展開)の技術を使って、市場要求や商品に求められる品質を分析し、組込みソフトの実装技術に結びつける方法を紹介しています。
ようするに売れる商品の要素を分析して、自分たちの得意な技術、他社がまねしにくい商品価値が凝縮されているソフトウェア資産を開発する方法なのです。これがうまくいけば、エンジニア個人としての自分も仕事が楽しくなるし、組織も売れる商品ができてありがたいし、お客さんにも喜んでもらえます。
特集記事の執筆者は酒井と、EEBOFのメンバーである安部田 章さんと、QFD研究の第一人者である山梨大学の新藤 久和先生です。安部田さんは QFD を基礎から丁寧に解説し、どのように組込みソフト開発に活かしていけばよいのかを書き、酒井は現状のソフトウェアシステムを分析してそのアーキテクチャを可視化した上でQFDを使うことで再利用資産を抽出する方法を示し、新藤先生はQFDの歴史と最新の研究を紹介しています。
安部田さんはトップダウン、酒井はボトムアップ、新藤先生はバックとフロントエンドの視点でQFDを解説するという、この一冊でQFDが丸ごと分かるというお得な特集となっています。
(特集2 では、SESSAME WG2 のメンバーである、山田、森、國方トリオが設計力強化のためのブートキャンプを張っていますのでこちらも注目)
もしもあなたが組込みソフトで勝ちたいのなら是非ご一読を。(ちなみに、商売とは関係のない研修者、学生のみなさんが読むと勝つ組込みソフトってどんなものかが分かります。)
【組込みプレス Vol.8 特集1 第1章 特集のはじめに より 引用】
ユーザー要求や市場要求が明確になれば,組込み製品を使ってくれるユーザーの満足を高めるために何をすればよいのかが分かり,モチベーションの向上や改善への意欲につながります.ユーザー要求や市場要求を実現することができれば,自分自身の満足も高まり,商品が売れることで自分やプロジェクトの成果を組織に認めてもらうことができます.また,要求を満たすための技術が明確になれば,その技術を習得するという目標が定まり必要な技術を身につけるために最短の道筋を進むことができます.
そして,ソフトウェア開発の途上でソフトウェアプロジェクトチームの意見が別れ,不協和音が聞こえてきても,「ユーザーや市場の要求をより満たすにはこちらの選択の方がよい」という導き方ができます.ソフトウェアエンジニアが10人も集まれば,それぞれの好みや癖により,ソフトウェア開発の方法論やアーキテクチャの選択に差異がでてきます.この差異を組織や会社間の上下関係により押さえつけてしまうこともできるでしょうが,それでは心技体の「心(技術者のモチベーションや改善への欲求)」や「体(チームビルディング力)」を下げてしまいます.
市場やユーザーが商品に求める要求や品質が明確になっており,それらの重要度があらかじめ分かっていれば,そのときプロジェクトチームは何を取捨選択すればよいのか,どんな技術を習得すればよいのか根拠を持って判断することができます.プロジェクトリーダーの個人的な趣味や声の大きい技術者の好みではなく,ユーザー要求をベースにプロジェクトチームの舵を切ることができるようになります.欧米の責任と権限が明確に分けられたドライなソフトウェアプロジェクト運営と,パフォーマンスの高いうまくいく日本の組込みソフト開発のプロジェクトのあり方の違いは「誰のために仕事をしているのか」「今の仕事は何のためやっているのか」という部分の気持ちの持っていき方の違いであると言えるでしょう.
【引用終わり】
以上、宣伝でした。
2007-06-23
日本の組込みソフトの作り方の特徴
今回は10万行以下で小中規模の日本の組込みソフトの作り方の特徴について考えてみたい。【日本のすり合わせ開発の特徴】
-前提となる環境-
- 開発者の入れ替わりがほとんどない。
- 開発者が商品企画から保守にまで関わる。
- 同じ市場に同じような商品を投入し続ける。
ビジネス系のソフトウェア開発では要求分析の重要性がクローズアップされているが、組込みソフトの世界では、わざわざ要求分析をしなくても、エンジニアの頭の中に要求がすり込まれていくという特徴がある。
組込みソフトの世界ではエンドユーザーが不特定多数のコンシューマーであることが多く、ユーザーニーズを把握することが難しい場合がある。サプライヤーにとってはソフトウェアを委託してくるクライアントが直接の要求の発信者となるが、このクライアントがエンドユーザーの要求を正確に把握しているとは限らない。
組込みソフトでは、リリースした製品が市場で売れたのかどうか、どんなクレームが上がっているのか、他社がどんな機能や性能を取り入れているのかといった情報が、要求の把握につながる。そうなると、「開発者の入れ替わりがほとんどない」「開発者が商品企画から保守にまで関わる」「同じ市場に同じような商品を投入し続ける」といった環境は組込みソフトの開発には有利な点が多い。
-改善の手順-
- まず、最初に類似商品のスペックを参考にして製品を開発し市場に投入する
- ユーザークレームを吸い上げ、これまでの機能性能を落とさないようにしながら、クレームを克服する
- クレーム対応と同様に他社製品にあり、自社製品にはない機能を追加する
- 市場に最適化された組込みソフトウェアができあがる
- すべてのユーザーの要求を取り入れるため機能がどんどん増える
-このアプローチのデメリット(メーカーサイド)-
- ソフトウェアが複雑になる
- 実装済みの機能や性能が劣化していないことを確認するのが大変
- 全体を把握できる技術者でなければ機能追加はできないし、不具合が発生したときの対応もできない
- ほとんど使われないどうでもいい機能のメインテナンスに多大な工数がかかる
- アーキテクチャデザインとしての強み(保守性、再利用性、変更容易性など)が消える(見えなくなる)
- ソフトウェアの開発効率が下がる
- その商品の強みがなんだか分からなくなる
- 自社のコアコンピタンスが相対的に目立たなくなる
そして、営業員に「自社の商品が売れないのは他社がこんな機能を持っているからだ」と言われると、たいした機能でもないのに入れてしまう。日本のソフトウェアエンジニアはそれが出来てしまうから不幸になるのだとも言える。
そして、言われるがままに機能を追加しまくって性能を落としてしまったり、もともとあった自社の強みを目立たなくしてしまう。なんともはや、よかれと思ってやったことが逆効果という悲しい結末だ。
マーケティングをきちんとしなくてもクレームの克服や他社製品との機能比較だけで、商品開発していくとこういう事態におちいる。
-このアプローチのデメリット(ユーザーサイド)-
- 使わない機能がいっぱい付いていて使いこなせない
- 自分にとっての基本機能の使い方がわからない
- 商品コンセプトがよく分からない
- 不具合が起こるとソフトウェアアップデートを強いられる
-デメリットを克服する施策-
要求の分析
- 市場要求・ユーザー要求の分析結果を可視化する
- 過去に起こった事故・クレームの分析と対策を蓄積しこれも可視化する
- 5年後、10年後を見据えた商品群のロードマップを作成する(商品ラインナップ、技術ロードマップ、規制ロードマップなど)
- 自社のコアコンピタンスが何かを明確にする
- 制約条件やトレードオフする項目(コスト、時間、性能、ビジネス目標など)を明確にする
- 要求と制約条件のトレードオフについてあたりを付ける
- システムを実現するためのソフトウェアアーキテクチャを考え、可視化する
- 市場環境の変化によりアーキテクチャの変更が必要になったら、上記の要求分析から見直しをする。(安易に機能を付け足さない)
2007-06-01
仕様は変化しやすいが、要求の寿命は長い
先日あるソフトウェア技術者の方から以下のような質問を受けた。
【現場の問題点】
新製品のソフト設計を最適な手法を模索しながら行っています。仕様の明確化が重要だと思いますが、ハード設計に依存してしまい、洗い出しても保留になることが多くあります。こういった場合、どう対処すべきなのでしょうか?
そこで、以下のように回答した。
【回答】
まず、第一に要求品質を明確化することが重要です。要求品質には2種類考える必要があります。
ここまでで、要求品質が明確になり、どんな機能や性能が重要なのかがわかります。
仕様の明確化よりも要求の明確化の方が大事です。仕様は変化しやすいですが、要求の寿命は長いからです。
次に、要求を実現できる技術があるのかないのかを明確化します。この段階で試行錯誤しているのなら、それは要素技術検討の段階ですから実現できる目処を立てます。(部品の入手性、安定的に生産できるかどうかも検討します)
この作業にはトレードオフが必ず発生するので、その製品が使われる市場や実現技術など広い知識と経験が必要です。知識や経験が不足しており見切り発車すると、後工程での手戻りが多く発生します。未確認の技術要素は早め早めに実験して目処を立てます。
ソフトウェアの設計で注意すべき点は、今回の開発だけでなく次の開発、またその次の開発で共通なソフトウェア資産は何か? 固定的な要素は何か、変動的な要素は何かを見極めることです。要素技術検討の段階でハードウェアが確定していない機能については、ハードウェアに変更があったときのことを考えてチューニングしやすい構造(アーキテクチャ)を選択します。
上記のアプローチが成功すれば、寿命が長く変化に対応しやすいソフトウェア資産ができあがるはずです。
【引用終わり】
回答を書いてみて、「仕様は変化しやすいが、要求の寿命は長い」というフレーズはいいなと感じた。
この話はオンデマンドで作るソフトウェア開発と組込みソフト開発の最大の相違点であり、組込みシステムでは同じ市場に同じような製品を投入し続けるということは、要求に普遍性があるからだということに通じる。
普遍的な市場要求、ユーザー要求がキチンと把握できていないと、次の製品を作るときに「他社がやっているから」とか「組織のお偉いさんが入れろと言っているから」といった理由で、付け足し要求を実装し、現在の製品がクリアできている市場要求・ユーザー要求を実現している機能や性能をデグレードさせてしまうケースがある。
一通り一般的な要求を実現すると、カタログスペック上で他社と比べて負けているところだけが目に付き、強いユーザー要求でもないのにそのおまけの機能を実装しろという輩がかならずいる。
営業担当は自社の商品が売れない理由を他社の商品ができていて自社の商品ができない機能や性能があるからだということが多い。
実際、それが理由で売り上げが低迷していることもあるのだろうが、その機能を実装したからといって売り上げが大幅にアップすることはほとんどないように思う。
ここの問題点は、作る側も売る側も商品のコンセプトをちゃんと理解しておらず、市場要求・ユーザー要求の本筋で勝負することを忘れてしまっているということだ。
商品のコンセプトが明確になっており、市場要求・ユーザー要求の本筋の部分でどんなくふうや、トレードオフをしているのかがいつも頭の中に入っていれば、「(枝葉末節的な)このスペックが足らないから売れないのだ」という販売サイドの主張に対し、「それは市場やユーザーの本筋の要求ではなく、それを実現しようとすると、レスポンスや複雑性が増すことによる安全性や信頼性の面でリスクが生じる」「この製品のこの機能や性能は今も昔もお客さんに満足されており、その満足度を下げるリスクが現実になると売り上げを下げる危険がある」「基本機能のこの面を強化すれば、より顧客満足度を高めることができる」というような意見を即答できる。
組込み機器は制約条件が多いので、要求と制約のトレードオフがいろいろなされ、その微妙なバランスで現在の製品ができあがっていることが多い。実現した機能や性能にソフトウェアが絡んでいる場合、なかなか外には見えないので、どんな影響があるか何も考えずに「こんな機能も、あんな機能も、全部追加してしまえ!」という乱暴な指示を出す者もいる。
その結果、要求と制約のトレードオフがくずれ、いままでできていた基本機能を損ねてしまったら、元も子もない。
だいたい、市場要求、ユーザー要求だって実は十分に満たせていないことに気がついていないだけかもしれない。要求はあるけれど、さまざまな制約条件で十分に満たせていない状態で商品をリリースしていることはよくある。その本質的な要求と制約条件を忘れてしまうと、技術革新が起こって制約条件が緩和されたにも関わらず、その新しいデバイスや技術を使うことを忘れ本質的な要求実現を改善することよりも、どうでもいい付け足しの機能を追加することに走ってしまう。(「洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない」を参照のこと)
組込みソフトエンジニアは「仕様は変化しやすいが、要求の寿命は長い」ということを忘れずに、この商品やサービスに求められている要求は何か、その要求に優先度を付けると何が一番大事なのかを常に頭の中にいれておかなければいけない。
それを忘れてしまうと、ステークホルダかクライアント、声の強い者に、こねくり回し的な仕様変更や仕様追加を指示され安易に受け入れてしまう可能性が高くなる。
組込みソフトエンジニアのモチベーションが最も下がるのは、お客さんの満足を高めることに貢献しないような仕様変更や仕様追加を突きつけられたときだ。「あーあ、こいつ分かってないな・・・」と思いながら、仕様を押しつけられそうになったら、本質的なユーザー要求に戻ってとことんディスカッションすべきだと思う。
【現場の問題点】
新製品のソフト設計を最適な手法を模索しながら行っています。仕様の明確化が重要だと思いますが、ハード設計に依存してしまい、洗い出しても保留になることが多くあります。こういった場合、どう対処すべきなのでしょうか?
そこで、以下のように回答した。
【回答】
まず、第一に要求品質を明確化することが重要です。要求品質には2種類考える必要があります。
- ユーザー要求、市場要求から展開した品質
- 同等の製品、製品群で発生した不具合の対策から展開した再発防止策に基づく品質
ここまでで、要求品質が明確になり、どんな機能や性能が重要なのかがわかります。
仕様の明確化よりも要求の明確化の方が大事です。仕様は変化しやすいですが、要求の寿命は長いからです。
次に、要求を実現できる技術があるのかないのかを明確化します。この段階で試行錯誤しているのなら、それは要素技術検討の段階ですから実現できる目処を立てます。(部品の入手性、安定的に生産できるかどうかも検討します)
この作業にはトレードオフが必ず発生するので、その製品が使われる市場や実現技術など広い知識と経験が必要です。知識や経験が不足しており見切り発車すると、後工程での手戻りが多く発生します。未確認の技術要素は早め早めに実験して目処を立てます。
ソフトウェアの設計で注意すべき点は、今回の開発だけでなく次の開発、またその次の開発で共通なソフトウェア資産は何か? 固定的な要素は何か、変動的な要素は何かを見極めることです。要素技術検討の段階でハードウェアが確定していない機能については、ハードウェアに変更があったときのことを考えてチューニングしやすい構造(アーキテクチャ)を選択します。
上記のアプローチが成功すれば、寿命が長く変化に対応しやすいソフトウェア資産ができあがるはずです。
【引用終わり】
回答を書いてみて、「仕様は変化しやすいが、要求の寿命は長い」というフレーズはいいなと感じた。
この話はオンデマンドで作るソフトウェア開発と組込みソフト開発の最大の相違点であり、組込みシステムでは同じ市場に同じような製品を投入し続けるということは、要求に普遍性があるからだということに通じる。
普遍的な市場要求、ユーザー要求がキチンと把握できていないと、次の製品を作るときに「他社がやっているから」とか「組織のお偉いさんが入れろと言っているから」といった理由で、付け足し要求を実装し、現在の製品がクリアできている市場要求・ユーザー要求を実現している機能や性能をデグレードさせてしまうケースがある。
一通り一般的な要求を実現すると、カタログスペック上で他社と比べて負けているところだけが目に付き、強いユーザー要求でもないのにそのおまけの機能を実装しろという輩がかならずいる。
営業担当は自社の商品が売れない理由を他社の商品ができていて自社の商品ができない機能や性能があるからだということが多い。
実際、それが理由で売り上げが低迷していることもあるのだろうが、その機能を実装したからといって売り上げが大幅にアップすることはほとんどないように思う。
ここの問題点は、作る側も売る側も商品のコンセプトをちゃんと理解しておらず、市場要求・ユーザー要求の本筋で勝負することを忘れてしまっているということだ。
商品のコンセプトが明確になっており、市場要求・ユーザー要求の本筋の部分でどんなくふうや、トレードオフをしているのかがいつも頭の中に入っていれば、「(枝葉末節的な)このスペックが足らないから売れないのだ」という販売サイドの主張に対し、「それは市場やユーザーの本筋の要求ではなく、それを実現しようとすると、レスポンスや複雑性が増すことによる安全性や信頼性の面でリスクが生じる」「この製品のこの機能や性能は今も昔もお客さんに満足されており、その満足度を下げるリスクが現実になると売り上げを下げる危険がある」「基本機能のこの面を強化すれば、より顧客満足度を高めることができる」というような意見を即答できる。
組込み機器は制約条件が多いので、要求と制約のトレードオフがいろいろなされ、その微妙なバランスで現在の製品ができあがっていることが多い。実現した機能や性能にソフトウェアが絡んでいる場合、なかなか外には見えないので、どんな影響があるか何も考えずに「こんな機能も、あんな機能も、全部追加してしまえ!」という乱暴な指示を出す者もいる。
その結果、要求と制約のトレードオフがくずれ、いままでできていた基本機能を損ねてしまったら、元も子もない。
だいたい、市場要求、ユーザー要求だって実は十分に満たせていないことに気がついていないだけかもしれない。要求はあるけれど、さまざまな制約条件で十分に満たせていない状態で商品をリリースしていることはよくある。その本質的な要求と制約条件を忘れてしまうと、技術革新が起こって制約条件が緩和されたにも関わらず、その新しいデバイスや技術を使うことを忘れ本質的な要求実現を改善することよりも、どうでもいい付け足しの機能を追加することに走ってしまう。(「洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない」を参照のこと)
組込みソフトエンジニアは「仕様は変化しやすいが、要求の寿命は長い」ということを忘れずに、この商品やサービスに求められている要求は何か、その要求に優先度を付けると何が一番大事なのかを常に頭の中にいれておかなければいけない。
それを忘れてしまうと、ステークホルダかクライアント、声の強い者に、こねくり回し的な仕様変更や仕様追加を指示され安易に受け入れてしまう可能性が高くなる。
組込みソフトエンジニアのモチベーションが最も下がるのは、お客さんの満足を高めることに貢献しないような仕様変更や仕様追加を突きつけられたときだ。「あーあ、こいつ分かってないな・・・」と思いながら、仕様を押しつけられそうになったら、本質的なユーザー要求に戻ってとことんディスカッションすべきだと思う。
2007-05-21
組込み機器におけるギャランティとベストエフォート
2007年5月20日付けの毎日新聞朝刊に「時代の風」というコラムがあり、東大の坂村健先生の写真が載っていた。
坂村先生の写真は ESECとかETのパンフレットやWEBサイトではよく見掛けるが、新聞のコラムで見たのは初めてだった。
コラムのタイトルは『デジタル・デバイドと自己責任』で、坂村先生は自宅のインターネットがうまくつながらなくなり、その復旧でえらく手間取ったという先生の知人のエピソードを通して、インターネットの世界におけるベストエフォート(最大努力)型とギャランティー(性能保証)型との違いについて解説している。
このコラムを読んだときに頭に思い浮かんだのは、『組込みソフトエンジニアを極める』で書いたリアルタイム要求とスループット要求のことだ。
リアルタイムシステムにおけるリアルタイム要求にはハードリアルタイムとソフトリアルタイムがあって、ハードリアルタイムは応答時間を保証しているのでギャランティー型と言える。それに対して、単位時間あたりの処理能力が高いことが要求となっている場合はスループット要求となり、応答時間という観点から見るとそれはベストエフォート型となる。
リアルタイムOSは応答時間を保証(ギャランティ)することができ、昔のUNIXやWindowsなど、CPUの処理時間を各スレッドに均等にしか割り振れないOSの場合は応答時間で考えればベストエフォートだ。
ベストエフォートだから、CPUの性能が非常に高かったり、平行に動いているスレッドの数が少ない場合は全く問題ない応答をするのだが、Windowを10も20も開いていくと徐々にレスポンスが悪くなる。これがベストエフォートのベストエフォートたるゆえんだ。
リアルタイムOSを使っても、パフォーマンスが100%を超えることはあるが、優先度の高いタスクに対するCPU時間を保証することはできる。これがギャランティ型のギャランティ型たるゆえんだ。
さて、坂村先生はこのコラムの中で専門のリアルタイムOSのことについては一言も触れておらず、インターネットがつながらない原因をたらい回しに合いながら突き止めても「ルーターの相性が悪いようです」と言われてしまうのは、インターネットはユーザーの責任の上に成り立っているベストエフォート型のシステムであり、今の世の中どんどんベストエフォート型のシステムが増えていて、身を任せていればいいというシステムはほとんど存在しないからだと書いている。
【デジタル・デバイドと自己責任より引用】
インターネットはその「自由化」のもっとも進んだものだ。あるサイト中のデータを見るまでには実はたくさんの関係者がいて、それぞれが独立している。だから「インターネットの責任者を呼べ」と言っても、誰なのか分からない。
しかし、だからこそ会社や国の枠を超えられる。たとえアフリカとでも、簡単にしかも無料でメールのやりとりができるのはそのおかげだ。
:
鉄道と道路、電話とインターネット・・・これらの違いを考えればわかるように、自由度を求めれば求めるほどシステムはベストエフォート型になる。そういう時代の情報システムでは、技術設計と同程度かそれ以上に制度設計が重視される。技術ではカバーできない部分は制度でカバーする。こうした発想が必要なのだ。
【引用終わり】
ギャランティ型とベストエフォート型のたとえとして、坂村先生は鉄道と道路、電話とインターネットを対比させた。でも、ここでは組込み機器における、ギャランティ型とベストエフォート型について考えてみたい。
そもそも、組込み機器のユーザーは製品に対してメーカーが機能や性能をギャラインティするものだと考えていると思う。インターネットのように、自由度が求められることによってベストエフォートに変化し、ユーザーが自分自身で責任を負担しなければいけないと考えるようになるのだろうか?
インターネットだってギャランティしてくれる誰かがいれば、その対価を払うユーザーはいる。組込み機器は機能や性能をギャランティしてくれるからこそ、ちょっと高くても買ってくれるお客さんがいるのだと思う。
もしも、組込み機器に自由度が求められたとしても、それは組込み機器全体がベストエフォート型にするのではなく、ギャランティの部分とベストエフォートの部分を切り分けることで解決しなければいけないのだと思う。
これを勘違いして、組込み機器は自由度が求められるようになったのだから、ベストエフォート型にすればよいと考えるとユーザーからそっぽを向かれる危険性が高い。
ハードディスク内蔵のDVDレコーダで立ち上がり時間が長くなったのは、メーカーが組込み機器をベストエフォート型にしてしまった典型的な例のように思える。
ちょっと観点が変わるが Linux などのオープンソースソフトウェアを組込み機器に採用した際に、オープンソースソフトウェアの信頼性をギャランティするのはLinuxを供給するベンダーではなく採用した組織側であるということを忘れている人がいるように思う。
Linux を供給するベンダーと問題があったときには速やかに原因の究明やサポートをする契約を結ぶことはできるが、オープンソースソフトウェアそのものの信頼性をギャランティしてくれるベンダーはほとんどいない。オープンソースの自由度がもともとベストエフォートに流れるようになっているからそうなるのだが、日本人は対価を払って買ったものは、その製品の機能や性能が当然ギャランティされているものだと思い込んでいるから勘違いするのだと思う。ベストエフォート型の商品や、ユーザーが一部自己責任をともなう商品などが(説明書にそう書いてあったとしても)実際には存在するなどと考えていないのだ。
メーカーも自己責任の部分は販売するときに声を大にして言わない、説明書の隅に小さく書く。でも、ベストエフォートの部分でユーザークレームが発見され社会問題にまで発展してしまうと、結局はメーカーがやり玉に上げられる。メーカーも「ベストエフォートですから、責任はユーザーにあるのですよ」とは主張しない。日本人特有の責任と権限を明確にせず、問題は発生したときに考えればいいやという曖昧な対応の結果だ。
自由度の高いインターネットのシステムを使っているユーザーでも坂村先生が言うように、システムがギャランティ型ではなくベストエフォート型になっているので、自己責任は発生しており、その分システムを安価に使えていると認識してくれるようには思えない。
日本のメーカーは商品の購入時にユーザーの自己責任は前面に出したがらないし、多くのユーザーはトラブルが発生して自己責任の部分が明確になっても「そんなことは聞いていない」と反論せず、泣き寝入りしてしまうので、わざわざマイナスイメージを最初に言う必要がないのだ。
しかし、組込み機器の中でも、特に安全性や信頼性が求められる機能や性能については、メーカーはそれらの機能や性能について保証しなければいけないということを忘れてはいけないと思う。
そこを自由度の高さを実現するためにベストエフォートでよいのだと考えた組織は、市場の中で競争優位を保つことはできなし、ユーザーは文句を言わずにそのメーカーの商品を買わなくなり、そのメーカーは知らず知らずに市場でのシェアを落としていくように思う。
坂村先生の写真は ESECとかETのパンフレットやWEBサイトではよく見掛けるが、新聞のコラムで見たのは初めてだった。
コラムのタイトルは『デジタル・デバイドと自己責任』で、坂村先生は自宅のインターネットがうまくつながらなくなり、その復旧でえらく手間取ったという先生の知人のエピソードを通して、インターネットの世界におけるベストエフォート(最大努力)型とギャランティー(性能保証)型との違いについて解説している。
このコラムを読んだときに頭に思い浮かんだのは、『組込みソフトエンジニアを極める』で書いたリアルタイム要求とスループット要求のことだ。
リアルタイムシステムにおけるリアルタイム要求にはハードリアルタイムとソフトリアルタイムがあって、ハードリアルタイムは応答時間を保証しているのでギャランティー型と言える。それに対して、単位時間あたりの処理能力が高いことが要求となっている場合はスループット要求となり、応答時間という観点から見るとそれはベストエフォート型となる。
リアルタイムOSは応答時間を保証(ギャランティ)することができ、昔のUNIXやWindowsなど、CPUの処理時間を各スレッドに均等にしか割り振れないOSの場合は応答時間で考えればベストエフォートだ。
ベストエフォートだから、CPUの性能が非常に高かったり、平行に動いているスレッドの数が少ない場合は全く問題ない応答をするのだが、Windowを10も20も開いていくと徐々にレスポンスが悪くなる。これがベストエフォートのベストエフォートたるゆえんだ。
リアルタイムOSを使っても、パフォーマンスが100%を超えることはあるが、優先度の高いタスクに対するCPU時間を保証することはできる。これがギャランティ型のギャランティ型たるゆえんだ。
さて、坂村先生はこのコラムの中で専門のリアルタイムOSのことについては一言も触れておらず、インターネットがつながらない原因をたらい回しに合いながら突き止めても「ルーターの相性が悪いようです」と言われてしまうのは、インターネットはユーザーの責任の上に成り立っているベストエフォート型のシステムであり、今の世の中どんどんベストエフォート型のシステムが増えていて、身を任せていればいいというシステムはほとんど存在しないからだと書いている。
【デジタル・デバイドと自己責任より引用】
インターネットはその「自由化」のもっとも進んだものだ。あるサイト中のデータを見るまでには実はたくさんの関係者がいて、それぞれが独立している。だから「インターネットの責任者を呼べ」と言っても、誰なのか分からない。
しかし、だからこそ会社や国の枠を超えられる。たとえアフリカとでも、簡単にしかも無料でメールのやりとりができるのはそのおかげだ。
:
鉄道と道路、電話とインターネット・・・これらの違いを考えればわかるように、自由度を求めれば求めるほどシステムはベストエフォート型になる。そういう時代の情報システムでは、技術設計と同程度かそれ以上に制度設計が重視される。技術ではカバーできない部分は制度でカバーする。こうした発想が必要なのだ。
【引用終わり】
ギャランティ型とベストエフォート型のたとえとして、坂村先生は鉄道と道路、電話とインターネットを対比させた。でも、ここでは組込み機器における、ギャランティ型とベストエフォート型について考えてみたい。
そもそも、組込み機器のユーザーは製品に対してメーカーが機能や性能をギャラインティするものだと考えていると思う。インターネットのように、自由度が求められることによってベストエフォートに変化し、ユーザーが自分自身で責任を負担しなければいけないと考えるようになるのだろうか?
インターネットだってギャランティしてくれる誰かがいれば、その対価を払うユーザーはいる。組込み機器は機能や性能をギャランティしてくれるからこそ、ちょっと高くても買ってくれるお客さんがいるのだと思う。
もしも、組込み機器に自由度が求められたとしても、それは組込み機器全体がベストエフォート型にするのではなく、ギャランティの部分とベストエフォートの部分を切り分けることで解決しなければいけないのだと思う。
これを勘違いして、組込み機器は自由度が求められるようになったのだから、ベストエフォート型にすればよいと考えるとユーザーからそっぽを向かれる危険性が高い。
ハードディスク内蔵のDVDレコーダで立ち上がり時間が長くなったのは、メーカーが組込み機器をベストエフォート型にしてしまった典型的な例のように思える。
ちょっと観点が変わるが Linux などのオープンソースソフトウェアを組込み機器に採用した際に、オープンソースソフトウェアの信頼性をギャランティするのはLinuxを供給するベンダーではなく採用した組織側であるということを忘れている人がいるように思う。
Linux を供給するベンダーと問題があったときには速やかに原因の究明やサポートをする契約を結ぶことはできるが、オープンソースソフトウェアそのものの信頼性をギャランティしてくれるベンダーはほとんどいない。オープンソースの自由度がもともとベストエフォートに流れるようになっているからそうなるのだが、日本人は対価を払って買ったものは、その製品の機能や性能が当然ギャランティされているものだと思い込んでいるから勘違いするのだと思う。ベストエフォート型の商品や、ユーザーが一部自己責任をともなう商品などが(説明書にそう書いてあったとしても)実際には存在するなどと考えていないのだ。
メーカーも自己責任の部分は販売するときに声を大にして言わない、説明書の隅に小さく書く。でも、ベストエフォートの部分でユーザークレームが発見され社会問題にまで発展してしまうと、結局はメーカーがやり玉に上げられる。メーカーも「ベストエフォートですから、責任はユーザーにあるのですよ」とは主張しない。日本人特有の責任と権限を明確にせず、問題は発生したときに考えればいいやという曖昧な対応の結果だ。
自由度の高いインターネットのシステムを使っているユーザーでも坂村先生が言うように、システムがギャランティ型ではなくベストエフォート型になっているので、自己責任は発生しており、その分システムを安価に使えていると認識してくれるようには思えない。
日本のメーカーは商品の購入時にユーザーの自己責任は前面に出したがらないし、多くのユーザーはトラブルが発生して自己責任の部分が明確になっても「そんなことは聞いていない」と反論せず、泣き寝入りしてしまうので、わざわざマイナスイメージを最初に言う必要がないのだ。
しかし、組込み機器の中でも、特に安全性や信頼性が求められる機能や性能については、メーカーはそれらの機能や性能について保証しなければいけないということを忘れてはいけないと思う。
そこを自由度の高さを実現するためにベストエフォートでよいのだと考えた組織は、市場の中で競争優位を保つことはできなし、ユーザーは文句を言わずにそのメーカーの商品を買わなくなり、そのメーカーは知らず知らずに市場でのシェアを落としていくように思う。
2007-03-10
組込みソフトは「見える化」より「見せる化」
近年、ソフトウェアの分野で要求分析の重要性が叫ばれている。対象となるソフトウェアに求められている要求をしっかり分析することはもちろん重要だが、特定のクライアントがエンドユーザーとなるビジネス系の受託開発ソフトウェアと、特定の分野の不特定多数のお客さんに提供する製品に搭載する組込みソフトウェアでは、ソフトウェアに対する要求についての考え方を変えなければいけない。
組込みソフトにはさまざまな制約条件が科せられるため、要求のすべてを満たすことが難しい。要求が多様になればなるほとリアルタイム性能などの性能要求を満たすことが難しくなるし、性能の高いプロセッサを使うことを余儀なくされコストアップにつながってしまう。
パソコンをプラットフォームとするアプリケーションソフトウェア開発では、組込みソフトウェアに比べれば遙かにリッチなプラットフォームが存在し、競争相手もまったく同じ環境で開発を行うことが分かっているので、要求と制約条件のトレードオフに頭を悩ませるより、ユーザー要求を間違えることなく、できるだけ早くすべて満たすことが目標となる。
ここには、組込みソフトのような強い制約条件や頻繁に発生するトレードオフは存在しない。
ところが、組込みソフトの場合は、エンドユーザーは特定分野の不特定多数のお客さんであり、必ずしも要求は「これだ!」という確約の採れたものではないし、求められるのは機能だけでなく、性能もあるし、安全性や信頼性も要求され、コストは安ければ安いほど喜ばれる。
そうなれば、当然要求に対して何をどれくらい実現すればよいのかについて優先度を付ける必要があり、その分析結果と、自分たちの得意なスキルを照らし合わせて、トレードオフをし、自分たちの商品でどんな機能と性能を実現するのか決断しなければならない。
最近の情報家電を見ると、商品に求められる要求の分析、特に優先度付けやトレードオフが必ずしも十分にできていないように思える。
例えば、5年前に買った 29インチのブラウン管のテレビは5万円台で非常にお買い得だった。ところが、このテレビ買って後悔したことが一つある。電源を入れてから画面が出るまで12秒かかるののだ。音声はタイムラグなしで出力されるのだが、映像が10秒以上かかるのは、せっかちな自分には耐え難いしうちだ。
また、2年前に買った250Gバイトのハードディスク内蔵のDVDプレーヤも5万円台でお買い得だった。こちらは、画面はすぐでるのだが、システムのイニシャライズが終わるのに20秒近くかかり、電源を入れてすぐに録画予約をすることができない。しかも、DVDのディスクが入っている状態で電源を入れるとシステムのイニシャライズ時間は30秒に伸びる。
新しい機能のほとんどを使いこなすことができず、昔使っていた VHSのビデオデッキと同じくらいの機能しか使わない一ユーザーにとって、この状態は性能のデグレードになる。
もちろん、メーカー側にはそれなりの理由があって、多用な要求を満たして他社とカタログスペックで負けないためには、Linuxなどのプラットフォームを搭載する必要があり、さまざまな内蔵デバイスの診断や、メモリチェックや OSの立ち上げをしている間に10秒くらいは立ってしまうのだろう。
でも、自分というユーザーにはそんなことはどうだっていい。電源入れたら早く立ち上がって、基本機能を使えるようにして欲しいのだ。そして、電源の立ち上がり時間で痛い目にあったので次からは素早く立ち上がる機種を選ぶ。もしも、その機種が他社に比べて機能がちょっとくらい少なくたってかまわない。基本機能を早く使う方が自分にとっては大事なのだ。
自分はこのような不満が自分だけの不満だけではないと考えている。だとすると、この情報家電を作ったメーカは先に挙げた、組込みソフトにおける要求の優先度付けに失敗していることになる。
おそらく、パソコンと同じようなプラットフォームを用意した時点で、組込み機器における制約条件やトレードオフのことを忘れてしまったのだろう。
ただ、現場のエンジニアは要求の優先順位に矛盾が生じていることについて、実はよくわかっているという意見もある。プロジェクトが大きくなってしまったり、組織が決めた方針を覆すことができないため、ユーザー要求の優先度がいびつになってしまった商品ができあがってしまっても、自分の力ではどうしようもないというのだ。
一昔前なら、ユーザーニーズの調査や商品企画、プラットフォームの選定などは、組込み機器開発のプロジェクトメンバーが行っていた。その状況なら、お客さんの要求と自分たちの得意な技術を考慮して、要求と機能・性能の実現の最適化が可能だった。
ところが、今ではプロジェクトの規模が大きくなり、要求も多様化してしまったため、要求の正確な分析と要求の実現能力のバランス判断が崩れている。
今、組込みソフトエンジニアの求められているのは、ユーザー要求の分析と自分たちの得意なスキルでどの要求を実現するのかを可視化して、自分たちの技術でどんな商品を作れば顧客満足を最大にできるのかという設計のコンセプトを明確にすることである。
組込みソフトウェア開発の世界では「見える化」をもう一歩踏み込んで「見せる化」が必要になっている。
ユーザー要求・市場要求の正確に分析し、その分析結果を基にソフトウェアシステムをどのように構築するのか、何がこの商品のアドバンテージになっているのか、何かこの商品のコア資産なのかを、組込みソフトエンジニアが可視化し、それを組織に示し、アーキテクチャ設計を主張し、場合によってはそのアーキテクチャを実現するためのプラットフォームを選択して、その選択の実現を組織に迫らなければいけない。
また、すでに自分たちが何世代かにわたって作り上げたソフトウェアシステムの構造を見えるようにして、どの部分がコアな資産であり、そのコア資産の品質を高めるために、何をしなければいけないのかを明確にし、そのために必要な環境や工数、費用を主張する必要がある。
そうしなければ、組織が決めた環境を、顧客満足が最大にできないことを知りながら使い続け、割り切れない気持ちを引きずることになる。
これを避けるために組込みソフトエンジニアがやるべきことは自分たちが「選択したもしくは選択したいアーキテクチャ」が顧客の要求にフィットしているということ可視化して主張するための「見せる化」だ。
それをしないと、プロジェクトはどんどんネガティブになって、メンバーには受け身の考え方が蔓延し、現場は問題解決の力を持っていながら顧客満足の高い商品をアウトプットできなくなり、競合に負け、価格を下げることでしか勝負できなくなり、忙しさは変わらずに給料が下がるという悪循環に陥ってしまう。
この悪循環を断ち切るための組込みソフトウェアシステムにおける要求分析の方法とその実践の仕方については、いずれわかりやすく説明する機会を作りたいと思う。
【組込みソフトで要求の重要度を分析しなければいけない訳】
組込みソフトウェア開発では要求の洗い出しだけでなく、要求の重要度を分析する必要がある。
↓なぜ
組込みソフトウェア開発では要求を実現する際にトレードオフが発生しやすいため、要求が示す意味と優先順位を分析し分析した結果を明示的に残しておくことが重要となる。それが、商品の開発コンセプトにつながり、どの他社の商品との差別化につながる。
また、その組織が独自に持っている強み・得意な技術を、顧客要求の強い部分にぶつけることができれば、競争力の強い商品を作り上げることができる。
組込みソフトにはさまざまな制約条件が科せられるため、要求のすべてを満たすことが難しい。要求が多様になればなるほとリアルタイム性能などの性能要求を満たすことが難しくなるし、性能の高いプロセッサを使うことを余儀なくされコストアップにつながってしまう。
パソコンをプラットフォームとするアプリケーションソフトウェア開発では、組込みソフトウェアに比べれば遙かにリッチなプラットフォームが存在し、競争相手もまったく同じ環境で開発を行うことが分かっているので、要求と制約条件のトレードオフに頭を悩ませるより、ユーザー要求を間違えることなく、できるだけ早くすべて満たすことが目標となる。
ここには、組込みソフトのような強い制約条件や頻繁に発生するトレードオフは存在しない。
ところが、組込みソフトの場合は、エンドユーザーは特定分野の不特定多数のお客さんであり、必ずしも要求は「これだ!」という確約の採れたものではないし、求められるのは機能だけでなく、性能もあるし、安全性や信頼性も要求され、コストは安ければ安いほど喜ばれる。
そうなれば、当然要求に対して何をどれくらい実現すればよいのかについて優先度を付ける必要があり、その分析結果と、自分たちの得意なスキルを照らし合わせて、トレードオフをし、自分たちの商品でどんな機能と性能を実現するのか決断しなければならない。
最近の情報家電を見ると、商品に求められる要求の分析、特に優先度付けやトレードオフが必ずしも十分にできていないように思える。
例えば、5年前に買った 29インチのブラウン管のテレビは5万円台で非常にお買い得だった。ところが、このテレビ買って後悔したことが一つある。電源を入れてから画面が出るまで12秒かかるののだ。音声はタイムラグなしで出力されるのだが、映像が10秒以上かかるのは、せっかちな自分には耐え難いしうちだ。
また、2年前に買った250Gバイトのハードディスク内蔵のDVDプレーヤも5万円台でお買い得だった。こちらは、画面はすぐでるのだが、システムのイニシャライズが終わるのに20秒近くかかり、電源を入れてすぐに録画予約をすることができない。しかも、DVDのディスクが入っている状態で電源を入れるとシステムのイニシャライズ時間は30秒に伸びる。
新しい機能のほとんどを使いこなすことができず、昔使っていた VHSのビデオデッキと同じくらいの機能しか使わない一ユーザーにとって、この状態は性能のデグレードになる。
もちろん、メーカー側にはそれなりの理由があって、多用な要求を満たして他社とカタログスペックで負けないためには、Linuxなどのプラットフォームを搭載する必要があり、さまざまな内蔵デバイスの診断や、メモリチェックや OSの立ち上げをしている間に10秒くらいは立ってしまうのだろう。
でも、自分というユーザーにはそんなことはどうだっていい。電源入れたら早く立ち上がって、基本機能を使えるようにして欲しいのだ。そして、電源の立ち上がり時間で痛い目にあったので次からは素早く立ち上がる機種を選ぶ。もしも、その機種が他社に比べて機能がちょっとくらい少なくたってかまわない。基本機能を早く使う方が自分にとっては大事なのだ。
自分はこのような不満が自分だけの不満だけではないと考えている。だとすると、この情報家電を作ったメーカは先に挙げた、組込みソフトにおける要求の優先度付けに失敗していることになる。
おそらく、パソコンと同じようなプラットフォームを用意した時点で、組込み機器における制約条件やトレードオフのことを忘れてしまったのだろう。
ただ、現場のエンジニアは要求の優先順位に矛盾が生じていることについて、実はよくわかっているという意見もある。プロジェクトが大きくなってしまったり、組織が決めた方針を覆すことができないため、ユーザー要求の優先度がいびつになってしまった商品ができあがってしまっても、自分の力ではどうしようもないというのだ。
一昔前なら、ユーザーニーズの調査や商品企画、プラットフォームの選定などは、組込み機器開発のプロジェクトメンバーが行っていた。その状況なら、お客さんの要求と自分たちの得意な技術を考慮して、要求と機能・性能の実現の最適化が可能だった。
ところが、今ではプロジェクトの規模が大きくなり、要求も多様化してしまったため、要求の正確な分析と要求の実現能力のバランス判断が崩れている。
今、組込みソフトエンジニアの求められているのは、ユーザー要求の分析と自分たちの得意なスキルでどの要求を実現するのかを可視化して、自分たちの技術でどんな商品を作れば顧客満足を最大にできるのかという設計のコンセプトを明確にすることである。
組込みソフトウェア開発の世界では「見える化」をもう一歩踏み込んで「見せる化」が必要になっている。
ユーザー要求・市場要求の正確に分析し、その分析結果を基にソフトウェアシステムをどのように構築するのか、何がこの商品のアドバンテージになっているのか、何かこの商品のコア資産なのかを、組込みソフトエンジニアが可視化し、それを組織に示し、アーキテクチャ設計を主張し、場合によってはそのアーキテクチャを実現するためのプラットフォームを選択して、その選択の実現を組織に迫らなければいけない。
また、すでに自分たちが何世代かにわたって作り上げたソフトウェアシステムの構造を見えるようにして、どの部分がコアな資産であり、そのコア資産の品質を高めるために、何をしなければいけないのかを明確にし、そのために必要な環境や工数、費用を主張する必要がある。
そうしなければ、組織が決めた環境を、顧客満足が最大にできないことを知りながら使い続け、割り切れない気持ちを引きずることになる。
これを避けるために組込みソフトエンジニアがやるべきことは自分たちが「選択したもしくは選択したいアーキテクチャ」が顧客の要求にフィットしているということ可視化して主張するための「見せる化」だ。
それをしないと、プロジェクトはどんどんネガティブになって、メンバーには受け身の考え方が蔓延し、現場は問題解決の力を持っていながら顧客満足の高い商品をアウトプットできなくなり、競合に負け、価格を下げることでしか勝負できなくなり、忙しさは変わらずに給料が下がるという悪循環に陥ってしまう。
この悪循環を断ち切るための組込みソフトウェアシステムにおける要求分析の方法とその実践の仕方については、いずれわかりやすく説明する機会を作りたいと思う。
【組込みソフトで要求の重要度を分析しなければいけない訳】
組込みソフトウェア開発では要求の洗い出しだけでなく、要求の重要度を分析する必要がある。
↓なぜ
組込みソフトウェア開発では要求を実現する際にトレードオフが発生しやすいため、要求が示す意味と優先順位を分析し分析した結果を明示的に残しておくことが重要となる。それが、商品の開発コンセプトにつながり、どの他社の商品との差別化につながる。
また、その組織が独自に持っている強み・得意な技術を、顧客要求の強い部分にぶつけることができれば、競争力の強い商品を作り上げることができる。
2006-04-16
マーケティングの重要性
必ず読むブログに “R30::マーケティング社会時評” がある。なぜならR30氏の書く記事を読むと世の中の特にIT系のマーケティングの潮流を理解し先取りすることができるからだ。自分の処女作である『組込みソフトエンジニアを極める』は組込みソフトの技術解説書でありながら、本の全体に渡って「組込みソフトでクリエイティブな仕事をしたいのならマーケティングは大事だよ」と主張している。
第3章の“再利用の壁を越える”では、ユビキタスが定着した未来のスーパーに登場するナビゲーションカートが電子レジスターを不要にする存在になりうるという話しを書いた。
【組込みソフトエンジニアを極める -第3章 マーケティングの重要性- より引用】
顧客駆動型の考え方が必要だという具体例を示しましょう。図3.4をご覧ください。無線ICタグと呼ばれる、微小なICチップの実用化が近いことをご存じの方も多いでしょう。無線ICタグは識別する物体についての情報が格納されており、無線ICタグリーダーから発信される電磁波をエネルギー源として情報を出力します(そうでないタイプもあります)。無線ICタグのコストが5円程度に抑えられれば、スーパーマーケットで食材のパッケージなどに利用され普及が促進すると言われています。図3.4は無線ICタグが普及した際のスーパーマーケットの「ナビゲーションカート」の利用例です。
スーパーマーケットの買い物客が、本日の特売品のキャベツをナビゲーションカートに入れました。ナビゲーションカートには無線ICタグのリーダーがついており、カートにキャベツが入れられたことを認識します。すると無線ICタグに記録されているIDから情報を検索し、価格や産地などの情報をディスプレイに表示します。
買い物客は今日の夕食の献立のヒントを得るためにナビゲーションカートのディスプレイ上の献立ナビを押します。そして、携帯電話で自宅に電話し、ホームゲートウェイ経由で家電ネットワーク対応の冷蔵庫にどんな食材が入っているかを問い合わせます。受信した食材情報はブルートゥース無線通信で携帯電話からナビゲーションカートに送信されます。そして、ナビゲーションカートは購入したキャベツと自宅冷蔵庫にある食材で作ることのできる料理をデータベースから検索し、おすすめ献立としてディスプレイに表示します。
ナビゲーションカートのディスプレイにはおすすめ献立の食材を全部そろえると合計でいくらになるかも表示されます。さらに、詳しいレシピや、追加食材の売り場の場所もナビゲーションカートを使って知ることができます。
ナビゲーションカートはかごに入れた食材の合計金額を瞬時に計算できてしまうので、わざわざ食品の金額をレジで打ち直す必要がありません。ナビゲーションカートと電子レジスターが無線で通信すれば、レジでは合計金額の支払いだけをすればよいことになります。セルフチェックアウトシステムによってユーザー自身が決済することも可能になるかもしれません。操作がわからないときの案内係がレジ数台に1人ついていればよいのでスーパーマーケット側にとっては人件費の削減につながります。
フィルムカメラがデジタルカメラに切り替わりつつあるように、ときに技術革新はメーカーがそれまで作っていたものの価値を大きくシフトしてしまうことがあります。それまでスタンドアロンの電子レジスターを作っていたメーカーが、ナビゲーションカートのようなシステムは自分達の領域とは無縁のものと考えるとそれまで持っていた市場を失ってしまうかもしれません。
電子レジスターを購入するユーザー(スーパーマーケット)は、スーパーマーケットにやってくる買い物客に役に立つサービスを提供したいと考えており、レジ打ちのパートさんの人件費も削減したいと考えています。ナビゲーションカートのような存在は、既存の電子レジスターを脅かす可能性があるのです。
メーカーが既存製品を通してしか市場や顧客を見ていないと、技術革新が起きたときに市場の変化について行けず自分たちだけ取り残されてしまう危険性があります。図3.3の右の図のように、顧客が組織を駆動しマーケティングが各機能を統合するようになっている必要があるのです。新たな技術革新によって顧客や市場がシフトした場合は、それに合わせて製造、人事、財務もシフトすべきです。新しいデバイスを使いこなす技術がないという理由で、市場と製品との距離が離れると負のスパイラルに陥ってしまいます。
スーパーに訪れる買い物客の真の目的をよく考えてみると、それは必ずしも“食材を買い求めること”ではないことがわかります。スーパーに訪れる買い物客は購入した食材を使って、自分や家族のためにおいしく栄養バランスのよい食事を作りたいと考えています。また、できるだけ安価に短時間で食事を用意したいと考えています。そう考えると、スーパーに訪れる買い物客の目的はおいしく栄養バランスのよい食事を安価に短時間で作ることであり、“食材を買い求めること”はその目的を達成するための工程のひとつでしかないことがわかります。
電子レジスターは“おいしい食事をできるだけ安価に提供したい”という要求を満たす過程で必要となる組込み機器となるわけですが、その買い物客の目的が達成できるのであれば、目的を達成するための工程は変化してもスーパーに訪れる買い物客に不利益を与えることはありません。無線ICタグの普及とナビゲーションカートと携帯電話による電子決済は、“おいしく栄養バランスのよい食事を安価に短時間で作る”という目的により近づくことができるため、その結果電子レジスターは不要になる可能性もあるということです。
市場が変化することで新しい技術に対応する必要が出てくると、エンジニアは新しい技術を習得しなければいけない場合があり、再利用資産の寿命にも影響を与えます。したがって、マーケティングや技術予測は組込みソフトエンジニアにとっても重要です。
【引用終わり】
ここで引用したように市場の変化や新しい技術の出現にアンテナを張っておかないと、今自分たちがせっせとお金と時間をかけて作っている資産の寿命が短いことに気がつかないという危険がある。
そんなことが、R30氏の書評:「グーグル 既存のビジネスを破壊する」 にも書いてあった。内容はオリジナルを読んでもらうとして、この記事の中で googleをテーマにした2つの本のスタイルが比較されており、片方はまず最初に抽象的な結論が提示され、その論拠として二項対立的なフレームが並び、事実がそれらに沿って整理されていく、経営コンサルタントが使う典型的なプレゼンテーションの手法だと書かれている。
R30氏はこのタイプのプレゼンは、抽象的な結論が非常にすっきり頭に入ってくる一方で、疑り深い人は「本当にそうなのか?これらの事実は、自分の説に都合の良いように選り分けたのではないか?」という疑念もよぎらせるデメリットがあると言っている。
まさに、その通りだと思った。昔々HPの営業マンがツールの説明をするとき、まず最初に結論となる「このツールはあなた達にどんなメリットがあり、どんな問題を解決できるのか」を最初に語っていたことを思い出す。自分は過去何回か講演会でプレゼンテーションをしたことがあるが、これを参考に最初に結論のスライドを持ってきたりしている。
でも、確かに結論となるテーゼ→その根拠をいう流れがぴたっとはまりすぎると確かにうさんくさいと感じることがある。
だから、いつも気をつけているのはひとつの提案、施策に対してできるだけメリットとデメリットの両面を書いて、自分のドメインに適応させるときのヒントとなるようにしていることだ。
『組込みソフトエンジニアを極める』では、R30氏が比較したもう一方の本のスタイルである、事実を提示し→なぜ?という問いかけをし→その意味を考える という書き方をするように気をつけたつもりである。その方が信頼感があるからだ。
だけれども、それだけだと一貫したコンセプトを貫くことが難しく、おもしろみのない単なる技術解説本になってしまうので、仮想の電子レジスターメーカーとそので働く組込みソフトエンジニアやマネージャを登場させ、ストーリー性も絡めてコンセプトとなるテーゼを主張した。
自分なりにR30氏が比較ひた二つの本のスタイルのいい面を合わせたつもりである。でも、無意識にやっていたので、今回自分自身で「なるほど、そういうことだったのか」と納得させられたのである。
優秀な分析者の価値は高い。
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