日経ビジネスオンラインに「ハンズは30年前からロングテールだった!」という和田けんじさんの記事が載っていた。
ロングテールとは簡単に言えば、それほど売れ筋ではない商品でもインターネットのようなバーチャルストアーで扱うことで、ながーい期間棚に陳列しておけば、トータルで十分に儲かるということだ。需要曲線が長い尾を引くことからロングテールと呼ばれる。
さて、和田けんじさんは16年間東急ハンズに勤めた経験から、マーケティングの考え方について記事を書いている。
【「市場調査が個性を殺す」より引用】
企業は、市場を調査し需要を確認してから店舗を展開します。需要が存在しないところに大切な資金を投入したくありませんから、「顧客はいるのか」「利益は見込めるのか」しっかり調査します。
しかし、大抵の企業のマーケティングの結果にそれほどの違いはありません。その結果を基本に店作りをするわけですから、名前が違うだけで、同じような品揃えの、同じようなコンセプトのお店ばかりになってしまいます。
これでは、消費者にとって魅力のあるおお店にはなりません。
【引用終わり】
東急ハンズは言わずと知れた、売れ筋のみに固執せず、豊富かつ専門的に商品を展開する店で、現在のネット通販に見られるロングテールビジネスを30年も前から店頭でやっている。
和田けんじさんは15年前に、バス・トイレタリー用品の担当だった時、バス用品の売り上げの90%以上を占める大定番のプラスチック製の製品とは別に高価な上に使わない時は日陰干しにするなどしないと、すぐカビが生えたりヒビが入ったりする檜の風呂椅子・風呂桶・ひしゃく・石鹸台・湯かき棒を仕入れたそうだ。
プラスチックの風呂椅子が高くても2000円くらいなのに対し、檜のそれは1万円を超えていた。今でこそ、バスタイムを楽しもうという提案も珍しくないが、「オーガニックブーム」でも「癒やしブーム」でもなかった頃に、そうやすやすとは檜のバス用品は買ってもらえなかった。
売れ筋を後ろに下げて、この檜シリーズを棚の一番目につくところに陳列までしてもすぐには売れなかった。それでも、上司は、そんな売れない檜シリーズの展開をやめろとは言わなかったそうだ。
むしろ、品物の良さをすぐ理解し、慈しむように眺めては、「買っていただけた?」と目を輝かせて毎日のように聞いてきたとのこと。
そうこうするうち、次第に商品の良さが理解されるようになり、結果的には大変多くの客様にご購入いただくことができた。
当時の和田さんの考えは、プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないかというものだった。
今日のブログのテーマはこの話から学ぶ「組込み機器開発のマーケティングと商品コンセプト」についてである。
和田けんじさんは「市場調査が個性を殺す」と書いているが、組込み機器開発ではものを作ることから始まるので、最初から市場で売れ筋の他社製品のマネだけすることは少ない。
多くのメーカーは(商社ではないので)商品の仕入れ方で独自性を出すのではなく、機能や性能で独自性を出すことを考えている。もっとも安易な開発手法として、市場で売れ筋の商品とまったく同じ機能でコストを安く、販売価格を下げるという戦略はあるが、その方法はアジア諸国と勝負できないし、人件費が高くなってしまった日本では利益がでないのでもう誰もやらない。
そうなると、次に考えるのが売れ筋の他社製品にプラスアルファの機能を付けて、カタログスペックで機能や性能を表にしたとき一つだけ抜きんでるようにするという作戦だ。これを繰り返し行くと同じ市場に同じような商品を投入するA社、B社、C社、D社が次々に同じことをするので、機能比較の表がどんどん長くなってくる。
この安易な商品戦略の考え方(戦略と呼べるようなものではないが・・・)は、日本の組込みソフトエンジニアに長い間習慣として染みついてしまった試行錯誤・付け足しのソフトウェア開発のスタイルにベストフィットする。
商品群を何世代にも渡って、機能を付け足し続け、ユーザークレームを払拭するように改善し続ける。この取り組みは一見顧客満足を高める方向にしか進まないように見えるが、実はそうではない。
デメリットは2つ。
ユーザーサイドのデメリットは、本当に欲しい機能以外の機能がたくさんついていて使いこなせなくなるというデメリットだ。使わない機能は放っておけばよいという考え方もあるが、使わない機能のユーザーインターフェースが本当に使いたい機能の操作を迷わせることも多々あるのでそう簡単ではない。
普通に考えれば商品に機能を追加していけばコストが高くなるはずだが、ソフトウェアで機能を追加していく場合、材料費アップにはつながらず開発費だけがアップするので、開発費のアップぶんをエンジニアのオーバーワークであらかたカバーしてしまえばメーカーサイドの痛手は少ない。
となると、メーカーサイドのデメリットは、ソフトウェア資産の再利用性の低下だろう。機能を付け足し付け足ししていくということは、すなわち明確な商品コンセプトがなく、長期的な再利用戦略がないままに最初に考えたアーキテクチャを引きずりながら、だましだまし進んでいくということになるため、結果的に再利用資産を中心に派生開発を行うことができない、もしくは難しい。
ようするに、売れ筋商品を思い浮かべてプラスアルファする、そのとき流行のデバイスを使ってみる、といったそれほど頭を使わないマーケティング、商品開発を続けていると、顧客満足も高まらない、開発効率も上がらないという悪循環の道に入り込んでいく可能性が高い。商品の外見を変えると一瞬、市場やユーザーも振り向くが、本当に使い勝手がよい商品でないと支持が長続きしない。長続きしないから、また短期間に付け足し商品を開発しようとする。
このような悪循環から脱出するには、「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」というユーザーサイドに立った商品コンセプトを打ち立て、そのコンセプトを開発の最初から最後まで貫くことが必要だ。
コンセプトを明確にして商品開発を行うのが得意なのは食品や生活用品の開発者だろう。商品コンセプトの善し悪しが売り上げに明確に反映するような商品の場合、自ずと商品コンセプトの重要性は開発チームに伝わる。
ところが、組込み機器、組込みソフトウェアの開発には商品開発に多くの知識・技術が必要なため、商品コンセプトよりもどうやって機能や性能を実現すべきかという方法論の方に技術者の興味が向かいがちだ。しかし、組込み機器の開発では制約条件と機能・性能とのトレードオフが必ず発生するので、商品コンセプトが明確でないと開発チームの方向性が右に左に揺れて、大きなソフトウェアの仕様変更が何回も発生してしまう。
自分のスキルを駆使して機能や性能を実現することに生き甲斐を感じている組込みソフトウェアエンジニアにとっては、右に左に揺れる仕様変更さえ「やったるぜ」と張り切って取り組む者もいるだろう。
でも、その付け足しアプローチを続けていると、開発効率は上がらず、ソフトウェア品質は下がり、ユーザーにも「使えない」商品になってしまう。
だからこそ、組込み機器開発者は「プラスチックという品揃えに物足りなさを感じ、せっかくの一日のリラックスタイムを、もっと楽しんでいただきたい。何か、もうひとつお風呂に入る時間を豊かな時間にできるものはないか」といった視点を持つべきなのだ。
残念ながら、このことはどんなソフトウェア工学の本を読んでも書いていない。(と思う)
でも、ものづくりに生き甲斐を感じたい=組込み機器を使ってくれるユーザーの満足を高めたいという気持ちと、そのためには何をすればよいかということをよくよく考えていけば、自ずと商品コンセプトを明確に持って、ソフトウェアシステムのアーキテクチャを考え、再利用資産を何にすべきか明確にすることの重要性が分かると思う。
組込みソフトエンジニアの盲点は、技術やスキルを高めることに夢中になって、顧客満足の高い商品を作るために必要なことは何かを日々考えることを怠ってしまうことだと思う。
その危険を回避するためには、自分が作っている商品がエンドユーザーにどんな風に受け入れてもらえるだろうかということをいつも気にしていることが大事だ。そのことをいつも心に留めておくと、不思議と身につけるべき技術や迷ったときのトレードオフの選択の方向性が見えてくる。
そのドメインのエキスパートになるということは、要求を実現する技術を持つことも大事だが、自分の成果物がお客さんに喜んでもらえるはずという自信と、本当にそうだろうかかという不安と緊張の両方持ちながらものづくりに邁進することなのだと思う。
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