2007-10-27

活用力がないのは大人も同じ

今年4月に小学6年生と中学3年生およそ220万人を対象に、国語と算数・数学の2つの教科で行われた全国学力テストの結果が報告された。

算数では左図のような地図上にある長方形と平行四辺形の2つの公園のどちらが広いかを説明させる問題の正答率が最も低く、5人に1人の18%にとどまった。単純な平行4辺形の面積を求める問題の正答率が96%だったことと比べ、基礎的な知識を日常の場面で具体的に活用する力が不足している実態が浮き彫りになっている。

公式に当てはめるだけの問題なら96%の子供が解けるが、公式をどこに使うべきか考える必要のある問題にすると正解率が18%に落ちる。

公園の問題の解法は長方形は縦×横で、平行四辺形の面積は底辺×垂直方向の高さで計算し、計算した面積を比較することなのだが、いつもは図形のすぐ脇に書いてある長さがこの問題ではちょっと遠いところに書かれている。長さを平行移動して平行四辺形の底辺と垂直方向の高さがどれに当てはまるのか考えないといけない。

この問題の点数が低い(=活用力がない)原因は、子供にあらかじめ答えが決まっているペーパーテストばっかりやらせているからだと思う。

この公園の面積を比較する問題も、公式を使った応用問題のテストを山ほど実施すれば解けるようになるはずだ。人間の記憶のメカニズムを考えればそれはうなずける。でも、それはあくまでも記憶をたよりにした問題解決であり、記憶の引き出しの中にない問題を解決することはできない。

短い時間、たとえば90分とか、4時間とかいった限られた時間の中で、テストの点数を高くするには、早く正しい答えを見つけるしかない。この記憶にたよった問題解決方法だと問題を早く解けるようになるが、たくさんパターンを覚えなければならない。一方、記憶の引き出しにはパターンがそれほど蓄積されていなくても、対象となる問題について考えて考えて考える問題解決方法なら、時間はかかるがいろいろな問題に対応することができる。平行四辺形の面積を計算する公式を知らなくても、その公式さえ思いつくことも可能だろう。前者の記憶をたよりにしてパターンの中から正解を見つける方法だと、記憶の中に今回のパターンらしきものがないとすぐにあきらめてしまう。その問題に時間をかけているより、より多くの別の問題を解いた方がテストの点数が高くなるからだ。

これを10年以上訓練してきた子供が大人になってエンジニアになると、長期的なレンジに立った問題解決能力の低い技術者になってしまう可能性が高い。この近視眼的な問題解決しかできない、解決のパターンが記憶にないとすぐにあきらめてしまう技術者はカイゼンが苦手だ。今そこにはない正解のパターンを自らが作り上げるということができない。

大学生の場合、卒業論文や修士論文などが長い時間をかけた問題解決の練習になると思うが何しろそれ一回限りだとまったく訓練が足りない。あるテーマに対してレポート提出を要求する方法だって、1分でも早く終わらせるために google で検索してコピペで終わらせてしまう。

だからこそ、今大学の教育で見直されているのがPBL(Project Based Learning)なのだろう。プロジェクトが達成すべき目標に向かって、長い時間をかけて解決を見いだしていくという学習方法だ。

活用力が下がっているのは、簡単に言えば「考えること」が不足しているのだと思う。ひとつのテーマに対して、考えて考えて考えて、いろいろなアプローチで考えて、出した答えの根拠を明確にしていき、他の問題にも活用できるかどうかをまた考え体系化していく。この訓練が必要だ。

ちなみに、そのようなアプローチで考えを体系化した人は、その知識を論文に書いたり、書籍にしたりする。そのような人達はもれなく「考える人」である。

そして、先人の知恵であるソフトウェア工学を自分の現場に適用しようと考える技術者は、考えを体系化した人ほど「考える人」である必要はないが、そこそこ「考える人」になっていないといけない。

前述の記憶をたよりにしてパターンに当てはめることしかしない人は、先人が体系化した知恵が自分の現場の問題にピッタリ当てはまっていないとすぐにさじを投げる。そこそこ「考える人」は、先人がなぜそんなことを考えたのかを考えたりしながら、どうやって自分の現場に応用したらいいのか考えを巡らすのだ。

果たして、みなさんは常日頃簡単には答えのでない問題について考える習慣を持っているだろうか?自分は、このブログに記事を書くことでその訓練をしている。

NASAゲームという、考えを巡らすのにぴったりの問題があるので、それを紹介して今回の記事を終わりにしたい。

「月で遭難した時に何を持っていくか?」
あなた達は月旅行宇宙船のメンバーです。計画では"明るい方の月面上"で迎えに来る母船とランデブーすることになってました。ところが、あなた達の乗った宇宙船が機械の故障で着陸予定地点(母船とのランデブー地点)から、"200キロメートル"離れた所に不時着してしまいました。

あなた達は損害を免れた品々のなかから、必要な物を選んで、月面上を200キロメートル移動し、母船まで辿り着かなければなりません。

と、いう中で、課題は「残された携帯可能な品々である"下の15品目"に、その必要度(重要度)に応じて順位をつけなさい。」というものです。

携帯可能な15品は次の物です。[ ]の中に優先順位を書いてください。

[ ] マッチとマッチ箱
[ ] 宇宙食(月面移動中でも摂取可能)
[ ] ナイロンのロープ15m
[ ] パラシュート(地球に帰る時に開く)   
[ ] ポータブルの暖房機(月面でも使用可)
[ ] 45口径のピストル2丁
[ ] 粉乳 1ケース
[ ] 100ポンドの酸素入りボンベ2個。
[ ] 月から見た星座図。
[ ] 救命いかだ ガスボンベ付(海上へ着陸したとき使う)
[ ] 磁石のら針儀。
[ ] 5ガロンの水。(補給可能)
[ ] 発火信号(月面でも使用可)
[ ] 救急箱。(応急用のテープやビタミン剤、注射器等入り)
[ ] 太陽で作動するFMの受信機。
ちなみに、この問題は個々に考えた優先順位を複数人で付き合わせてコンセンサスを得る訓練のためのものだが、必ずしも答えが一つではない問題にたいして、いろいろなシチュエーションを考えながら自分が考えた優先順位の根拠を明確にしていくという過程は、「考える人」になる訓練にもなる。
 

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