2014-04-27

新規事業の模索

今年になって、新規事業を模索している部門の方と話をする機会が何回かあった。日本の産業構造は変化してきており、従来の業態で減少する市場に生き残りをかけるのでなく、成長分野へのシフトを考えておられるのだろう。

シフトの選択肢には医療分野も含まれており、ニュースソースにおいても日本の優れた技術があればこの分野でも成功の糸口が必ずあるはずだという論調をよく聞く。

そのたびに、 2013年6月 東京ビッグサイトで開催された第4回 医療機器 開発・製造展 MEDIXのオープニングスピーチで話された 国立循環器病研究センター 研究開発基盤センター長 妙中義之 先生の話を思い出す。

※以下、妙中先生のスピーチ概要と補足コメント(→)

平成25年6月 産業競争力会議では国民の「健康寿命」の延伸がテーマとなている。

(1) 民間の力を引き出す。
医薬品、医療機器、再生医療の市場規模を現在の12兆円から2020年に16兆円に拡大する。

【→元ネタは政府が公開している日本再興戦略(PDF)
④健康長寿産業を創り、育てる
<成果目標>
◆健康増進・予防、生活支援関連産業の市場規模を2020 年に10 兆円(現状4 兆円)に拡大する◆医薬品、医療機器、再生医療の医療関連産業の市場規模を2020 年に16 兆円(現状12 兆円)に拡大する

医療や介護、保育や年金などの社会保障関連分野は、少子高齢化の進展等により
財政負担が増大している一方、制度の設計次第で巨大な新市場として成長の原動力
になり得る分野である。今回の戦略では健康長寿産業を戦略的分野の一つに位置付け、健康寿命延伸産業や医薬品・医療機器産業などの発展に向けた政策、保育の場における民間活力の活用などを盛り込んだが、医療・介護分野をどう成長市場に変
え、質の高いサービスを提供するか、制度の持続可能性をいかに確保するかなど、
中長期的な成長を実現するための課題が残されている。
【引用終わり】

大手メーカの医療機器分野への参入が相次いでおり、例えば重粒子線の医療機器開発に日立、三菱電機が乗り出した。これらの医療機器には10万点を超える部品が使われている。

→大型の医療機器が開発されることで、部品の需要も増えるという示唆。
→ただし、自動車などとは出荷台数が一桁も二桁も少ないので部品メーカーはその点を勘違いしないようがよいと思う。
→また、1980年代に放射線治療器 Therac-25 がソフトウェアの不具合で6名の死傷者を出している。この事故がなぜ起こったのかを、重粒子線の医療機器を開発しているエンジニアは十分にリサーチしておく必要がある。(ソフトウェアの特性を考慮せず事故が起きた事例

透析機器は日本はトップレベル。治療成績もよい。サービス全体を輸出した方がよい。
日本で承認を受けたら、海外でも使えるようにしたい。

医療現場のニーズからスタートする医療機器開発も進みつつあるが、失敗している例も少なくない。

単に製品を作ればよいというものではない。事業として収益が上がらないとダメだ。課題解決型ならばよいと思うかもしれないが、それだけではうまくいかない。

例えば、次のような失敗事例がある。
  • 医師のニーズにそのまま応える。(特定の先生の要望)
  • 市場の見極めができていない。(企業の事業計画が必要)
  • 画期的な医療機器だという自負だけがある。
  • 魅力的なら売れるはず。(販路が確保できていない。パートナーの選定ができていない)
  • 薬事のハードルが高く、超えられない。
成功するためには、サポートするための支援組織が重要。(コンサルティング)

試作をどんどん作ってしまい、その後に薬事申請ができなくて頓挫する。事業戦略がないのに試作品だけ先に作ってもうまくいかない。事業戦略を先にやらないとダメだ。

USではミネソタでそれがうまく機能している。ミネソタには、医療機器を開発し、販売するために必要な支援会社が集まっている。医療機器のベンチャー企業はミネソタに行けば、一通りの支援を受けられる体制がある。

医療機器は今後は、リハビリやフィットネスで使われるようになる。これはヘルスケア機器である。
肥満抑制 採血しないで血糖値が分かる機器。スマートフォン、タブレット端末でできるのではないか。

USはモバイルアプリの規制や産業育成にいち早く対応した。日本でも同じような流れはある。

------ 妙中先生のスピーチ概要 終わり ------

スピーチの中の失敗事例は多くの教訓を示唆している。薬事法が改正され、医薬品医療機器等法になったことで、今後薬事申請のガイドラインはさまざま出てくるだろうから、薬事の「訳の分からないハードル」は徐々に解消されていくと思う。(訳は分かったが、対応することは難しいという状況は残るかもしれない)

問題は法規制の話ではなく、売れるものを作れるのかということだ。どんな業種でも基本はニーズから出発していなければ事業は成功しない。

ところが、従来の業態で減少する市場とは異なる分野に進出したいと考える企業は、今持っている自分達の技術が「医療機器開発に使えるはずだ」と来る。「この部品は使えるはず」とか「このアプリを応用すれば役に立つはず」とか。しかし、これはニーズからの出発ではなく、シーズの押しつけだ。

シーズから始めて事業が成り立つ可能性は低い。また、汎用プラットフォームが発達した現在、汎用プラットフォームに自社開発したソフトウェアを搭載しただけで医療機器することが日本でもできるようになる。そのため、今流行っていたり、こらから流行りそうだと噂されているアプリやサービスをソフトウェアで実現すればよいと安直に考える人がいる。

医療ドメインに初めて足を踏み入れるソフトウェアの開発会社でも、市場規模が拡大するこの世界で一攫千金をつかめそうな感じがするが、そう簡単な話ではない。

医療機器としての商品の価値を高めるためには、診断・治療・予防のいずれかを意図した目的とする必要がある。逆に言えば、診断・治療・予防を標榜する場合は、法規制の対象となる。たまに薬事法違反で捕まったと流れるニュースの多くは、法規制に対応せず診断・治療・予防を標榜して商売したというケースが多い。例えば、薬事法の申請をせず「癌が治る薬」と宣伝して商売したような場合だ。

また、「部屋の中のウイルスを死滅させることにより、インフルエンザにかからない空気清浄機を開発しました。」などと予防効果を宣伝した場合も、薬事法違反だ。シャープのプラズマクラスターの説明をよく見て欲しい。風邪やインフルエンザの予防効果があるとは一言も書いていない。書いたら、薬事法違反になるからだ。

ようするに、診断・治療・予防の効果を標榜して価値を高めたいのなら、臨床的に効果があることを証明する必要がある。

STAP細胞の件で、我々は十分に学習したが、科学における実証・立証というものは、地道な研究に積み重ねによって成り立つ。臨床研究には時間も金も、医療機関との連携も必要で、規制当局による有効性の審査は非常に厳しい。

一方で、診断・治療・予防を標榜しない、健康増進やヘルスユースを目的とした機器、ソフトウェア開発に進出することはできる。ただし、この場合、医療機器が持つ価値までには届かない。

例えば、医薬品としての認定を受けるのはとても難しいが、特定保健用食品としての許可を得るのは医薬品ほど難しくはないのと同じだ。特定保健用食品は医薬品ほどの劇的な効果はないが、一般食品よりも健康増進に役立つことを標榜することができる。

健康増進やヘルスユースを目的とした機器、ソフトウェアにも特定保健用食品のような表示があるとよいのだろう。

さて、シーズから出発して作ったしまった試作品はニュースでは取り上げられることはあっても、事業として成功する確率は低い。医療機器ドメインで勝負をしようと考えるのなら、それが、ソフトウェアアプリだったとしても、長い目で見れば何らかの臨床研究は必ず必要になってくる。

成長が期待される市場への参入を検討することはよいのだが、医療機器ドメインは思いつきで成功をつかめるところではない。何を解決したいのか、効果の対して自信があるか、リスク分析・リスク対策ができているか、販路も含めた事業計画があるかといったことを詰めていく必要がある。

医療機器、ヘルスユースソフトウェアは息が長く堅い商売ではあるが、その裏側には地道な臨床研究が要る。一攫千金を掴みたいと考える者にはまったく向かないドメインなのだ。新規参入を考えている方々には、そのことをよく考えてもらい、どんなニーズを満たすソリューションのネタを持っているのか、医療や健康増進にどんな効果があるのか、また、その裏側にどんなユーザーリスクが想定されるのか、今一度考えて欲しいと思う。