日本の組込み機器メーカーは長期レンジの商品戦略を立てずに商品開発を始めてしまうことが多い。今売っている自社商品や競合他社の商品に何か一つ機能を追加したものを作ろうとしてしまう。
日本の同じ市場で競合するA社、B社、C社がこれを繰り返すので、時間がたつにつれてどんどん機能が盛り込まれた商品が市場にあふれるようになる。
機能は増えているのになぜ商品価格はそれほど上がらないのか? それは、追加する機能はソフトウェアで実現しており、最近のCPUはこのような機能追加を受け入れられるくらい性能が上がっているし、追加のプログラムを搭載してもまだ余裕があるほどメモリは安くなっているから、部品代のアップにはつながらないのだ。
でも、ソフトウェアの開発費のぶんが価格に上乗せされるのでは?
それは、商品の出荷数のNが非常に大きければ、あまり問題にはならない。また、ソフトウェアの場合バグさえなければ、複製したことによる品質の劣化やばらつきはないので、(リリース後の不具合さえなければ)大量生産に対するリスクはない。
ソフトウェアによる機能の追加競争を続けるとどうなるか?
結果的にはユーザーがほとんど使わない機能満載の特長がなんだかよく分からない商品が市場にあふれる。同じ市場でA社もB社もC社も同じような商品開発を行っていればユーザーはそんな使いにくい商品の中から少しでもましなものを選ぶしかない。
でも、誰かがそんな付け足し商品戦略から抜け出して贅肉をそぎ落とし強い主張を持った商品を市場に投入したら、その他大勢を尻目に一人勝ちするかもしれない。
日本の組込み機器メーカーが商品戦略に長けていない理由は、組織内のマーケティング部門は技術を知らず、技術部門は戦略的マーケティングができないからだ。マーケティング部門と技術部門が足らない点を補うように協力できればこの穴を埋めることができるが、多くの組織ではマーケティング部門と技術部門は「顧客はこうなることを望んでいるのだからなんとか実現しろ!」「今の技術で実現可能なのはここまでだ!」といった顧客満足向上のための真剣勝負の議論をしないため、結果的に双方とも適当なところで妥協して機能の付け足し商品ができてしまう。
少し前に流行ったMOT(Management Of Technology :技術経営、例えばこんなスクールがある)を技術部門が勉強すれば、少しはマーケティングの感覚が磨かれるのだろうと思うが、今の日本の企業では技術部門の上位層は自分たちの業務ドメインに関係する技術や人の管理だけできればよいと考えており、技術経営や商品戦略を学ぶ必要性があるなどという想像もできないのだろう。
これまで、日本の組込み機器開発では求められる機能と制約条件(メモリやリアルタイム性等)とのすり合わせを行い、顧客満足を最大にするようなバランスポイントに着地する商品開発を行ってきた。
ところが、今では最適なすり合わせ、トレードオフはどこかに吹き飛んでしまい、入れられるだけ機能を突っ込み、その結果リアルタイム性の低い商品しか作れなくなってしまった。
リアルタイム性が低いというのはハードリアルタイムが求められる部分がクリアできていないというのではなく、ソフトリアルタイム、例えば電源の立ち上げや操作に対するレスポンスが悪くなるということだ。
Tech-on! に「起動時間にもこだわりを!」という記事があった。日本ビクターが2008年2月下旬に発売した液晶テレビ「LT-32LC305」のカタログの「特長」欄の最後の方に「起動時間を10秒から3秒に短縮しました」と書いてあったという。
このブログでも何度も書いているように、最近の情報家電のパワーオン時の長時間化にはうんざりしている。Tech-on!の記事の中ではこの長時間化の原因に一つは「LinuxをOSに採用する機器が増えている」ためだとある。予想通りだ。
要するに商品戦略として機能を追加することでしか競争できない、いや、機能を追加することしか思いつかない組込み機器メーカーが、これまでのように機能・性能・制約条件をすり合わせて最適化することを放棄して、機能追加にお手軽で使用料無料というLinuxという甘い果実に手を出してしまったのだ。
その結果、犠牲になったのは機動時間を含めたレスポンスだ。今、HDDに録画した2時間のテレビ番組をDVDにダビングしているのだが、このダビングになんと2時間かかる。2時間の番組をダビングするのに2時間かかるとは・・・
日本ビクターの液晶テレビの機動時間が3秒というのは「ハイバネーション」技術に,独自の工夫を加えて実現しているらしい。自分は、日本ビクターはこのアドバンテージをカタログの隅でつつましくお知らせするのではなく、もっと大々的に宣伝すればよいのにと思う。この思いが「パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業」という今回の記事のタイトルにつながっている。
日本の組込み機器メーカーは機器の性能を評価することに慣れていない。特にソフトウェアの性能を評価することに慣れていない。機能があるかないかというON/OFFの判断できるが、パフォーマンスがどれくらいあればよくて、どれくらいではダメなのかについて指標を作るのが下手だ。(個人的にはこのアナログな指標の根拠を会議の中で自信を持って主張できる人材が少ないのだと思う)
ユーザーインタフェースのレスポンスがどれくらいあればよいのかは、基本的にはその商品を使うユーザーが決めるべき事項だ。
10年前の組込みソフト技術者は自分たちのソフトウェアを組込み機器に実装しては、ユーザーインターフェースの善し悪しを、技術者自身がユーザーになったつもりで試作品にさわり確かめながらものづくりを進めていた。
この開発スタイルは分析・設計をしてから実装するのではなく試行錯誤でものつくりをしてしまっているので、ソフトウェアシステムの品質確保という点ではデメリットがあるが、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むという点ではメリットがあった。
ところが近年、組込みソフトの開発規模が増大、複雑化し、プロジェクトメンバーの数も増えてくると、機能・性能・制約条件の最適化を図る、すり合わせる、ユーザーから見た商品の妥当性を確認しながら前に進むことができなくなってきた。
最後の最後にできあがってから、パフォーマンスが悪い、性能が出ていない、制約条件がクリアできない、ユーザーから見て使いにくいことが分かる。でも、そこまで開発が進んでしまってはもう後には戻れない。機動時間が遅いからといって Linux を ITRON に変えることなどできない。
だから、商品開発の要求分析の工程でユーザーニーズを抽出するときに、機能だけでなく、製品に要求されるパフォーマンスもキチンと定義すべきなのだ。
実際には製品に求められる性能要件だけでなく、企業としてのビジネス目標や、競合他社の状況、その組織の得意とする技術などを総合的に分析してこの商品で何を実現するべきかを決定し、その要求を満たすアーキテクチャを設計し、ソフトウェアを実装する。
これらの要求は背反するものもある。ユーザーはほとんど使わないけれど、他社がその機能をカタログでうたっているのでビジネス要求としては入れたいといったものだ。このような市場要求のトレードオフの議論は商品を作ってからするのではなく、商品を企画する段階、要求定義の段階で決着を付けておくべきものだ。
このような商品に求められる市場要求を品質機能展開(QFD)を使って分析し、過去に作ったソフトウェアシステムを分析しながら、市場要求分析と合わせてアーキテクチャを改善する方法を 組込みプレス vol.8 の特集1 『効率化と品質向上2つのアプローチ』に書いた。
何はともあれ、大きなプロジェクトになってしまった今の組込みプロジェクトのプロジェクトリーダーやアーキテクトは、商品に「このソフトウェア」を実装したらユーザーはどんな風に使うだろうかと考える想像力が欠如しているように見える。
これまで日本の組込み機器メーカーは実際にソフトウェアをインプリメントしては動かしてみるという繰り返しをしていたので、ソフトウェアが提供するユーザーインタフェース(特に性能面)を想像する必要がなかったが、ソフトウェアシステムが大規模化した今では簡単に動かしてみることが難しい。(この問題を解決するためにイテレーションの開発プロセスを採用し、イテレーション毎に評価して次のプロセスに進む方法はある。)
商品がユーザーニーズを満たしているかどうかを確かめる行為を Validation (妥当性の確認)と呼ぶ。Validation は、ソフトウェアが設計どおり仕様通りに作られているかどうかを確認する Verification (検証)と同様に、ソフトウェア開発プロセスの中で非常に重要な Activity(活動)である。
Validation と Verification は製品開発の中で V&V と呼ばれ、品質保証部門から「V&Vの計画は立てたか」「V&V のドキュメント(証拠)を見せて」などと言われる。
Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は似ているが同じではない。前述の機動時間の遅い情報家電の話は、設計通りに作られているので Verification (検証)はすべてパスしていると言えるが、できあがった商品が、ユーザーニーズ(ここでは素早い起動)を満たしていないのなら
Validation (妥当性の確認)ではNGの項目があると言える。
その組み込み機器にアクセスするのが他の機器ではなく、人間である場合、Validation (妥当性の確認)とVerification (検証)は一致しないことが多い。ソフトウェア設計者がよかれと思った設計した機能や性能が、作ってみたらエンドユーザーの要望とは違っていたということは、相手が何をするかわからな人間だけに絶対ないとは言えない。だから、市場要求の分析やユーザビリティの研究が大事なのだ。
今のソフトウェアが役割が大きい製品の組込み機器メーカーは、マーケティングと商品企画力が弱く、ユーザーニーズを満たしているかどうかの Validation (妥当性の確認)ができていない。要するにユーザーニーズの本質を分析しきれていない。
大規模・複雑化する組込みソフトウェア開発においては、商品に求められる必須のパフォーマンス(Essential Performance)の分析・定義とユーザーニーズを満たすことができているかどうかの Validation(妥当性確認)がキチンとできているかどうかが今後重要なポイントとなる。
P.S.
記事を後から読み直してふと思ったのは白物家電は機能がありすぎて使い切れない、使いにくいと感じたことがほとんどないということだ。おそらく、白物家電の場合、用途が明確であり、ユーザーが機械にそれほどくわしくない主婦層だということもあり、使いやすさを追求し、必要な機能をユーザーがオペレーションしなくても自動で判断して実行してしまうように組込み機器を作り込んでいるからだと思う。
機能満載で使いにくいのは情報家電の部類だ。情報家電でも iPOD はユーザーインタフェースをよく研究していて使いやすいと感じるので情報家電は使いにくいものしか作れない訳ではないんだと感じる。
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