2009-01-10

リーダーの発言と行動

このブログで政治の話をするつもりはさらさらないのだが、定額給付金の問題での閣僚の発言の迷走ぶりが日本の企業内のリーダー達の発言や行動と似ているところがあると感じたのでここで分析してみたい。

定額給付金を国民に配布するという話しは、当初は低所得者への支援という性格から、配布のタイミングを逸したことで、今では消費刺激という性格に変わっている。

これに対して、各閣僚が定額給付金を受け取るのか受け取らないのかを答えているが、甘利行政改革大臣の答えを聞いて、「この人はクリティカルシンキングができている」と思った。

 「家計支援という趣旨で言えば、私は申請しない。消費刺激の責務があるから、家族には私のポケットマネーから定額給付し、地元の商店街で使うよう要請したい」(甘利 明 行革相)
低所得者への支援という目的に対しては、(自分は高額取得者であるから)定額給付金を受け取らないと答えたのは論理が通っている。

また、消費刺激の目的に対しては、(自分は高額取得者であるから)定額給付金は受け取らずにポケットマネーを使って消費する答えたのも論理が通っている。

この問題は以下の三つに対して矛盾なく、発言と行動ができるかどうかがポイントであり、自分は閣僚11人のうち甘利行政改革大臣だけが矛盾なく答えることができたように感じた。

定額給付金の目的と発言者の立場
  1. 定額給付金は低所得者への支援である
  2. 定額給付金は消費刺激のためである
  3. 自分は1800万円以上の収入がある高額取得者である
そう考えて、何人かの閣僚の発言を眺めてみる。


「個人の判断であって、まだ予算も通ってない段階から、もらったらどうだとかこうだとかいう“たられば”の話というのでは、お答えのしようがない」(麻生首相)

「“ニコニコ給付金”で皆が喜んで受け取ってもらいたい。私はニコニコして受け取る」(鳩山邦夫 総務相)

「省エネ製品を買ったり、エコポイント制度を利用して電球型の蛍光灯を買ったり、私のお金をプラスして地元で消費したい」(斉藤鉄夫 環境相)

「飛騨牛を食べるとか、じっくりそれは考えたい」(野田聖子 消費者行政相)

「個人の内面性に土足で踏み込んで、もらうのかもらわないのか迫るのは、個人の内面性の自由とぶつかるのではないか」(与謝野馨 経財相)

「(給付金の受け取りを)辞退するなんて、格好つけるような事を言う人があるが、そうじゃない。ここで少しでも景気の傾向に歯止めをかけ、頑張っていこうではないか」(自民党 細田博之 幹事長)
麻生首相と与謝野経財相以外は、2の定額給付金は消費刺激のためである という一点だけに着目して発言している。麻生首相と与謝野経財相に至っては、定額給付金の目的を推し量れるようなコメントがどこにも入っていない。

マスコミが「定額給付金を受け取るのか受け取らないのか」などという一見どうでもいいようなことを聞いているのは、これを聞けば定額給付金を低所得者への支援なのか消費刺激のためなのか、閣僚達がどちらだと考えているのか、もしくは別の考えを持っているのかが分かる、おそらく一致していないだろうと考えたからだと想像する。

そして、その問いに対して矛盾なく回答できたのは、甘利行政改革大臣だけのように感じる。

そもそも、このようなクリティカルな思考(自分の考えを批評しながら、より深く論理的に物事を考えること)をするためには、発言や行動の前に「目的」が明確でなければいけない。

「目的」を考えるについては直近の要求ではなく、遠くにあるゴールを見据えながら、今行うべき発言や行動について考える。

日本人はこれに慣れていないし、そのための教育や訓練を受けてきていない。(アメリカ人と日本人の記事を参照のこと)

だから、直近に起こったこと、ステークホルダからの要請、自分の過去の体験に基づく判断で発言や行動をしてしまう。リーダーがこれをしてはいけない理由は、一度した発言や行動が後で撤回されることが続くと、大きな無駄が発生し、部下の信頼がなくなり、プロジェクトのモチベーションが下がるからだ。

だからリーダーが発言や行動をする前には、トヨタ式ならその発言や行動に対して3回から5回、「なぜ、それを指示するのか」を繰り返してみるとよい。なぜを繰り返すことで、発言や行動の本質、目的が明確になり、遠くにあるゴールが何かはっきりしてくる。

それ以外にも、マーケティングの世界では「ファイブフォース分析」とか「SWOT分析」とか「バランスコアカード」とかの分析手法があるが、日本の組織内のリーダー達の多くはそういった理論(先人の知恵を体系化したもの)を使ったり、それらを知っている部下に分析を指示したりせずに、直近に起こったこと、ステークホルダからの要請、自分の過去の体験に基づく判断で発言や行動をしてしまう。

クリティカルシンキングを使わなかったとしても、日本のお家芸的にはカイゼンのアプローチで事態をを打開することができる。

P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Actoin)のサイクルを回すというのが、カイゼンのプロセスの代表例だが、実際にはそれが身についている人は非常に少ない。

計画を立てて実行したとき、その行動が成功したのか失敗したのかを判断するためには何かしらの評価指標が必要だ。ところが、行動をする前にあらかじめ評価指標を考えている人は以外にも少ない。P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Actoin)が大事だと教壇に立って教えている人でさえ、講義が受講生に対して効果を及ぼしたのかどうかをチェックしていないこともある。

定額給付金について、「定額給付金は低所得者への支援である」と「定額給付金は消費刺激のためである」の2点について、評価指標を考えてみよう。

「低所得者への支援」が成功したかどうかの評価指標の例としては、今となっては失業率を目標にするのがリーズナブルなように思う。失業率の悪化をゼロにすることはできないから、例えば他国の状況を見て目標失業率を設定し、それをクリアできたかどうかを一定期間後に計測する。

12,000円の定額給付金が失業してしまった人が定職に就くためにどの程度有効かと考えると焼け石に水のような感じがするので、見直した方がよいという判断に傾く。

次に、「消費刺激」に関しては、GDPを0.2%引き上げる効果があるという試算があるようだから、これが計れるのなら半年後など期間を決めて計測すればよい。簡単に計れないのなら企業の倒産件数などを指標にしてもよいと思う。

評価指標を考えると成功したときの自分と失敗したときの自分が見えてきて、本当にこれをやっていいのだろうかと考えるようになる。施策を実行する前に評価指標を考えることで、そもそもその施策自体が目的に合っているのかどうかの見直しができる。これはソフトウェア開発における早期テスト設計、テストファーストと同じだ。

プログラムを作る前に単体テストのテストケースを作っておくと、プログラムの仕様自体が浮き彫りになり、このテストケースを通すためにこの関数を作らなければいけないという視点が生まれる。

日本の企業内で評価指標の設定ができていない(=クリティカルシンキングができていない)例は例えば次のようなことだ。

ある製品の売り上げが落ちた。その原因を問われたリーダーが販売サイドから「他社にはある○○の機能がこの製品にはついていないからだ」という意見が上がっていたことを思い出し、プロジェクトに対して「○○の機能を早速付け足すべし」という指示を出すといったケース。

ここで考えるべき評価指標は、○○の機能を付けたことでどれだけの売り上げアップに貢献するのかという点と、エンドユーザーの満足度はどれくらい向上するのかという視点である。そして、それらを判断するための数値的な指標を考える必要がある。でも、多くの組織ではそんな観点なく、場当たり的な指示が飛ぶことが多く、リーダーの信頼が失われてしまう。

リーダーは行動を起こす前にプロジェクトメンバーに評価指標を提示すれば、評価指標を計測したときに行動が成功だったのか失敗だったのかが判断できる。失敗が明らかになってしまうことに対する恐れを抱くリーダーもいるかと思うが、これまで述べてきたように評価指標を考える段階でクリティカルシンキングが働くため失敗する確率は低くなる。

また、評価指標をあらかじめ掲げて失敗したとしても、カイゼンのプロセスを回す意志はプロジェクトメンバーに伝わるため、次回連続して失敗する確率が減ることが想像され、リーダーへの信頼は逆に高まる可能性もある。発言や行動の評価指標を設定しておけば成功しても失敗しても得るものがある。それができないリーダーは失敗したときに周りからの非難されるが怖いからか、クリティカルシンキングを一度もやったことがないからだ。

ただ、発言や行動をする前に評価指標を考えておくというのは、言うのは簡単だけれども実際にやってみるには、小さいPDCAを回す経験を積み重ねていないとなかなかうまくできない。

例えばお昼ご飯を何にしようかといった非常に小さいことでも、今日の気分と予算を設定して、昼食後に満足度と予算がクリアできたかどうかをチェックして翌日の昼食選びに活かすといったPDCAを回す経験を繰り返しておかないと、もっと大事な行動をしなければいけないときにサッとクリティカルシンキングはできない。

クリティカルシンキングをしながら発言や行動をしないと「いい仕事をしたね」と言われるような実績につながらない。いい仕事を積み重ねることができるとリーダーとしての信頼を得ることができる。いい仕事を積み重ねるためには、今やっていること、やろうとしていることの本質的な目的を常に考えていなければならない。

クリティカルシンキングについては『通勤大学MBA〈3〉クリティカルシンキング (通勤大学文庫)』で819円で学べるので参考にしていただきたい。
 

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