2006-04-16

マーケティングの重要性

必ず読むブログに “R30::マーケティング社会時評” がある。なぜならR30氏の書く記事を読むと世の中の特にIT系のマーケティングの潮流を理解し先取りすることができるからだ。

自分の処女作である『組込みソフトエンジニアを極める』は組込みソフトの技術解説書でありながら、本の全体に渡って「組込みソフトでクリエイティブな仕事をしたいのならマーケティングは大事だよ」と主張している。

第3章の“再利用の壁を越える”では、ユビキタスが定着した未来のスーパーに登場するナビゲーションカートが電子レジスターを不要にする存在になりうるという話しを書いた。

【組込みソフトエンジニアを極める -第3章 マーケティングの重要性- より引用】

顧客駆動型の考え方が必要だという具体例を示しましょう。図3.4をご覧ください。無線ICタグと呼ばれる、微小なICチップの実用化が近いことをご存じの方も多いでしょう。無線ICタグは識別する物体についての情報が格納されており、無線ICタグリーダーから発信される電磁波をエネルギー源として情報を出力します(そうでないタイプもあります)。無線ICタグのコストが5円程度に抑えられれば、スーパーマーケットで食材のパッケージなどに利用され普及が促進すると言われています。図3.4は無線ICタグが普及した際のスーパーマーケットの「ナビゲーションカート」の利用例です。

スーパーマーケットの買い物客が、本日の特売品のキャベツをナビゲーションカートに入れました。ナビゲーションカートには無線ICタグのリーダーがついており、カートにキャベツが入れられたことを認識します。すると無線ICタグに記録されているIDから情報を検索し、価格や産地などの情報をディスプレイに表示します。

買い物客は今日の夕食の献立のヒントを得るためにナビゲーションカートのディスプレイ上の献立ナビを押します。そして、携帯電話で自宅に電話し、ホームゲートウェイ経由で家電ネットワーク対応の冷蔵庫にどんな食材が入っているかを問い合わせます。受信した食材情報はブルートゥース無線通信で携帯電話からナビゲーションカートに送信されます。そして、ナビゲーションカートは購入したキャベツと自宅冷蔵庫にある食材で作ることのできる料理をデータベースから検索し、おすすめ献立としてディスプレイに表示します。

ナビゲーションカートのディスプレイにはおすすめ献立の食材を全部そろえると合計でいくらになるかも表示されます。さらに、詳しいレシピや、追加食材の売り場の場所もナビゲーションカートを使って知ることができます。

ナビゲーションカートはかごに入れた食材の合計金額を瞬時に計算できてしまうので、わざわざ食品の金額をレジで打ち直す必要がありません。ナビゲーションカートと電子レジスターが無線で通信すれば、レジでは合計金額の支払いだけをすればよいことになります。セルフチェックアウトシステムによってユーザー自身が決済することも可能になるかもしれません。操作がわからないときの案内係がレジ数台に1人ついていればよいのでスーパーマーケット側にとっては人件費の削減につながります。

フィルムカメラがデジタルカメラに切り替わりつつあるように、ときに技術革新はメーカーがそれまで作っていたものの価値を大きくシフトしてしまうことがあります。それまでスタンドアロンの電子レジスターを作っていたメーカーが、ナビゲーションカートのようなシステムは自分達の領域とは無縁のものと考えるとそれまで持っていた市場を失ってしまうかもしれません。

電子レジスターを購入するユーザー(スーパーマーケット)は、スーパーマーケットにやってくる買い物客に役に立つサービスを提供したいと考えており、レジ打ちのパートさんの人件費も削減したいと考えています。ナビゲーションカートのような存在は、既存の電子レジスターを脅かす可能性があるのです。

メーカーが既存製品を通してしか市場や顧客を見ていないと、技術革新が起きたときに市場の変化について行けず自分たちだけ取り残されてしまう危険性があります。図3.3の右の図のように、顧客が組織を駆動しマーケティングが各機能を統合するようになっている必要があるのです。新たな技術革新によって顧客や市場がシフトした場合は、それに合わせて製造、人事、財務もシフトすべきです。新しいデバイスを使いこなす技術がないという理由で、市場と製品との距離が離れると負のスパイラルに陥ってしまいます。

スーパーに訪れる買い物客の真の目的をよく考えてみると、それは必ずしも“食材を買い求めること”ではないことがわかります。スーパーに訪れる買い物客は購入した食材を使って、自分や家族のためにおいしく栄養バランスのよい食事を作りたいと考えています。また、できるだけ安価に短時間で食事を用意したいと考えています。そう考えると、スーパーに訪れる買い物客の目的はおいしく栄養バランスのよい食事を安価に短時間で作ることであり、“食材を買い求めること”はその目的を達成するための工程のひとつでしかないことがわかります。

電子レジスターは“おいしい食事をできるだけ安価に提供したい”という要求を満たす過程で必要となる組込み機器となるわけですが、その買い物客の目的が達成できるのであれば、目的を達成するための工程は変化してもスーパーに訪れる買い物客に不利益を与えることはありません。無線ICタグの普及とナビゲーションカートと携帯電話による電子決済は、“おいしく栄養バランスのよい食事を安価に短時間で作る”という目的により近づくことができるため、その結果電子レジスターは不要になる可能性もあるということです。

市場が変化することで新しい技術に対応する必要が出てくると、エンジニアは新しい技術を習得しなければいけない場合があり、再利用資産の寿命にも影響を与えます。したがって、マーケティングや技術予測は組込みソフトエンジニアにとっても重要です。

【引用終わり】

ここで引用したように市場の変化や新しい技術の出現にアンテナを張っておかないと、今自分たちがせっせとお金と時間をかけて作っている資産の寿命が短いことに気がつかないという危険がある。

そんなことが、R30氏の書評:「グーグル 既存のビジネスを破壊する」 にも書いてあった。内容はオリジナルを読んでもらうとして、この記事の中で googleをテーマにした2つの本のスタイルが比較されており、片方はまず最初に抽象的な結論が提示され、その論拠として二項対立的なフレームが並び、事実がそれらに沿って整理されていく、経営コンサルタントが使う典型的なプレゼンテーションの手法だと書かれている。

R30氏はこのタイプのプレゼンは、抽象的な結論が非常にすっきり頭に入ってくる一方で、疑り深い人は「本当にそうなのか?これらの事実は、自分の説に都合の良いように選り分けたのではないか?」という疑念もよぎらせるデメリットがあると言っている。

まさに、その通りだと思った。昔々HPの営業マンがツールの説明をするとき、まず最初に結論となる「このツールはあなた達にどんなメリットがあり、どんな問題を解決できるのか」を最初に語っていたことを思い出す。自分は過去何回か講演会でプレゼンテーションをしたことがあるが、これを参考に最初に結論のスライドを持ってきたりしている。

でも、確かに結論となるテーゼ→その根拠をいう流れがぴたっとはまりすぎると確かにうさんくさいと感じることがある。

だから、いつも気をつけているのはひとつの提案、施策に対してできるだけメリットとデメリットの両面を書いて、自分のドメインに適応させるときのヒントとなるようにしていることだ。

『組込みソフトエンジニアを極める』では、R30氏が比較したもう一方の本のスタイルである、事実を提示し→なぜ?という問いかけをし→その意味を考える という書き方をするように気をつけたつもりである。その方が信頼感があるからだ。

だけれども、それだけだと一貫したコンセプトを貫くことが難しく、おもしろみのない単なる技術解説本になってしまうので、仮想の電子レジスターメーカーとそので働く組込みソフトエンジニアやマネージャを登場させ、ストーリー性も絡めてコンセプトとなるテーゼを主張した。

自分なりにR30氏が比較ひた二つの本のスタイルのいい面を合わせたつもりである。でも、無意識にやっていたので、今回自分自身で「なるほど、そういうことだったのか」と納得させられたのである。

優秀な分析者の価値は高い。

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