ラベル モチベーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル モチベーション の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013-01-05

使う側の視点と作る側の視点

新年、明けましておめでとうございます。

2013年の最初の記事に何を書こうかなあと考えている。

組織にいるときは「自分が組織を通じて社会に何を貢献できるのか」を、プライベートな立場では「個人としての自分が社会に何を貢献できるのか」についていつも考えるようにしている。

その中で、新人技術者の教育を始めるに際して、いつも話している事柄があるので、読者の皆さんにも役立つかもしれないと考え、これを紹介しようと思う。

技術者には使う側と作る側の両方の視点が必要

今の時代、社会人になる前にもの作りに触れる機会はかなり減ってしまったと思う。社会が成熟するにつれて、生活の中で不便と感じることを解決するデバイスが次々と供給され、不便がどんどん駆逐されている。

企業が次々と不便を便利に変える商品を投入していったことで、エンジニア予備軍となる若い人たちが、自分のアイディアで不便を便利に変えるくふうの機会が減ってしまった。

だから、多くの若い人たちは使う側の視点しか持たないようになり、かつ、もの=デバイスを使うことは楽しい=FUN という感覚が支配するようになった。

この流れは「当たり前にできていること」に対する関心を薄れさせ、「当たり前にできていること」の裏側にある仕組み、工夫に対する感動やそれを作った人への畏敬の念を忘れさせてしまう。

すべてのエンジニアがみんながそうなってしまったら、日本も終わりだなと思う一方で、そういう環境が若いエンジニアを変質させていることを認識して、じゃあどうすればいいのかを考えるのが我々の仕事だと思う。

だから自分は、冒頭の図を新人技術者たちに示して、これまでは使う側の視点しか持っていなかったかもしれないが、これからは作る側の視点を持ち、それまで自分たちが知らなかった「当たり前にできていることの仕組み」に感動できるようになりなさい、と諭している。

今やTOYOTA だって「FUN TO DRIVE, AGAIN.」なのだ。車は移動の手段ではなく、運転を楽しもうと言っている。

このスローガンは日本がいい意味でも悪い意味でも成熟してしまっていることをよく表していると思う。

こういう世の中で、もの作りをする技術者に不足しがちなのは「要求を実現するために必要な技術に対する飢え」だと感じる。何か足らないこと、不便に感じていることを自分が実現してやるというモチベーションが下がっている。

ある意味それは当然である。ユーザーが解決して欲しい問題はほとんど先人が商品化してしまっているからだ。先人が強いモチベーションで作った商品にちょっとした機能を付け加えたり、改変したりする仕事しかなかったら「よし、やったるぜ」という気持ちにはなれないだろう。

だからこそ、先人の技術者たちは商品を通じて社会やユーザーに何を貢献しようとしたのか、何が貢献できているのか、どんな工夫が貢献に結びついているのかを、新人技術者たちに説明する義務がある。

新人技術者は残念ながら商品を自分の手でゼロから作り上げる機会はほとんどないかもしれないが、商品開発の歴史や課程を知ることによって、貢献の疑似体験をするとよい。

自分が作った製品ではなくても、お客さんから「役に立っている」とか「これが便利だ」と言われれば自分のことのようにうれしいだろう。そして、「ここが良くない」とか「こうなると良い」といった意見を聞いたときに、作る側の視点で製品の中身(アーキテクチャ)が分かっていれば、「こうすれば解決できる」という感覚が思い浮かぶはずだ。

新人技術者の人たちには、いざというときに問題解決の方法が思い浮かぶようになって欲しいと思うし、そうなるためにはどんな技術を身につけなければいけないかを常に考えるようにして欲しい。

エンジニアが社会に貢献できるようになるためには、使う側の視点と作る側の視点を持ち、当たり前にできていることの裏側を理解し、それを自在に操れるような技術を習得することが必要なのだ。

P.S.

ここまでの記事を読み返して、新人向けにはよくても指導者向けにはちょっと掘り下げが浅いと感じたので追伸を書こうと思う。

百万行を超えるソフトウェアシステムが珍しくない昨今、新人の技術者に対して、ただ単にソフトウェアシステムのアーキテクチャを理解できるようになれというのは、あまりにも不親切なアドバイスだと思った。

現代のソフトウェアエンジニアはもしかしたら、好むと好まざるとに関わらず、システム全体の構成を設計するごくわずかなアーキテクトになる者と、システムの一部の開発を担当するか、変更要求に応じた設計をする者や、テストを専門に行うテスターなどに分業せざるを得ないのかもしれない。

皆がアーキテクトになれればハッピーかもしれないが実際には組織の中で実力でその地位を奪い取る競争をしなければならないだろう。

今の世の中それはしようがないとして、こんな時代にソフトウェアエンジニアはどこにモチベーションの源泉を求めればよいのだろうか。

それは、ソフトウェアシステム全体の中で自分がやっている仕事がどんなユーザー要求に貢献しているのかを理解し、システムの一部であっても自分が顧客要求を満たす価値を生み出していることに満足を感じることが大事なのだと考える。その貢献度が自分の成長とともに大きくなっていけば高いモチベーションを維持することができる。

そう考えると最初に必要なのはシステムの要求仕様を完全に理解することである。新人技術者は自分が担当する製品やシステムの要求仕様書を理解し、分からない言葉がない状態に早くなることをまず目指す。

そのためには要求仕様書の完成度が高くないといけないし、要求仕様に設計仕様やアーキテクチャの記述が含まれているとよくない。優れた要求仕様書はユーザーが理解できる言葉で記述されている。そして、どうすれば要求が実現できたのかを判定する判定基準が明確になっている。先人は、優れた要求仕様書を後の世代のために残すことが求められている。

そして、要求仕様が理解できるようになったら、次に若いエンジニアはアーキテクチャ設計書を読む。アーキテクチャ設計を理解するにはそれなりのスキルが必要だが、アーキテクトになりたいのなら要求仕様とアーキテクチャ設計の結びつきを理解できるようにならなければダメだ。要求仕様とアーキテクチャがばらばらであることに気がついたら、アーキテクトにのし上がれるチャンスがある。要求仕様とアーキテクチャが綺麗に整合するような設計ができるようになれば、アーキテクトとして認められる。そこまで到達しなくても、要求仕様とアーキテクチャの関係性に何らかの違和感を感じることができるようになれば、アーキテクトになれる可能性はある。

そのためにも、先人は現行システムのアーキテクチャが分かるような情報を残さなければいけない。言わずもがな、アーキテクチャ設計を説明する資料がないようでは、100万行を超えるソフトウェアシステムを維持し続けることはできないし、新人技術者に指導するのも無理だ。口づてで伝えられるような情報量ではないし、ソースコードでは階層的に理解を進めることができない。

現代の新人エンジニアを本気で組織的に育てようとするのなら、先人の技術者たちがソフトウェアシステムの上流工程のドキュメントをしっかり作り込まないといけないということである。

ベテランのエンジニアもこれまでの実績にあぐらをかいていたのでは、行く先が危ういのである。

2011-06-25

「部下に任せないとダメだ」と考えさせられる一冊(その2)



小倉 広著『任せる技術』を読み進んだので前回に続き感想と思ったことを書こうと思う。

小倉氏は CHAPTER 3 任せる、と伝える の中で、「人生のビジョンがない部下には任せられない」と書いている。仕事を任せる時には部下に自分からジャンプさせ選ばせる。しかし、そうするためには絶対に必要な条件があり、それが、自分なりの「判断基準」を持っていることだという。そして、その「判断基準」が長期的な「人生のビジョン」であることが必要というのだ。

【CHAPTER 3 「任せる、と伝える」 より引用】
部下の立場に立って考えてみよう。上司から仕事を任せたい、と申し出があった。どうやら今よりも仕事が増えそうだ。しかし、すぐに給料が上がるわけではない。目先の損得だけを考えれば、これは間違いなく「損」だ。

「給料が上がるわけじゃないないし、だったら面倒だから断ろう」

このように考えるのがごく普通の判断というものだろう。しかし、もし、彼に将来の夢があったならどうだろう。例えば独立して社長になりたい。もしくは他社からスカウトが来るようなプロフェッショナルになりたい。そんな夢があったら、きっと判断は変わるに違いない。

「将来独立するためには、この経験はプラスになる。自己成長のために是非やらせてもらいたい。」そのように答えが変わってくるだろう。
【引用終わり】

小倉氏は組織人事のコンサルタントだったからこう書いているが、この話しはソフトウェアエンジニアにも全く同じように当てはまる。

ソフトウェアの開発効率や品質を高めるためには、高度なスキルを学んだり、自動化のシステムを構築したり、アーキテクチャを見直したり、プロセスを組み直したりするため一時的に仕事量が増える。日々忙しいのなら、さらに忙しくなるということだ。

ソフトウェアプロダクトライン(ソフトウェアの再利用戦略)もそうだが、最初に再利用資産を構築する際には通常の作業よりも1.5倍くらいは軽く工数も時間もかかる。それを乗り越えて「今やろう」と決断できなければ、その先開発が楽になることはない。エンドレスの悪循環が待ち構えている。

エンジニア個人やプロジェクトにスキルアップや新しい取り組みを進言するとき、必ず聞かれるのは「それをやるとどれくらい工数や時間がかかるのか」だ。目先の損得だけで判断されると大抵は辞退される。だからこそ、エンジニアとしての将来の夢を語りたいのだが、なかなか自分自身がエンジニアとしてどう成長したいのかを頭に描いている人はいない。

新人は夢があっていいのだけれど、職場に配置されて1年もたつと、夢を語らなくなる。上記の引用のように、夢のないエンジニアに仕事を任せても成長のスピードが遅い。

本サイトでよく読まれ低r記事「問題解決能力(Problem Solving Skill):自ら考え行動する力」の「どうせどうせ子ちゃん」や「評論家君」が多く、「問題解決キッズ」が少ないのだ。

小倉氏は、『任せる技術』のなかで「世の中には、明確な人生のビジョンを持ち仕事に取り組んでいる人は1割に満たないと思う。これまで3万人の管理職に研修や講演をしてきた僕の実感値では、1~2%がいいところだろう。」と言っている。よって、上司は部下が自分の人生のビジョンを描くお手伝いをする必要があり、そのためには定期的な面談が欠かせないと書いている。

【CHAPTER 3 「任せる、と伝える」 より引用】

■ビジョンなし、なら今に集中
実際に部下と人生のビジョンについて面談するとわかることがある。それは何度質問を繰り返してもビジョンが見つからない部下がたくさんいるということだ。これまで彼らは「ベキ論」に縛られて生きてきた。だから突然、「どうしたい?」「どうなりたい?」と聞かれるとうろたえてしまうのだ。「やりたいことが見つからない」。そういう若者が増えているのだという。では、僕たちは彼らに対してどう接すればよいのだろうか?

これまで言ってきたことと矛盾するようだが、僕はその場合は、ムリしてビジョンを描かなくてもいいと思う。今、目の前にある仕事に120%集中するよう導いてあげればいいのではないか。

キャリア・ドリフト理論という考え方がある。キャリアはデザインするものではない。偶然に出会うものだ、という考え方だ。ただし、そのためには条件がある。今、目の前にある仕事に120%集中することだ。「自分には向いていないかもしれない・・・」などと言わずに、その仕事に集中するのだ。そのときに初めて偶然が、幸運が訪れる。
【引用終わり】

「明確な人生のビジョンを持ち仕事に取り組んでいる人は1割に満たない」というのは悲しいことだ。そうなっているのは、人生のビジョンを描く訓練をしてこなかったからだと自分は信じたい。「ベキ論」に縛られることなく、やりたいことをやるにはどうしたらいいのかを考え、実行し、ダメだったらなぜそうなったのかを反省するそれを繰り返していけば、人生のビジョンを描けるようになると思う。

本当ならば、それを学生の時代に訓練しておいて欲しいのだが、その訓練をする機会もなく社会で出てしまった人達は大勢いる。だから、上司は部下に仕事を任せなければいけない。

【CHAPTER 3 「任せる、と伝える」 より引用】

■任せる、とういことは、自分の違うやり方に異を唱えないこと
任せた以上は、自分と違うやり方を許容しなくれはならない。
「オレだったらこうするのに・・・」
「そのやり方をすると後で必ず問題が起こるぞ。あ~。やっちゃった・・・」
そう思ったとしても、部下のやり方に異を唱えてはいけないのだ。失敗することも含めて部下に経験させなくてはならない。それが本当の意味での任せる、ということなのだ。
【引用終わり】

もう一つ、重要な教訓。

【CHAPTER 4 「ギリギリまで力を発揮させる」 より引用】

■相手に矢印を向ける人は成長しない
先にお伝えした通り、上司が持っていた仕事を部下に任せると、部下には大きなストレス負荷がかかる。能力以上の仕事にチャレンジする部下は思い通りにならない仕事にイライラを感じるのだ。これを心理学の言葉では認知的不協和と呼ぶ。

これは前にも説明したが、そのイライラを解消する時に常に選択肢は二つある。一つは自分に矢印を向ける方法。つまり、問題の原因を自分にあると考え、自分を変えることで問題を解決しようとするアプローチだ。これを選ぶ部下は成長していく。仕事を任せたかいがある、というものだ。

しかし、もう一つの選択肢を選んだ場合はそうはいかない。それが他人に矢印を向けるという方法だ。
「目標達成できないのは不景気のせい」
「期限内に提出物を出せないのは、仕事の量が多すぎるから」
「チームの目標達成率が低いのは、人員を補充してくれない人事部のせい」

そうやって問題をすべて他人のせいにすることで自己正当化する。自分は悪くない、悪いのは他人だ、と言って必死に自分を守るのだ。

当たり前にことではあるが、このタイプの人は成長しない。自分は変わる必要がない。すべては他人が悪いと思っているからだ。
【引用終わり】

相手に矢印を向けずに、「自分に矢印を向ける」ように指導する、これが難しい。どうすればいいかを考えるのも自分の仕事だ。

2011-01-30

『課外授業 ようこそ先輩』で湯浅誠さんが言いたかったこと

深夜のサッカーの試合を生で見る元気がなく、朝起きてから結果を見ようと思ってテレビをつけたらたまたま、NHKで『課外授業 ようこそ先輩』をやっていてついつい見入ってしまった。

【番組ホームページより】
さまざまなジャンルの第一線で活躍する著名人が、ふるさとの母校を訪ね、後輩たちのためにとっておきの授業を行います。授業は通常2日間、リハーサルなしの真剣勝負です。内容や仕掛けは、先輩によって実に多彩。人生で得たこと、創造の秘密、専門分野の面白さなどを、独自の方法で解き明かします。そんな先輩の思いがこもった授業を、子どもたちはどう受け止めるのか?そこには毎回、思いがけない発見と感動があります。1998年に番組がスタートして以来、これまでに400人を越える先輩が、母校の子どもたちに熱いメッセージを送ってきました。

今回の先生役の有名人、どこかで見たことがある。芸能人ではない。誰だっけと思い出していたら、やっと思い出した。2008年12月社会問題化したいわゆる「派遣切り」への緊急対策として、開設された「年越し派遣村」の村長、湯浅誠さんだ。

かつて、湯浅さんが有名になる前、TBSラジオの夜PM10:00からやっていたアクセスのゲストで来ていたときに反貧困ネットワークでの活動について聞いたことがあった。

この人の学歴がすごい。
1988年 武蔵高等学校 卒業
1989年 東京大学教養学部文科I類 入学
1995年 東京大学法学部 卒業
1996年 東京大学大学院法学政治学研究科 入学
2003年 同大学院博士課程 単位取得退学

詳しくは Wikipedia を見ていただきたいのだが、以下の一節だけ読んでもすごい経歴だ。
東京都小平市で、新聞社勤務の父と小学校教諭の母の間に生まれる。1988年に武蔵高等学校卒業後、1浪して東京大学に入学。児童養護施設のボランティアや映画鑑賞にのめりこんで授業にはあまり出席していなかったが、5回生の夏に一念発起し学者を志して勉学に集中、一時的にボランティア活動から離れた。
さてさて、肝心の『課外授業 ようこそ先輩』の内容に進もう。


2011年1月30日 「目を向ければ 見えてくる!?」 東京都小平市立小平第十三小学校
湯浅誠 (「反貧困ネットワーク」事務局長)

まず、最初の授業はクラスのみんな(たぶん6年生)に自分の宝物を持ってきてもらい、どんな宝物なのかを説明してもらっていた。ある子供は地球儀をある子供はオカリナや写真をある子供は水筒(病気で頻繁に水分補給が必要とのこと)を持ってきてみんなに説明する。

この授業は何のためにやっていたのか。この授業には湯浅さんの明確な意図があった。それは「他人には分からなくてもその人にとっては大事なもの」が存在し、なぜ大事なのかはその人にしかわからないということに気がつかせるということだった。自分では分かっている自分の宝物の意味が他人には分からないことに気がつかせ、一見理解できない他人の宝物が大切な理由を聞いて理解させる。

つぎに湯浅さんは3人の大人の方を一人ずつ呼んで、クラスのみんなに「この人は一体誰か」を当てされる。3人とも学校で働いてる方だ。

種を明かせば、一人目は給食のおばさん、二人目は校庭の芝部を手入れする芝生キーパーさん、三人目は警備員さん。

一人目の給食のおばさんはいつも割烹着を着てマスクをしているため、誰も当てられない。警備員さんは多くの子供が当てた。

この授業の意図は制服を着ているとその人の制服から想像される役割だけに注意をとらわれてしまうということを示したかった。制服を脱いだ一人の個人には役割から離れた個人としての人格があり、それに気がつかなければいけない、その人個人に関心を持って欲しいと湯浅さんは言いたかったのだ。

三つめの授業は、班に分かれて普段気になっている街の人達にその役割ではなく、その人の人生を聞いて見ようというもの。社会科見学はその人やその施設の役割を聞くが、これは社会科見学ではなく、一人一人の人格に向き合ってみようという授業。

農家のご主人に宝物は何かと尋ねると「それは奥さんかな」と答え、奥さんを呼んできて奥さんにも同じ質問をすると「このおじさんよ」と答えた。ご主人は「僕らには子供がいないので、そう答えるのかもしれない」「君たちのお父さん、お母さんに聞いたら、宝物は君たち」と言うかもしれないねと語った。

モヒカンヘアの和菓子職人は、若い頃バンドをやっていて今でも音楽が好きで、今は和菓子職人を継いでいるのだと語り、交通指導をしてくれているボランティアのおじいさんは戦時中に使っていた飯盒を宝物として見せてくれた。

授業の最後に湯浅さんは自分の座右の銘「見えないことは無視につながり、関心は尊重につながる。」を黒板に書いた。

日本の貧困問題に対峙することで生まれたポリシーかもしれないが、自分の周りでも起こりうることのように感じた。不具合を起こすソフトウェア、調子を崩すエンジニアの気持ちが見えない、いや見ようとしないことで無視することにつながり、直近の納期や売り上げだけを気にして行動する人達があまりにも多くないだろうか。

湯浅さんが言いたかったのは、偏見の排除だと思う。昔、妹尾河童の『少年H』を読んで、戦争中に威張っていた学校の先生が戦争が終わったとたんに180度態度が変わった部分を読んで、制服の威厳を笠に着るのは絶対にやめよう、自分自身の内面、中身で勝負しようと思った。

ようするに肩書きが外されたときでも、態度を変えられないようにしよう、態度を変えるような人と接するときは注意をしようということだ。

『課外授業 ようこそ先輩』を見て、見えないものを分からないといってそのままにしない、その人の制服、役割ではなくその人個人に関心を持ち尊重することの重要性を再認識した。

2010-07-04

人財と人罪

あるセミナーでおもしろい図を見た。「じんざい」を四つの象限で表した図だ。縦軸はモチベーション、横軸はスキル。

  1. モチベーションが高く、スキルもある場合は組織の財産という意味で人財
  2. スキルは高いが、モチベーションが低い場合は単なる材料という意味で人材
  3. モチベーションは高いがスキルが低い場合は、居るだけだから人在
  4. モチベーションも低く、スキルもない場合は居るだけで罪だから人罪



もう一つの図。会社がリストラの必要性に迫られたときに、誰を残すかという指標。縦軸はビジョンを共有。横軸は仕事ができる。

  1. 組織とビジョンを共有し、仕事ができる社員は残す。
  2. ビジョンを共有できているが仕事はできない社員も残す。
  3. 仕事ができるがビジョンが共有できない者は会社を滅ぼす。
  4. ビジョンも共有できず、仕事もできない者は不要。



【楽に生きていきたいと思っていると楽に生きていけないというロジック】

  1. 楽に生きていきたい
  2. 責任を負いたくない
  3. 会社・相手に責任を転嫁する
  4. 信用が落ちていく
  1. 楽に生きていきたい
  2. 面倒は避けたい
  3. 処理が遅れる
  4. 信用が落ちていく
  1. 楽に生きていきたい
  2. チャレンジする意欲はない
  3. やれることしかやらない
  4. 信用が落ちていく
  1. 楽に生きていきたい
  2. 自分の利益が最優先
  3. 他は利用すべきもの
  4. 信用が落ちていく
結果として楽に生きていけない。依存型の人間にどのようなよい仕組みを与えても、依存型は依存型としてこれを利用する。

【自立型人材のモデル】
  1. 自分を活かして充実して生きていきたい
  2. 率先して取り組む
  3. 責任は自分が取る
  4. 自分への信用が増す
  1. 自分を活かして充実して生きていきたい
  2. 面倒なことから逃げない
  3. 処理が早い
  4. 自分への信用が増す
  1. 自分を活かして充実して生きていきたい
  2. チェレンジしたい
  3. 自ら新たな状況を作る
  4. 自分への信用が増す
自分への信用が増すことにより、楽しく充実した人生が送れる。

【コンピテンシーモデル】

職能資格制度の欠陥を払拭するために高業績者の成果達成の行動特性(業績・成果と連動した顕在的能力)を重視したコンピテンシーモデルが有効である。

タワーズ・ペリン社のコンピテンシー ※1
  1. コミュニケーション
  2. チームワーク
  3. 顧客志向性
  4. 成果達成志向
  5. 革新性/創造性
  6. ビジネス感応性
  7. リーダーシップ
  8. 自身及び他者の能力開発/育成
  9. 意志決定
  10. 順応性/柔軟性
  11. 問題解決
※1 コンピテンシーの定義の例 「継続的にその職務に求められる達成すべき最終成果責任を生み出すための効果的な行動を選択し、実際に行動に結びつけるという行動にフォーカスした能力で、しかも顕在的で他社から観察しうる行動レベルでの発揮能力」

【達成動機が強い人には成果に対するフィードバックを示すべし】

達成動機の強い人は成功報酬よりも個人的な達成感に関心を示すとともに、難しい問題に取り組んだり、解決すること自体に関心を示す。達成動機の強い人は自分たちの成果に対して具体的なフィードバックを求めることを強調している。

これは同感。解決すべき問題が部門間にまたがっているような場合、ルールやプロセスの変更が素早く承認されると達成感、満足感が生まれる。

ここまでの話し、どう考えても義務教育の学校では教えていないことばかりのような気がする。教えていないところか、正反対の依存型の人材を一生懸命作ろうとしていないだろうか?

改めて問題の根(依存型の社会人が多いという現状)は深いように思った。

2010-04-24

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』を見て

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』という映画をTSUTAYAでレンタルして見た。あまりに内容がドラマティックだったので、これはどこまで脚色されているのだろうかと思って、もとのスレッドがまとめられているwikiサイトで記述をざっと読んでみた。驚いた。ほとんどスレッドに書かれていることが忠実に再現されているように見える。

考えさせられたのが、ここに描かれているのは組込みとITの違いがあるにせよ、同じソフトウェアを作るエンジニアの日々の風景だということだ。

この話しは本やコミック、映画になっているが、知らない人もタイトルを見れば、だいたい中身の予想は付くだろう。映画の中では R25 にブラック会社の条件が6つ書いてあり、主人公のマ男君が入社初日で全部当てはまることに絶句する。

【ブラック会社の条件】
  1. 就業規則があるにも関わらず残業が当たり前
  2. 何日も徹夜が続くことがある
  3. 社内に情緒不安定な社員がいる
  4. 必要経費が一切認められない
  5. 同僚のスキルが異常に低い
  6. 従業員の出入りが激しい
そして、確かにそういう会社がスクリーンに登場する。ちなみに、それはそれとして自分は主人公のマ男君や他のプロジェクトメンバーがやっている仕事の内容、流れについて見ていた。

【仕事の流れ】
  1. 営業がクライアントから仕事を取ってくる。
  2. 同行した技術担当は要求された仕事に対して開発期間が足らないと感じる。
  3. 技術担当がクライアントにその日程ではムリと言おうとするとクライアントからダメなら他に回すよといわれ営業が受けてしまう。
  4. 開発委託を受けた時点からすでにデスマーチが始まる
  5. 納期に対してプロジェクト全体が責務を負い、遅れは分散するか特定のエンジニアへ集中させることでカバーする
  6. 要求定義→設計→実装→テスト という工程はキチンと踏んでおり、プロジェクトの終了はシステムテストの成績書がすべてパスしたときになっている。
  7. 死ぬほど残業してなんとか納期に間に合わせる。
そこでふと思ったのは、仕事の厳しさの違いはあるにせよ、この流れはどんなソフトウェアエンジニアも多かれ少なかれ経験しているようなことにように見えるということだ。

ブラック企業になるかならないか、もしくは、エンジニアが潰されてしまうかいなかの違いは、3のムリな日程を受けてしまうという部分と、5 の遅れの分散と特定のエンジニアへの仕事の集中のところだと思う。

【ムリな日程を受けてしまう営業】

クライアントとサプライヤという関係の場合、一般的にお金を払うクライアントの方が立場が強い。「イヤなら他に回すよ」と言われたら条件を飲まざる終えない。その条件を跳ね返すためには、ムリな日程を飲む以外の付加価値が必要になる。その付加価値が他の会社にはない価値でなければ競争に負けてしまう。

メーカーの場合、お金を払ってくれるのはエンドユーザーであり、リリースして商品が売れるか売れないかが分かるにはそれなりのディレイがあるから、請負開発の場合はよりプレッシャーが大きいと思う。

この問題は会社の経営者の考え方と経営方針で決まるのだろう。エンジニアを薄給でこき使って使い捨て目の前の売り上げを確保するという考えを持っているか、顧客満足を実現するのはエンジニアであり、顧客満足とエンジニアの満足・成長の両立を考えるのかで 180度環境は変わる。

後者よりも前者の会社に仕事を出すクライアントが多いとエンジニアにとって状況は改善しない。二次、三次といった下請け構造があると、下の階層になるほど環境は悪くなる。

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』の主人公は、実力はあり、唯一近くにいたよき先輩に鍛えられてブラック会社の中で成長するのだが、ブラック会社にしか入れなかったのは学歴で能力を判断されてしまったからだった。

もしこの話しが本当であったのならば、マ男君は死ぬほど苦労したが、3年間でプロジェクトリーダーを一回経験しプロジェクトも成功させたのだから、その実績を使ってもう少し環境のよい会社や、クライアント企業への転職などもできるのではないかと思った。ようするに、学歴以外の実績は実際の仕事を成功させることで積み重ねることができると思うのだ。

【遅れの分散と特定のエンジニアへの仕事の集中】

これは「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」という日本人の特性のよい面と悪い面が両方でていると思う。プロジェクトの中で職制がはっきりしておらず、遅れを全体でバックアップするというやり方は連帯感を生むメリット、達成感を共有できるメリットがある一方で、個の確立を疎外する側面もあると思う。

技術者個人の成果や負荷が見えにくくなると思うのだ。責任と権限が明確な世界では他人の領域には指示がなければ踏み込まないから最終的な責務と成果が個人別にはっきりする。

それが曖昧だとブラック会社では優秀なエンジニアに負荷が集中し、その成果はプロジェクト全体に分散されてしまう。ブラック会社でなくても日本の企業ではそういう傾向があるように思う。

そうすると優秀な技術者が潰される可能性が高くなり、かつ、その様子を見ている他の技術者は積極的に仕事の効率化を目指さなくなる。


【『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界もしれない』スレッドより引用】
スレタイの意味・・・
それは、木村くんの下克上でも、父ちゃんの病気でもない。
藤田さんが、会社を去る・・・。まさにこれこそが限界だったのだ。

何のためにスレッドを立てたのか。
確かに俺は限界だった。
このスレッドを立て、全てを書き終えた時、俺は退職しようと心に決めていた。
伸びても、伸びなくても、それは変わらない。
結果的にスレは物凄い勢いで伸び、パー速に移住するほどになってしまった。

そして、その中で俺への励まし、心配、叱咤。
色々なレスが俺に向けられて書き込まれた。
ブログのコメントは、続きを書いてくれ、という内容ばかりだった。
俺は今まで、誰からも必要とされない、居なくなっても誰も悲しまない
くだらない人間だと思ってたんだ。

だけど、このスレを立てた事で
俺はみんなから励まされて、心配されて、叱咤されて・・・
たった一人の力は確かに小さいかもしれない。
だけど、それが何十、何百となったら?
その小さな力が集まって、大きな一つの力となったら?

俺は奇跡を信じる気になったよ。
だって、スレッドタイトルが変わるんだもの。
『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』が
『ブラック会社に勤めてるんだが、まだ俺は頑張れるかもしれない』に。
【引用終わり】

スレッドの最終章を見ると、マ男君を支えたのは先輩の藤田さんと、ブログで応援してくれた人たちというだということが分かる。

ソフトウェアエンジニアは知識労働者だ。人間が人間の頭で勝負している世界だ。そう考えるとやっぱり人間を人間として扱ってもらえる環境と人間の頭を成長させてくれる環境と、自分自身の知識労働者としての意欲が大事であるということが『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』を見て再認識した。

ポイントは実績がないときには、今の仕事を成功させてその中で達成した他から認められうる点を積み重ねてそれを武器にすることだと思う。そのためには今の仕事をやっつけでいい加減にこなしてはいけない。この一つ一つの仕事をまわりに自慢できるくらいきっちりこなして積み重ねることができれば、よりよい環境に進むことができるとはずだ。

2010-04-02

ものづくりに関する共感した話し

何を隠そう自分はものすごいラジオ好きである。通勤の間、風呂に入っているとき、寝る前、朝早く起きてしまったときラジオのスイッチを付ける。一日のうちテレビを見ている時間よりも圧倒的にラジオを聞いている時間の方が長い。

さて、3月28日(日)の夜、何気なくラジオを聞いていたら、村田製作所がスポンサーになっているTBSラジオ『サイエンス・サイトーク』という番組に植松 努さんという飛行機好き、ロケット好きのいかにもものつくり職人といった方がゲスト出演していてその話しがとてもよかった。よかったと思ったのは植村さんと自分は同類だと感じたからかもしれない。

この番組はポッドキャストでも配信されており、今日紹介する話しはiPODに録音して、少しずつ再生しながらポメラでテキストに起こしたものだ。

前置きはそれくらいにして、植村さんが何を言ったのか紹介していこう。

【植松 努さんのプロフィール】
植松努(うえまつつとむ)植松電機専務取締役 1966年北海道芦別生まれ。子供のころから紙飛行機が好きで宇宙にあこがれ 大学で流体力学を学び、名古屋で航空機設計を手がける会社に入社。 5年後の1994年に実家のある北海道へ戻る。父(植松清)が経営する植松電機へ。 産業廃棄物からの除鉄、選鉄に使う電磁石の開発製作に成功。 分別用電磁石は全国のシェアの八割を誇るまでに導く。
2010年03月28日放送 … ロケットを作った町工場(1) 番組の紹介文
北海道赤平市にある「植松電機」。親子二人だけの小さな町工場でしたが、現在は約20人の社員で、ロケットや小型人工衛星の製造を手がけています。

その背景には「将来はロケットの設計をしたい」という植松さんの子供の頃からの夢がありました。「どうせ無理」だと考えず、あきらめないで頑張れば夢はかなう、という植松さんは仕事のかたわら、講演や子供向けのロケット教室などで全国を飛び回っています。2回に渡ってたっぷり話を聞きます。
■植松さんの子どもの頃
  • 飛行機・ロケット好きの植松少年は飛行機が作りたくて、独学で飛行機やロケットのことを学んだ。飛行機、ロケットを飛ばした人たちの伝記を読みあさった。
  • 伝記を読んでいたのでいろいろな人が工夫をしていく様、トラブルの解決の仕方を学んだ結果あきらめ方(あきらめて投げ出すということ)を知らずに育った。
→成功と失敗を疑似体験し、最終は成功するというイメージトレーニングが出来たのだろう。伝記とはそういうものだ。

■飛行機を設計する会社に入ったとき
自分が小さいときからあこがれていた堀越二郎(ゼロ戦の設計者)がいた会社に入ることができた。(神様はいるものだと思った)そして念願の飛行機の設計をできることになった。

ところが、そのうち植村氏は周りが高学歴な人たちばかりであることに気がつき不安が募るようにる。そして、組織の中で自分が少しでも役に立ちたいと思い、飛行機の知識を周りにひけらかしまくるようになる。自分は子供の頃からのめり込んでいた世界なので他の人より遙かに多くのことを知っていた。しゃべり続ければ続けるほど徐々に自分が嫌われていくようになっていた。自分自身もそんなことをしているのが嫌になって引きこもるようになり、人と関わらなくなるようになった。仕事だけはやってそれ以外の対人関係はできるだけ避けるという状態。
■引きこもり状態からの回帰
自分が引きこもりになったときに救ってくれたのが寮の仲間たちだった。スポーツマンの同僚が自分を何かある度に誘ってくれていた。しかし、彼は自分の反対側にいる人だと思っていたので、誘われてもいかなかった。それでも何回も誘ってくれて、いつの日か誘われるままにスキーにいった。

自分はオールレンタルで滑った。誘ってくれた同僚に「おまえすごいな、転ばないな」と言われた。考えてみたら自分は北海道出身だし、子供の頃学校でもスキーをやっていたので当たり前のこと。それでスキーの技術をスポーツマンの同僚に教えていったらみるみる上達していった。そうしたら他の人にも「こいつに聞け」と紹介してくれた。それで自信を取り戻し、帰ってからスキーを一式買ってワックスかけてエッジを整備してとやっていたらどんどん人が集まる部屋になっていった。

そのときに「不安とは恐ろしいものだ」「自信はとても重要なものなんだ」と痛感した。

誘ってくる同僚に対して当時「なんで見ず知らずの自分に関わってくるのだろう」「嫌だ嫌だ」とずっと思っていたのだけれども、困っている自分を見てなんとかしなくてはいけないなと思ってくれたのだと思う。もしかしたら彼自身も苦しい時期があったのかもしれない。
■なぜ、飛行機を設計する会社を辞めてしまったのか?
自分たちよりも後に入ってくる人たちが飛行機から遠ざかっていることに気がついた。飛行機を作る仕事をしているのに飛行機にまったく興味がない。学研の図鑑を読んだことがない人たちが続々と入ってくるようになってくる。そうすると彼らは好きじゃないから頑張れない。そしていわれたこと以外ことをすると損をするという発想を持っている。だから要求されたことしかやらないようになる。当時、自分のいた会社には「奇跡は仕様書には書かれていない」「奇跡は要求されたことの中には書いていないからお人好しが起こすんだよ」という言葉があった。彼らはそれをやらない人たちになっていった。それはミニマムマキシマムだと思った。最低限これだけはやっておいてねといわれたことを、「それだけやっておけば十分なんだろ」「それ以上のことをしたら損する」という考え方。

好きなことはどれだけやっても損はしないはず。ところが好きなことが奪い取られるしくみがある。それは中学校くらいから始まる。「受験以外のことをしたら損をするよ」ということを誰かが教える。「必要最低限のやまを暗記してそれ以外のことを入れたら頭が損をするよ」と教えられるようになる。そうると受験勉強のこと以外のことをいっさいできなくなる。

この世の中に損なことはひとつしかなくて、それは何もしないこと、面倒くさいけど自分がやりたいこと避ければ避けるほど本当は損するのに「最短コースこそが美徳です」のようなことを教えてしまうと負のスパイラルは激しさを増す。
「効率が嫌いなんですか」というラジオパーソナリティの問いに対して、
手加減をしている一秒も自分の一秒ですから自分の人生短いんだから手加減したり楽したりしないほうがいいんじゃないのと思う。それを誰かが「楽をして暮らすんだよ」「楽した方がいいよ」と教える。楽ということを目標みたいに伝える人がいる。でも楽したら辛いと思う。

暇はつぶしちゃいけないんですよ。暇は自分にとって特になることに使えば人生の時間はすごく輝きを増すはずなんです。人生の幸せは生涯賃金の総額ではないことはみんな分かっていると思う。人生の時間を費やして得た知恵と経験と周りの信頼と愛情こそが人生の価値だろうと思う。

自分のくふうが報われたときに泣けるんです。泣くほどしんどいときに泣けるんだろうと思います。
自分は自分のことを職人だと思っているから、植村さんの言っていることがよく分かる。しかし、一方で自分がものづくりに寄せる想いの強さと、それほどまでに想いが強くない人たちと一緒に仕事をしなけれいけないという現実も分かっている。それがイヤなら植村さんの会社のように少数精鋭の組織で仕事をするしかない。しかし、もっと大きな組織でなければできない商品もある。

車の世界では新車種の開発はチーフエンジニアと呼ばれる技術者が全責任を担う。トヨタではチーフエンジニアのアシスタントを4~5年務めてからチーフエンジニアに昇格するのが普通だったが、車種の増加と開発期間の短縮で近年は「経験を十分に積まないまま、チーフエンジニアに抜擢されるケースも目立つらしい。昔はチーフエンジニアを中心に開発チームが寝食を忘れて徹底的に議論して一台の車を作り上げる泥臭さがあったがいまではパーツごとの縦割り開発にならざるを得ない。

プリウスのブレーキシステムの複雑さを見れば分かるように、今では車全部の機能やメカニズム、制御方法をチーフエンジニアが全部把握するのは無理だ。ひとりのエンジニアがシステム全体を見渡せるシステム規模ではなくなっている。

だから、植村さんが言うようなエンジニアが必要なことは間違いないが、プロジェクト全員にそういう意識を持たせるのは難しい。それでも、顧客満足は満たさなければいけないし、安全は絶対に確保しなければいけない。「品質を心配する意識の強さ」「エンジニアの商品にかける熱意」だけでは安全は確保できない時代に突入している。「品質を心配する意識の強さ」「エンジニアの商品にかける熱意」を保ちながら、システマティックに安全分析を行い、安全アーキテクチャを設計することが求められている。

2008-09-20

組込みソフトってなに?(高校生の質問から)つづき

匿名の高校生さんから追加情報をもらった。

3 コメント:

匿名 さんのコメント...

すみません、初めてのコメントです。実は私、高校生なんですが、組込みソフトに興味を持っています。今、私たちの生活の中で(身近なところ)よく使われている組込みソフトってなんですか。答えてくれるならすごくうれしいです。お願いします。

sakai さんのコメント...

組込みソフトウェア工房の管理人です。

たぶん一度では答えられないので何度かやりとりしましょう。

「組込みソフトとは何か?」これに答えるにあたって一番の大事なのは高校生の君がなぜそれを知りたいと思ったのか・・・これが問題です。

1. 学校の授業で「組込みソフト」の話がでてきたから
2. 何かおもしろそうな感じがするのでどんなものか知りたいから
3. 進路について組込みソフトの仕事につくことも考えているから
4. 親が組込みソフトの仕事をしているのだけれど教えてくれないから
5. その他の理由

この中のどれ? 例えば、1とか2なら組込みソフトでワクワクするイベントや教材を紹介するし、3や4ならどんなところが楽しいのか、どんなところが大変なのかを中心に答えを考えます。

こんな日記風の説明もありますが、もう少し情報をください。

匿名 さんのコメント...
組込みソフトってなに?(高校生の質問から)を読んで

ありがとうございます。わかりやすかったところもありますし、少しわかりにくいところもありました。私は元々ソフトウェアに興味を持っていて、将来 ソフトウェアに関する仕事につきたいと考えています。その中でも、特に組込みソフトに強い関心を持っています。ってことは、2. 3.ですね(笑)。ぜひ、組込みソフトについていろんな話を聞かせてください。


もしも、君が組込みソフトに興味を持っていて、将来組込みソフトの仕事につきたいと思っているのなら、おすすめのアプローチは『習うより慣れろ!』作戦だ。

まずは昔話から

実は組込みソフトは社会人になってからでしか始められないかというと、今はそうではない。30年前は高校生が組込みソフトをやってみたいと思っても難しかったね。

実 際、自分が大学生のとき日本で初めて個人でも使えるパーソナルコンピュータPC-8001がNECから発売された。もともと外国製では Appleのコンピュータがあったけど何十万円もしてとても手が出なかった。PC-8001も高かったので結局は買えず、その弟ぶんのパソコン PC-6001が出たとき7万円くらいで買った。これは家庭にあるテレビにつないで画面を見るタイプのパソコンでプログラムはなんとこれも自分が持ってい るテープレコーダに音声情報として録音していたんだ。

このときはパソコン雑誌に載っているプログラムのリストをキーボードから打ち込んで は実際に動かして遊んでいた。でも、打ち込むプログラムがだんだん多くなってくるとプログラムリストを紙に打ち出したくなる。でもプリンタが高い。モノク ロでしかも一行ずつ文字しか打てないインクリボン式のプリンタがパソコンと同じく7万円もしたんだよ。でも、どうしても欲しかったからアルバイトしてお金貯めて買ったなあ。

パソコンの価格だけは時がたつにつれて安くなるので驚きだね。いまや7万円で高性能なディスプレイ付きのパソコンが買えるし、カラーのインクジェットプリンタは1万円台で買える。(消耗品のインクで儲けているからプリンタはほとんどタダ同然でもいいんだ)

だから、君はすでにパソコンを持っているという前提で話しをするよ。

君 がパソコンを持っていてインターネットに接続する環境があるのなら、プログラムを作ってみる方法はたくさんある。今はインターネットで世界中がつながったことで、無償でソフトウェア開発の環境を提供してくれる個人や企業もたくさんあるし、わからないことがあったら親切に教えてくれるしくみもそろっている。

だけど、君が組込みソフトに興味を持っているのなら、おすすめのコースは別にある。

前回の記事に書いたように組込みソフトはセンサーとアクチュエータがあると格段におもしろい。センサーとアクチュエータを積んだ組込み機器に自分が作ったプログラムを載せて、いろいろ試してみると自分が作ったプログラムの通りに組込み機器が動くから楽しい。

実は、こんな教材を高校生向けに考えてプロデュースしている二上 貴夫というおじさんがいるんだ。この人はとてもおもしろい人で、サラリーマンとして仕事を持っていながら組込みソフトの楽しさを多くの人に伝えることができるのなら寝食を忘れてがんばっちゃう人なんだ。

科学の楽しさをわかりやすく子供達に伝える活動をしている米村でんじろうさんは知っていると思うけど、二上 さんは組込みソフトの世界では有名な組込みソフトの楽しさを伝える伝道師なんだよ。

その二上さんが最近開発した飛行船をプログラムで制御するキット「マジカルスプーン」というのがある。

現在はマジカルスプーンシミュレータが約7千円で通販で買える。二上さんは今マジカルスプーンリアルを開発していてもうしばらくすると買えるようになるよ。

マジカルスプーンはスプーンをたたいて出る超音波で命令コードを作り(=プログラム)をセンサーでこの超音波を拾って飛行船を制御するんだ。なんだか、わくわくするでしょ。

簡単な説明は、自分も所属している組込みソフトの教育を考えるコミュニティSESSAMEのこのページを見て欲しい。

また、二上さんに負けず劣らず、組込みソフトの楽しさを伝えるのにがんばっちゃっているおじさん、おばさん(おねえさんと言わないと怒られるかも)達は何人もいて、この中の舘 伸幸さんたちがマジカルスプーンのことをWEB上で連載記事として書いているのでこれも読んでみて欲しい。

最後にもう一つのおすすめは、もし君が関東近県に住んでいるのなら、レゴで作った車にプログラムを載せて動かすETロボコンのチャンピオンシップ大会がパシフィコ横浜で11月19日~21日のどこかであるのでこれを見てみたらどうかと思う。チャンピオンシップ大会は平日になるので学校の先生に正直に話しをして休みをもらって見学しに行こう。組込みソフトに夢中になっている学生や社会人達の情熱が伝わってくると思うよ。

以上、これが組込みソフトを知る『習うより慣れろ作戦』の全貌です。また、何かもっと聞きたいことがあったらコメントをください。このやり取りのことは仲間のおじさん達にも伝えておくので後でアドバイスをもらっておきます。

そ れと、『習うより慣れろ作戦』で組込みソフトの楽しさを満喫したら、次は職業として組込みソフトエンジニアになることについて真剣に考えてみて欲しい。 仕事で組込みソフトを作るのは自分が楽しければいいってもんじゃないから、時には辛いことも乗り越えなければいけない技術的な壁もある。でも、自分が作っ た組込みソフトが組込み機器に搭載されお客さんに満足してもらえることが分かると、喜びや辛さを繰り返しながら、それらの壁を乗り越えることができる。だから、まずは何が楽しいのか、おもしろいのかを実感した上で、職業としての組込みソフトと組込みソフトエンジニアについて考えて欲しいと思う。
 

2008-07-26

なぜ、この仕事を続けている? の投票結果

1. 好きで選んだ仕事だから 10 45%
2. この道で一流になりたいから 6 27%
3. お客さんに喜んでもらえるとうれしいから 5 22%
4. 生計を立てるため 4 18%
5. いまさら変えるのは面倒 3 13%
6. サラリーがそこそこいいから 3 13%
7. キャリアアップしたいから 3 13%
8. なんとなく 2 9%
9. この会社(組織)が好きだから 1 4%



投票総数 22名(複数回答可)


ちなみに、1と2と3と7と9はポジティブな回答、5と6と8はどちらかと言えばネガティブな回答となる。ポジティブな回答が上位にいったので、まずは安心。

なお、「好きで選んだ仕事だから」は組込みの場合、どちらかと言えば業務ドメイン(例えば車なら車関係、カメラ好きならカメラ関係)やものづくりに関係している組込み業界に愛着があるという人が多いのではないだろうか。

「この道で一流になりたいから」は業務ドメインだけではなく、ソフトウェアエンジニアとして一流になりたいという意味も含まれる。「キャリアアップしたいから」はスキル向上、出世に対する意欲を示している。

「お客さんに喜んでもらえるとうれしいから」は顧客満足が仕事へのモチベーションにつながっているので、多少辛いことがあっても前向きに仕事に取り組んでいける可能性が高い。

一方で、「生計を立てるため 」「いまさら変えるのは面倒」「なんとなく」はやや投げやりであり、一時的な感情であればいいが、長期的にそのような感覚を持ち続けているであれば、「好きで選んだ仕事だから」「この道で一流になりたいから」「お客さんに喜んでもらえるとうれしいから」といったポジティブな気持ちになるには何がどう変わればいいのかを考えることが必要だと思う。

長い人生の中で仕事を続けていくのだから「好きで選んだ仕事だから」「この道で一流になりたいから」「お客さんに喜んでもらえるとうれしいから」と思えるようになりたいものだ。
 

2008-06-08

カイゼンの範囲

日経ものづくりのセミナーで『トヨタ流モノづくりの人づくりの心 伝承塾~中堅社員コース~』というのが載っていた。(申込み受付は終了したとのこと)

講師はトヨタ自動車TQM推進部課長の方で、社員のやる気向上を基本に人財育成、国内企業の繁栄の為の社会貢献活動を行い「トヨタ流:モノづくりと,人づくり 心の伝承塾」を設立し,社内外を問わず精力的に講演活動を実施しているのだそうだ。

トヨタが惜しげもなく自組織での事例を外部に紹介するのは、このようなセミナーを通じてまったく違う業種、業務の人たちが行っている活動からトヨタ自体が得るものも大きいかららしい。

この話はソフトウェアエンジニアが組織の外で直接的な企業活動とは別にコミュニティ活動やIPA SEC(ソフトウェアエンジニアリングセンター)の活動などをすることにも通じる。

組織の外に出て、自分たちとは違う環境の人たちの活動や考え方、成功体験、失敗体験を聞くのは技術者個人の刺激にもなるし、いずれは自組織の改善にも役立つと思う。

でも、組織への貢献の度合いを数字で表すのは難しいので、組織の外で何らかの知見を得たことがない上司しかいないと、部下がそのようなコミュニティ活動したいといっても許可してもらえない場合がある。

組織の外には役に立つ情報があふれている(役に立たない情報もあふれているが・・・)のに、それらを利用せずに自分たちだけで解決方法を見つけようとするのはとてももったいない、非効率的だと思う。

さて、トヨタのセミナーの話に戻ろう。以下、セミナーの目次の一部だ

トヨタ流モノづくりの人づくりの心 伝承塾~中堅社員コース~ 目次より引用】

2.【「お客様第一」の本質とは何か,その大切な心について】
【A】企業や社員が戦う相手は何か?
【B】お客様の心に感動につながる仕事をしてこそ,成果が認められる
【C】商品の品質不良と,そのトラブル対応の重要性について

<トヨタの事例紹介>
(1)「1本の電話応対で3億円の仕事を失った話」
(2)「嫌われ,つまはじきにされた一人の社員が会社をナンバー1にさせた」
<一般事例紹介>
(1)「デパートに夢を買いに来たお客様への心ない店員の対応」
(2)「風呂場の掃除作業員が,日本一のゴルフ場にさせた話」
(3)「お客様の心に感動と言う商品を提供した店員の話」
(4)「レストランの店員のルールを破ったまごころの対応」


5.【仕事の業績を上げる職場改善の基本】
【A】問題解決に重要な「現地現物」の行動
【B】改善の基本は徹底した「なぜなぜ」の追求
【C】現場改善のネタを見つける方法
【D】職場にある7つのムダ
【E】「4S」の心と必要性について
【F】生産品質の管理と改善について
【G】新技術創造の環境づくりと発想のコツ
【引用終わり】

セミナーの目次を見ただけでも、ためになりそうな話が満載のようだ。でも、残念ながらこのセミナーに参加する予定はない。

さて、今回の記事で言いたいことは改善の範囲のことだ。あまり深い掘り下げはない。

何が言いたいかというと、改善を実施し顧客満足を高めることを考えるときは、メーカーだけでなくサプライヤーも含めて考えて欲しいということだ。

自分は現在メーカーに所属しているが、ソフトウェアを発注している会社を「外注」とは言わず「協力会社」と言うようにしている。「外注」ということばには何か見下したような響きを感じるからだ。

自分は協力会社のソフトウェア技術者の中に非常に優秀な人が何人もいるのを知っているし、彼らと仕事をすることでこれまで何回も助けられたし、何年も一緒に仕事をしていると仲間意識も強くなった。

サプライヤーはその名の通り供給者という意味で、ソフトウェアを請負契約で発注して、ソフトウェア(部品)の供給を受けるのでサプライヤーと呼ぶ。

大きな組織になると、メーカーは納期短縮のツケを結果的にサプライヤーに押しつけることになることがあると思う。発注者と受注者の関係があるためどうしても受注者の方が立場が弱くなる。

しかし、メーカーはサプライヤーの協力なしに顧客満足の向上を達成することはできない。メーカーのエンジニアだけが顧客満足の達成を実感し、サプライヤーは黙々と仕事してその対価としてサラリーをもらうという構図は何とかなくせないのだろうか。

そしないと、このブログで再三主張しているように、組込みソフトエンジニアのモチベーションの源泉を、実際に組込み機器を使ってくれる顧客の満足に重ねることができるのはメーカーの技術者だけで、サプライヤーの技術者には関係のないことになってしまう。

現場で製品作りをしてきた者にとって、メーカーの技術者とサプライヤーの技術者にそれほど大きな違いはないとずっと感じていた。むしろサプライヤーの技術者にも、その製品がどのようにユーザーに使われるのかをよく知ってもらった方が、よりよい製品、顧客満足の高いソフトウェアを作り上げることができると思っている。

だから、自動車でも携帯電話でもなんでもいいが、メーカーはサプライヤーのエンジニアを仲間であるという意識を持って、ソフトウェア開発に関するカイゼンの範囲に含めて考えるべきだと、『トヨタ流モノづくりの人づくりの心 伝承塾~中堅社員コース~』の内容を見たときにふと思った次第である。
 

2008-05-05

『はじめての課長の教科書』を読む

はじめての課長の教科書』という本を読んでいる。 2008年4月5日に第6刷までいっている。今日現在でも Amazon で総合20位だ。

著者の酒井穣さんのプロフィールは次のようなものだ。

酒井穣(さかい・じょう)

1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、オランダTilburg大学TiasNimbas Business School経営学修士号(MBA)首席(The Best Student Award)取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事。その後、ヘッドハンター経由でオランダの精密機械メーカーに転職し、オランダに移住する。主に知的財産権本部に所属し、特許マーケティングと特許ポートフォリオの管理を担当する。現在も知的財産本部の仕事に精力的に取り組みながら、オランダの柔軟な労働環境を活用し、2006年末Google Mapsなどを利用したウェブ・アプリケーションを開発するベンチャー企業J3 Trust B.V.を創業。最高財務責任者(CFO)としての活動を開始する。オランダでの生活、経営や育児、語学などの幅広い話題をカバーする人気ブログ、NED-WLTの管理人。
1972年生まれって、36歳ってことか・・・ 自分は36歳のとき何をしていただろうか。

例によって例のごとく、はじめにから一部を引用したい。ちなみに、よいと思った本の一節をキーボード叩きながら書き写すとただ単に読むよりもより頭の中に浸透する。学校で授業を受けているとき先生が黒板に書いていることをノートに写し取るのと同じだ。

はじめての課長の教科書 はじめにより引用】

 課長って、いったい何なのでしょうか。
 組織の中で、課長として成功することができれば、さらに輝かしいキャリアを歩むことができるでしょう。
 しかし現実には、多くのビジネスマンが課長のすぐ手前で昇進につまずいてしまったり、課長になったとたんに、人材の輝きが失われてしまうケースが少なくありません。キャリア形成において、課長という地位は、どうやらボトルネックに当たるようなのです。
 強調したいのは、多くのビジネスマンには、人生のうちの一度くらいは、課長に近い立場で仕事をするチャンスが訪れるということです。
 であるならば、世のビジネスマンたちは、課長として成功するための方法論に、もっと関心を向けるべきだとは思いませんか?

中間管理職向けビジネス書が見あたらない不思議

 課長のためのいいテキストはないか、世の中にあふれるビジネス書を広く調べてみたところ、その結果は意外なものでした。
 末端社員向けの実務的なノウハウ集や、経営者向けの専門書は多数見つかっているのですが、中間管理職一般の仕事について詳しく書かれたビジネス書というのは本当に少ないのです。
 さらに経営学の研究者たちの間でも、中間管理職の重要性に注目している人はとても少なく、むしろ中間管理職は組織のフラット化とともに「消え去るべきもの」として攻撃の対象にすらなっていることがわかりました。

 この結果を受けて、私にはピンとくるものがありました。
 マネジメント理論は、基本的には欧米から輸入されたものです。欧米発信の理論には、当然のことながら、日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点はありません。
 私は、これまでに日本の企業組織と欧米の企業組織の両方で働いた経験があり、現在は欧州でベンチャー企業を立ち上げ、経営者として活動しています。
 また私は、ファイナンシャル・タイムズのヨーロッパMBAランキングで8位に選ばれ、オランダ国内のランキングでは常に1位か2位に付けている欧州トップクラスのビジネス・スクールを主席(The Best Student Award)で卒業し、マネジメントの理論もそれなりに身につけています。
 ゲーテが「外国語を知らない者は、自国語も知らない」と言ったように、欧米の文化の中でインサイダーとして深くビジネスに関わってきた私には、日本の企業組織ならではの強みが見えるのかもしれません。

中間管理職は念頭にない欧米のマネジメント理論

 欧米の企業では、経営者と従業員は対立する立場であると考えられています。そのため、欧米を中心に開発され、発達してきたマネジメント理論というのは、企業組織を経営者(=支配者)と従業員(=被支配者)に分けて考える二元論をベースにしています。
 ですからマネジメント理論では、従業員はあくまでも従業員に過ぎず、それを中管理管理職と末端社員に分けて考えるという発想はほとんどありません。
 :

【引用終わり】
マネジメント理論は、基本的には欧米から輸入されたものです。欧米発信の理論には、当然のことながら、日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点はありません。
の「マネジメント理論」というところを「ソフトウェア工学」と置き換えても同じではないかと常々感じている。特に人間の心理や組織の在り方が強く影響するソフトウェアの世界では日本企業の「特徴」や「強み」を活かそうという視点が必要だと痛感する。同じ人間が考えていることなので欧米発信の理論でもそのまま役に立つことが圧倒的に多いが、もしも現場でうまくいっていないのなら、それは日本人の気質や日本企業特有の問題が関係していることが多いはずだ。

そう考えると、『はじめての課長の教科書』で問題提起されていることがらが、欧米発信の理論がうまく適用できない場合のヒントになる可能性が高いと感じる。

はじめての課長の教科書』の目次を見てみよう。

第1章 課長とは何か?

1 課長になると何が変わる?
2 課長と部長は何が違う?
3 課長と経営者は何が違う?
4 モチベーション管理が一番大事な仕事
5 成果主義の終わりと課長
6 価値観の通訳としての課長
7 課長は情報伝達のキーパーソン
8 ピラミッド型組織での課長の役割
9 中間管理職が日本型組織の強み

第2章 課長の8つの基本スキル

スキル1 部下を守り安心させる
スキル2 部下をほめ方向性を明確に伝える
スキル3 部下を叱り変化をうながす
スキル4 現場を観察し次を予測する
スキル5 ストレスと適度な状態に管理する
スキル6 部下をコーチングし答えを引き出す
スキル7 楽しく没頭できるように仕事をアレンジする
スキル8 オフサイト・ミーティングでチームの結束を高める

第3章 課長が巻き込まれる3つの非合理なゲーム

ゲーム1 企業の成長と阻害する予算管理
ゲーム2 部下のモチベーションと下げかねない人事評価
ゲーム3 限られたポストと予算をめぐる社内政治

第4章 避けることができない9つの問題

問題1 問題社員が現れる
問題2 部下が「会社を辞める」と言い出す
問題3 心の病にかかる部下が現れる
問題4 外国人の上司や部下を持つ日が来る
問題5 ヘッドハンターから声がかかる
問題6 海外駐在を求められる
問題7 違法スレスレの行為を求められる
問題8 昇進させる部下を選ぶ
問題9 ベテラン係長が言うことを聞かなくなる

第5章 課長のキャリア戦略

戦略1 自らの弱点を知る
戦略2 英語力を身につける
戦略3 緩い人的ネットワークを幅広く形成する
戦略4 部長を目指す
戦略5 課長止まりのキャリアを覚悟する
戦略6 社内改革のリーダーになる
戦略7 起業を考えてみる
戦略8 ビジネス書を読んで学ぶ

はじめての課長の教科書』を読んでハッと思ったのは、「エース級社員は自由にしておいてもよい」とか「Cクラスの社員に対して、自分ができることは他人にもできるはずという発想で当たるのは最も大きな誤り」とか「動き回る管理職 MBWA= Management By Wandering Around が求められる時代」などといったさまざまな実際に思い当たる多くのヒントだ。

ただ、もう一つ思ったのはこの本に書かれていることをすべて遂行することは自分にはムリだということだ。

悲しいかな、欧米発ではなく日本人の気質や日本の組織に起因する良いところは、人工的には作り出すことは難しい、すなわち、もともと日本人として備わっている、個々にしみ込んでいることがらであれば、それを呼び覚ますことはできるが、性格や個人のポリシーを変えることはできないということである。

具体的には『問題9 ベテラン係長が言うことを聞かなくなる』の中で、「自らを権威づけする」という項目があり、課長が弱腰になってしまうと、部下全員が動揺してしまうという説明がある。

課長である自分に普段からこまめに権威づけしておくことは、部下から無駄な攻撃を受けないためにも大切なことで、いかにも権力の弱そうな課長では血気盛んな優秀な部下の攻撃をわざわざ呼び込むようなものであり、権威づけとは、いわば課長が自らに「権力のブランド」を構築するということであり、孔雀の羽のようなもので、ある程度まで虚飾性が入り込むことは避けられない、くだらないインチキだと思っても、権威が人の態度に大きな影響を与えるということは疑えない人間社会の現実だということが解説されている。

このことはとてもよく理解できる。理解できるけれども、自分は「自らを権威づけする」のが嫌いだし、それはポリシーに反するし、自らを権威づけしておりそれが虚飾である人は信用できないし、自らを権威づけしてそれが虚飾ではないかと疑われるのがイヤだ。

そんなポリシーを守っていることで血気盛んな優秀な部下の攻撃をわざわざ呼び込んでしまったり、権威の傘なしにロジックで勝負しなければいけないため多くの労力を要したりする。

「自らを権威づけする」ことが組織の中では必要だと理解しつつも、自らのポリシーにより受け入れがたい。出世欲みたいなものもないのでデメリットも少ない。

そう考えると、やっぱり自分が想定しているのは「個人商店の職人」なのだなあと思う。個人商店の職人は大きな組織の一員ではないので自らを権威づけする必要がない。店を訪れてくれたお客を満足させ、「うまい」と納得してもらい、プロフェッショナルの仕事に対する対価をいただき、また店を訪れてもらうことに生き甲斐を感じる。

だからこそ、大きな組織の中の一員としては思い通りのハンドリングできないことがあるし、「なぜそうなのか」の問いの多くに『はじめての課長の教科書』は答えてくれるのだ。

はじめての課長の教科書』は日本の中間管理職のメリットの面を大きくクローズアップした希有な存在だと思う。そこで、自分がお勧めしたいのは、『はじめての課長の教科書』と同時に、日本の中間管理職のデメリットの面を大きくクローズアップした『ここが変だよ日本の管理職』を同時に読むことだ。

『ここが変だよ日本の管理職』の記事に書いたように宋 文洲さんは、日本の組織の良くない点悪習を外国人の目で鋭くえぐり出している。

組織の中でどんな行動を取るべきなのか、何が正解なのかは、自分でもよく分からない。個人のしあわせが大事なのか、組織の成功を優先させるべきなのか、優秀な中間管理職を目指すことが必要なのか、本当に個人商店になってしまうのがよいのか。

今のところ一つだけ思い当たるのは、『はじめての課長の教科書』にも書いてあるように個人にしろ、組織にしろ、プロジェクトにしろ、新人と中間管理職の関係にしろ、価値観が共有できるところを見つけたいということだ。

顧客満足を高めるという価値観を共有することができれば、 芯の部分ではわかり合えるはずだと思う。これって日本人だけの感覚なのだろうか・・・
 

2008-01-05

問題解決能力(Problem Solving Skills):自ら考え行動する力

正月休みに『世界一やさしい問題解決の授業』(渡辺健介著)という本を読んだ。

いつものように、まえがきを紹介したいと思う。

世界一やさしい問題解決の授業のまえがきより】

 みなさんの将来の夢は何ですか? 今どのような悩みがありますか? 壁に直面したとき、自分の力で乗り越え、人生を切り開いていけるという自信はありますか? それとも、あきらめてしまいそうですか?
 この本で紹介する「考え抜く技術」、そして「考え抜き、行動する癖」を身につければ、たとえば苦手な教科を克服する、部活でよい成績を残す、文化祭を盛り上げるといった、日常生活で直面するさまざまな問題を解決できるようになります。そして、自分自身の才能と情熱が許すかぎり、夢を実現する可能性を最大限まで高めることができるようになります。
 つまり、自ら責任が持てる人生、後悔しない人生を生きることができるようになるのです。
 どんなに大きく複雑に見える問題でも、いくつかの小さな問題に分解すれば解けるのです。一度そのことに気がつけば自信がつくし、前向きになるし、精神的にも余裕ができます。そして、自ら考え、決断をし、行動することの楽しさを知り、人生を切り開くために必要な癖が身につくのです。
 この本を紹介する問題解決の手法は、ぼくがかつて働いていたマッキンゼーという経営コンサルティング会社で活用されているものを基にしています。マッキンゼーは企業の社長さんや政府・非営利団体のリーダーの方々にアドバイスする会社で、日本や世界を代表する企業の戦略を立てるときにも、この手法が使われています。それだけでなく、これは個人の問題を解決するためにも必ず役に立ちます。ぼくは22歳でこの思考法と出会い、そのとき、「これが『考える』ということなのか! なぜこれをもっと早く教えてくれなかったんだろう」と強く思いました。そして、なるべく多くの人にこの思考法を伝えられればと思い、この本を書くことにしたのです。
 この本では、最低限必要なものに絞って、シンプルに紹介してきます。
 1限目では、自分で問題を解決することのできる人を「問題解決キッズ」と名づけ、それはどのような人なのか、問題解決の流れはどのようなものなのかを、ひととおり説明します。
 2限目では、中学生バンド「キノコLovers」がより多くの人にコンサートに来てもらうためにはどうすればよいかを、問題解決の手法を使って解く例を紹介します。
 3限目では、CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんが、まずパソコンを手に入れるために具体的な目標を立て、達成する方法を考え出す例を紹介します。
 問題解決能力を身につけることは、けっして、人の感情がわからない「冷たい論理的な人」になるということでも、口が達者で自分のことしか考えない「個人主義で身勝手な人」になるわけでも、日本人的なよさを失い「欧米的な考えをする人」になることでもありません。
 自分の力で考え抜き、行動をする人になる、自分の力で人生を切り開く人になるということなのです。
 さあ、一緒に問題解決の思考法を楽しく学びましょう!
 みなさんも一歩踏み出す力がきっと身につくはずです!

【引用終わり】

この本、ダイヤモンド社から1200円(+税)で2007年6月に出版されているのだが、4ヶ月でなんと13刷りまで増刷されている。まえがきからも分かるように、子供もターゲットの中に含まれている点が幅広い層から支持されているのだと思う。

著者の渡辺健介氏は、デルタスタジオをいう会社を作って、この問題解決の授業を実際に子供達に教える活動も行っている。

さて、冒頭に掲げた絵はこの本の中での子供達の分類を表している。子供になぞらえているが実際には大人の世界で考えた方がよりリアリティがある。

【「図1-1 問題解決キッズは最短距離でゴールにたどり着く」より】

「どうせどうせ」子ちゃん
  • 考えないし行動もとらないので、ゴールにはたどり着かない。
  • やってみないから何も学ばないし、自信もつかない。
  • グチを言って日々過ごす。
「評論家」くん
  • 何が問題か、だれが悪いか、何をすべきかは言えるが、自分では行動しない。
  • リスクや結果に対する責任をとらない。
「気合いでゴー」くん
  • わき目もふらずに前進あるのみ! へこたれずにがんばるが、ムダが多く、ゴールに最短距離でたどり着けない。
  • 行動した結果から学ばないので、進化するスピードが遅い。
「問題解決キッズ」
  • 適度に考えて、行動して方向修正して・・・を繰り返し、最短距離でゴールにたどり着く。
  • 実行の結果から毎回何かを学び、進化していく。
【引用終わり】

みなさんの周りにも「どうせどうせ」子ちゃんや「評論家」くん、「気合いでゴー」くんがいるのではないだろうか。自分は「問題解決キッズ」だと自負している人でも、一時的に「どうせどうせ」子ちゃんや「評論家」くん、「気合いでゴー」くんになることはある。しかし、いかに「問題解決キッズ」が少ないことか。子供の世界でも、あらかじめ答えのある問題しか解かせていないせいか「問題解決キッズ」は少ない。

渡辺氏は、「問題解決キッズ」は他の3人と「進化するスピード」がまったく異なると主張している。スタート地点では、全員100の力があると仮定し、「考え抜き、行動する癖」がある人とない人の進化のスピードをシミュレーションしている。

Aさんの進化のスピードが毎月1%、Bさんは5%、Cさんは10%で進化するとすると、3年後にはAさんとCさんでは22倍、BさんとCさんでも5倍の差が付く計算になる。10年、20年と人生を積み重ねていけば、その差は果てしなく広がる。「考え抜き、行動する癖」を身につけているか否かがその差になる。

さて、この本では問題解決の流れを 次のような工程で説明している。

【問題解決の流れ】
  1. 現状の理解
  2. 原因の特定
  3. 打ち手の決定
  4. 実行
この順列はプロジェクトマネジメントで提唱される P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Action)の流れにも似ているが、PDCAのP(Plan)の部分がより詳細に、「現状の理解」「原因の特定」「打ち手の決定」と分解されている点に注目すべきだと思う。

別な言い方をすれば、問題解決のためには分析の工程がポイントであり、十分に分析しないでPDCAのサイクルを回してしまうと問題解決に時間がかかる可能性がある。PDCA回しているのに「気合いでゴー」くんになってしまう危険性もあると思う。

世界一やさしい問題解決の授業』では、問題解決のためのツールとして
  • 分解の木
  • はい、いいえの木
  • 課題分析シート
  • 仮説の木
  • 意志決定ツール
などを紹介して分析工程の充実を図っている。日本にも品質管理の世界ではQC7つ道具とか新QC7つ道具といった分析ツールが使われており、課題解決の際に重宝している。でも、このような分析ツールは実際にどれだけ使われているだろうか。自分の実感としては、日本では特に「考え抜き、行動する癖」が欠落し、問題を分析する機会が減っているように思う。

さて、実際の問題解決の方法論については『世界一やさしい問題解決の授業』を読んでいただくとして、この本で紹介されている。中学生バンド「キノコLovers」がより多くの人にコンサートに来てもらうためにはどうすればよいかの問題解決の手法と、CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんが、まずパソコンを手に入れるために具体的な目標を立て、達成する方法を考え出す例を読んだ感想を書きたいと思う。

まずは正直にいってげっそりしてしまった。なぜかというと、題材は子供向けではあるが、実際にやっていることはプロのイベント屋さんがやっているマーケティングや、ファイナンシャルプランナーの理論であり行動なので、何しろ「重い」。

自分が中学生になったつもりで問題解決の手法を実行することを想像してしまうと「重い」し、途中でくじけそうな気がしてしまう。

そう考えると、問題解決のための手法はこの本を参考にして身につけたとして、一番大事なのは問題解決の意志、モチベーションを問題が解決するまで高く持ち続けることができるかどうかだと思った。

だからこそ、この本の問題解決の例題が「キノコLoversがより多くの人にコンサートに来てもらうため」であり「CGアニメの映画監督になることを夢見るタローくんがパソコンを手に入れる」なのだ。当事者にとって何としても達成したい目標があるからこそ、問題解決の手法を使って行動する活力が沸いてくる。

自分はイマイチ、キノコLoversやタローくんに感情移入しきれなかったため、げっそりしてしまったが、自分自身の達成したい目標が課題なら気分はまた違う。

組込みソフトエンジニアにとって、問題解決の実現する活力(モチベーション)をどこに持って行くのかが実は難しい。

例えば、サラリーアップのような目標は問題解決を実現するモチベーションにはなりにくい。問題を解決しなくても、上司にゴマをすることで目標を達成できてしまうかもしれない。

組込み製品開発における問題は品質、コスト、納期、制約条件のクリアなどさまざまだが、組織としての最終目標は製品を完成させて製品が市場に受け入れられること、もっとストレートに言えば商品が売れることだ。

でも、商品が売れることに個人のモチベーションを重ねるのはどうかと感じる。そこで、提案したいのが顧客満足を問題解決を実現する活力(モチベーション)とするという考え方だ。

提供した商品をお客さんに満足してもらうこと目標に掲げ、問題解決を実現する活力になれば、商品開発で発生するさまざまな課題を問題解決のツールを使いながら乗り越えることができるし、エンジニア自身がみるみる進化する。商品の品質は顧客満足であるという考え方があるように、顧客満足を高めることは組織の目的にも合致する。顧客満足を高めることを個人の目標にできれば、組織の目標にもなるので都合がよい。

実際、自分自身はこのことがETSSで定義されるような技術的なスキルよりも大事だと考えている。それがこの記事のタイトルにした問題解決能力(Problem Solving Skill)だ。問題解決を実現する活力(モチベーション)を保ちながら、問題解決能力(Problem Solving Skill)を高めることができれば、エンジニア個人も進化するし、商品開発も成功に近づく。極端に言えば、問題解決能力(Problem Solving Skill)が高ければ、技術的スキルは最初なくても、当然必要であることに気がつくためいずれ身につく。

もう一つ、エンジニアの考え方として大事なのは「貢献」だと思う。自分は何にどのような貢献ができるのかと考える。例えば、組織に対して、社会に対して、家族に対して、コミュニティに対して。

貢献という視点は、所属する範囲の中の自分を意識し、その役割を意識することにつながる。だから、自分がやりたいことをやるのではなく、何が貢献できるのかという視点で考え、行動すると、成果は必ず評価されるはずだ。

これを機会にみなさんにも、問題解決能力(Problem Solving Skill)と問題解決を実現する活力(モチベーション)、貢献の視点、この3つについて考えていただきたい。 

P.S.

世界一やさしい問題解決の授業』の著者、渡辺健介氏は、あとがきで、次のように述べている。

【あとがきより引用】

 問題解決能力に似たクリティカル・シンキングは、英米の一部の学校で、国語や歴史などの授業を通じて教えられています。次世代リーダーを育てるために、まず感情を揺さぶるような刺激を与えて問題意識を持たせたうえで、「問題の本質は何なのか」「自分だったらどうするのか」を問いかけることで、リーダーとしての責任感や意志決定能力をみにつけさせ、個人の価値観を結晶化させるのです。
 私自身、中学校二年生からアメリカで教育を受けたのですが、最も衝撃的だったのがグチニッチハイスクールでの米国史の授業でした。
 たとえば、公民権運動を取り上げる際には、黒人差別の映像-子供も女性も圧力ホースで吹き飛ばされ、警察犬にかみつかれる様子-を、あらゆる人種が混在するクラスメイト全員で見るのです。生々しい感情や体験を目の前につきつけられました。さらに、キング牧師の自伝はもちろん、弾圧する側だったKKK(クー・クラック・クラン)の資料や、関連する小説を読み、多様な視点で考えることを求められました。

【引用終わり】

日本の教育や生活の中で圧倒的に不足しているのが、このような感情を揺さぶるような刺激を受けて問題を考えることのように思う。テレビの中では議論は交わされているが、視聴者はそれをただ見ているだけ。ただ、米英の教育をまねすることがいいのか、そうすると日本人のアドバンテージが失われてしまうのかどうかはまだよく分からない。

ただ一つだけ言えるのは、問題解決能力の低い人間を寄せ集めても、物事はちっとも先に進まないということだ。
 

2007-07-07

30人以上のプロジェクトはプロがマネージメントしないと倒れる

PMI東京支部月例テクニカルセミナー 組込み系プロジェクトの現状と課題-プロジェクトマネジメントの専門家への要請-(講師 株式会社 プロセスネットワーク 金子龍三 氏)に参加し、今後、組込みソフトエンジニアがどのように対応していけばよいのかイメージがわいてきた。

冒頭の絵は、30人30万行以上のプロジェクトでは、プロのプロジェクトマネージャがぐいぐいと引っ張らないと凧(プロジェクト)空に上がらず、地に落ちるというイメージだ。30人30万行という数字は目安でありソフトウェアの複雑度によっても変わると思うが、30人30万行の規模でプロジェクトマネージメントの技術を使わずに、品質の高いソフトウェアをスケジュール通りにアウトプットすることはほとんど不可能だろう。

もしも、この規模のソフトウェアプロジェクトで、なんとかスケジュールが間に合っているのであれば、それは、プロジェクトメンバーの誰か(全員か一部か、それともサプライヤか)が死ぬほど働かされているはずだ。要するに人海戦術的なアプローチで乗り切ろうとしているのだ。そして、苦労してリリースしたソフトウェアの品質はかなり危うい状態にある。

大きな組込みソフトウェアプロジェクトで必要なプロジェクトマネジメント技術とは次のようなものだ。
  • 技術戦略、技術マネジメント
  • プロダクトリスクマネジメント
  • 予算統制
  • 再利用資産開発
  • 専門家集団との連携
このようなプロジェクトマネジメント技術なしに、「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」(アメリカ人と日本人の記事を参照のこと)が、プロジェクトを進めようとしても、凧は空に舞い上がることはない。風(エンジニアリングを受け入れる環境)が吹いていない状況で、にわかプロジェクトリーダーがプロジェクトという凧を揚げようとすると、スピードが出ないため凧をずるずると地面を引きずってしまう。

さて、プロジェクトマネージメントの技術はプロジェクトマネージャがその道の専門家から学び実戦経験で培ってもらうとして、組込みソフトエンジニアを目指す若者は30人30万行のソフトウェアプロジェクトの中でどういう心構えで毎日の仕事に臨めばよいのだろうか?

組込みシステムでプロの組込みソフトエンジニアとして成功するにはどうすればいいのかという観点で考えてみた。

【-大規模組込みシステムで-プロの組込みソフトエンジニアとして成功するには?】

<自分が選んだ業務ドメイン(業界)の知識、技術を徹底的に身につけ、その道のプロと呼ばれるようになる>
  • 自分がこれからずっと関わる領域がストレートに好きであり、自分の技術を磨いてよりスキルが高まることに喜びを感じられることが一番大事
  • 業務ドメインのプロと、ソフトウェアエンジニアとしての両方のプロになることが必要
  • その道のプロとして終わりなき技術鍛錬に挑み続ける覚悟もないとダメ

<自分が作ったソフトウェア資産が、顧客満足を高めていることを実感できること>
  • 一回切りではない、長く使われる品質の高いソフトウェア資産をアウトプットし、その資産が顧客満足を高めることに貢献することが、エンジニアとしてのモチベーションの源泉となる
  • そのためには、ソフトウェアシステムのアーキテクチャ(構造)を可視化する技術が必要
  • 自分が構築したソフトウェア資産はコレで、この資産が、商品のこんな機能や性能を実現しており、その機能・性能が商品のウリにつながっていると説明できるようにならねばならない
  • それができないと、大きな組織の歯車の一つとして扱われ、一生日の目を見ない技術者になってしまう危険性がある
<組織を動かせるエンジニアになること>
  • 組込みソフトの世界には、ハードウェア出身、工場出身の上長、組織上位層がたくさん存在する
  • ソフトウェアの特徴(複雑性や不具合の見つけにくさ)などを知らない者を相手に主張を通せるようにならなければいけない
  • ソフトウェアは見えにくいため、自分や自分たちが構築したソフトウェア資産が、商品を通じてどのように顧客満足を満たしているのかを説明し、これを維持発展させるために必要なリソース、時間、資金を勝ち取らなければいけない
  • 交渉し、主張し、提案や意見を通すことができなければ、よく働く都合のよい作業者となってしまう

じゃあ、そこまでして組込みソフトエンジニアを目指すのはなぜだろうか?

【なぜ組込みソフトエンジニアになろうとするのか】

<好きなこと(市場・ドメイン)にずっと携わっていられる>
  • 車好きでエンジン制御のソフトを作っている
  • カメラが好きでカメラのソフトを作っている
  • 音楽が好きで電子ピアノのソフトを作っている
<ものづくりの楽しみ>
  • 何もないところから少しずつ組み上がって完成する様を体感できる
  • 自分のくふうが商品の機能や性能に反映される
  • いろいろな商品から自分が作ったものをお客さんが選んで、満足してくれている喜び
  • ヒット商品を世に出すことができたときの満足感
  • 民生品ならば見ず知らずの人が自分が作った商品を手にしているところに遭遇することもあるかも
<社会に貢献しているという喜び>
  • 社会インフラを支えている裏方としての誇り
  • 自分の仕事の成果が多くの人々の役に立っているという喜び
ソフトウェアの規模が大きくなってくると、自分が作っているところが実感しにくくなり、自分のくふうが見えにくくなり、役割分担が必要になってソフトウェアシステム全体を個々の技術者が把握できなくなってくる。


そうなると大事なのは、顧客満足の向上と技術者のスキルのスパイラルアップ(左図)を実現させることだ。

  1. ニーズを分析
  2. 技術的困難を克服
  3. ユーザーニーズを実現し満足を得る
  4. 新たな技術獲得への欲求が生まれる
このサイクルを繰り返しながら、スキルを高め、顧客満足を高めることに貢献していることを組織に示していく。

そして、顧客満足を高めることを示すには、ソフトウェアシステムのアーキテクチャを可視化しニーズを実現しているソフトウェア資産を指し示すことができないといけない。

日本の組込みソフトエンジニアは同じ市場に同じような商品を投入し続け、他社製品のよいところや市場クレームを吸い上げて、性能を落とすことなくソフトウェアを最適化する能力を持っている。しかも、作り上げたソフトウェアの品質が高い(規模が小さい場合)。

でも、今のままのすり合わせ的組込みソフト開発アプローチにはデメリットもある。デメリットを克服しながら日本の強みを生かす方法はこちらの記事を参照していただきたい。

これまで築き上げた職人技をアーキテクチャとして可視化し、再使用資産を抽出した上で他社がまねできないコアアセットを軸に商品コンセプトや強みを前面に押し出す。もともと品質は高いので、開発効率も上がり他社に負けない商品となる。

今後、大規模・複雑化した組込みソフトウェアのアーキテクチャは組込みソフト開発にとって重要な要素となり、場合によってはソフトウェアエンジニアの組織構造の方を、商品群のソフトウェアアーキテクチャに合わせていく必要も出てくる。(コアアセットを開発するチームをアプリケーション開発部隊から切り離すなど)顧客満足を十分に実現しているアーキテクチャは組織の重要な資産であり、優れたアーキテクチャは美しくもある。

ただ、組込みアーキテクトは商品開発の中で、泥臭い部分も飲み込んでいかなければいけない。組込みソフトがどんなに大規模化しても、昔も今も関係なく組込みアーキテクト・組込みプロジェクトのリーダーには、大工の棟梁としての素養が求められる。
  • しがらみや制約条件の中で舵取りができる決断力
  • ハードウェア出身、工場出身の上司・関係者との交渉力 
  • アーキテクチャ(ソフトウェアの構造)の善し悪しを判断し悪い所を指摘し、良い例を提示できる実績と経験
組込みソフトプロジェクトを成功させ、組込みソフトエンジニアとして成長するには、さまざまな素養を身につけないといけないのだ。そして、プロジェクトが30人30万行の規模以上なら、プロジェクトマネージメントの技術も学んでいかなければならないということだ。
 

2007-05-26

カイゼンを実現できる多能工を目指そう!

R30氏のブログ R30::マーケティング社会時評 の記事『ポリバレント=多能工って言えばいいんじゃね?』を読んで、トヨタ生産方式の強みについてどんな人材がカイゼンに向いているのかイメージが沸いた。

「Polyvalent:ポリバレント」とは本来は科学用語で、日本語の意味では「多能工」ということだそうで、「サッカーの日本代表にはポリバレントな選手を登用すべきだ」といった感じで使うらしい。この例では、ひとつのポジション(役割)だけでなく、いろいろなポジション(役割)をこなせるような人材が必要という意味だ。

さて、R30氏はポリバレント=多能工について次のように書いている。

【R30 マーケティング社会時評 「ポリバレント=多能工って言えばいいんじゃね?」より】

 ものづくりの世界での「多能工」の意味には、まず作業負荷の平準化がある。つまり、ある工程の作業ができる人というのがライン内に複数いることで、その工程の作業負荷が一次的に増えてもそれを前後の工程の人が分担できる、だから生産ライン全体で見るとボトルネックが生じにくい、というのがそれだ。

 ただ、多能工のメリットはそれだけでなくて、複数の工程をこなせるため仕事に飽きが来ない、複数工程にまたがる「カイゼン」の提案ができる、そして熟練すれば単工程の作業をこなせる人よりも多くの人から尊敬を集められる、といったこともある。言うなれば作業者のモチベーションそのものを高めることができまっせ、というのが多能工化の本質的な価値である、とトヨタ生産方式の中では言われているわけだ。

【引用終わり】

多能工の特長としてまとめると次の4つになる。
  1. 工程の作業負荷が一次的に増えてもその前後の工程の人が分担できる。
  2. 複数の工程をこなせるため仕事に飽きが来ない。
  3. 複数工程にまたがる「カイゼン」の提案ができる。
  4. 熟練すれば単工程の作業をこなせる人よりも多くの人から尊敬を集められる。
今、大規模・複雑化した組込みソフトの世界では複数工程にまたがる「カイゼン」の提案ができるエンジニアが少なくなっている。

もともと小規模なプロジェクトで組込みソフトの開発を行っていたころは、上記の4つは誰が指示するでもなく組織の文化として浸透していた。だから、TQC活動(カイゼン活動)も特に違和感なく現場に受け入れられていた。

ところが、作らなければいけない組込みソフトが大規模・複雑化し、設計・開発工程も長く、複雑になってくると、技術者の目標として多能工になるという意識がだんだん薄れてきた。

開発日程の縛りからくる締め付けが組込みソフト技術者から余裕を奪ったことが、多能工になりたいと思う気持ちを萎えさせる最大の要因だと感じる。

余裕がないから、自分の役割だけをこなせばいいやという感覚がプロジェクト内に広がってしまう。このブログサイトで再三書いているように、日本人の技術者は責任と権限が曖昧なまま作業を進める。そのため、責任が明確になっていない状態で自分の殻にこもられると、セクション間のインタフェースの認識違いなどが生じる。そうするとインタフェース仕様の調整などを誰かがボランティアでやらないといけない。

多能工を目指すでもなく、(人に指導できるくらいの)専門性があるわけでもない非常に中途半端な技術者が増えてくると当然「カイゼン」は進まない。

組込みソフトにおける多能工とは組込みアーキテクトのことだと思う。組込みアーキテクトは、要求と制約のトレードオフをしてアーキテクチャの最適化を図る必要があるため、要素技術の知識も必要だし、市場要求についても分析できないといけない。

組込みソフトの世界で多能工(=組込みアーキテクト)になれればカイゼンの糸口が見えるようになるし、自分自身のモチベーションにつながる。

以前、このブログで日本のソフトウェアエンジニアも責任と権限を明確化して仕事をしないといけないと書いたが、だからといって何かの技術の専門家に留まれとは言うつもりはない。責任と権限は意識しつつも、自分の周りの技術にも興味を持ち、「それは自分の領域ではない」とった壁を作らずに多能工を目指すべきなのだ。

それを実現するためには、エンジニアの中に心の余裕がないといけない。しかし、現実的には仕事に追われる日々を過ごしている技術者が多いだろう。でも若いうちに苦労して多能工的な幅広い知識とスキルを身につけておくと、徐々にその知識・スキルが生きてきて工程やアーキテクチャのカイゼン点が見えてきて、カイゼンを実行することによって作業効率を高めることが可能になり、さらにカイゼンを進めることができるという好循環のステージに入る。プロジェクト規模は小さかったけれど、自分はこの好循環のステージを経験したことがある。今では、どうしたら悪循環に陥っているプロジェクトを好循環に変えることができるのか試行錯誤しているところだ。まだ、結論はでていないが、実感としてプロジェクトメンバの中で多能工を目指す姿勢を持ったエンジニアがいることが条件であると感じている。

ところで、R30氏は『ポリバレント=多能工って言えばいいんじゃね?』の記事のなかで、多能工を嫌う人種として専門家ホワイトカラーのことをぼろかすに言っている。(R30氏のいつもの語り口なので、特にぼろかすではないのかもしれないが・・・)

【R30 マーケティング社会時評 「ポリバレント=多能工って言えばいいんじゃね?」より】

・・・いわゆる「専門家ホワイトカラー」系の世界の住人である。この方々は1つの領域に深く深くはまっている人にこそ最高の価値があると思っていて、複数の領域を股にかけて何の専門家なのかよく分からないぐらいいろいろな領域に足を突っ込んでいる人を、ことさら卑下するさげすむ傾向がある。

 「専門性」という名の下に隠蔽されたこれら「専門家」の視野狭窄、柔軟性のなさ、そしてもっとぶっちゃけて言うと「使えなさ」みたいなものは、最近とみに深刻だと思う場面が増えているのだけど、当の専門家の間にはそういう世間の評価に対する反省というのがまったくないというのがさらに深刻ですな。
要するに、知的退廃というヤツでしょうか。

【引用おわり】 (この後のくだりは過激すぎてちょっと書けません)

R30氏は、複数領域の専門性を併せ持っている「多能工」が高い価値を生み出すことができ、純粋学問と社会の間の「実務系学問」の領域くらい、多能工専門家の評価をもっと高くする仕組みがあっていいのではないかと書いているが、自分もまったくそのとおりだとおもう。

専門領域を横断して、要求と制約を最適化する多能工は価値の高い商品やサービスを生み出すことができる。しかしながら、そのような多能工はアカデミアの世界では評価されないし、多能工が解決する領域を研究する学会(たとえば失敗学など)は、専門領域の学会よりも下に見られているように思う。

ちょっと話がずれるが、学会やシンポジウムに論文を投稿する際のしくみをご存じだろうか。投稿論文はすべてが採用されるわけではなく、論文の査読者が投稿論文を査読しふるいにかけ、査読に通ったものだけが採録される。

通常、査読はその道の専門家数名が行う。大抵はアカデミアが行う。そして、投稿論文は採録される場合もされない場合も、査読者が“匿名”の状態でコメントが付けられ、投稿者に通知される。

ここで自分が引っかかるのは、なぜ査読者の名前を伏せるのか? という点だ。自分が投稿するときは多くの場合、多能工的なアプローチが解決する方法論なのだが、それに対する特定領域の専門家のコメントがしっくりこないこともある。このようなときは、コメントの真意を聞きたいこともあるし、場合によってはディスカッションしたいときもある。そもそも、ほめるにせよ、批判するにせよ、匿名でコメントをするというところに釈然としない何かがある。

専門家としてのプライドや誇りがあるのなら名前を隠す必要はないし、その後の意見交換で双方ともに有益な情報を得ることができるかもしれない。もしかして、「投稿者は査読者よりも下だからコメントに反論するなどもってのほか」、だけど、「専門以外の領域横断的なことを聞かれても答えられないから名前を出したくない」のでは、と勘ぐりたくなる。

ともあれ、価値の高い商品やサービスを生み出さなければいけない組込み製品の開発組織では、多能工を目指すでもなく、専門性もないような技術者を作らないようにしなければいけないし、専門領域に閉じこもっている技術者はカイゼン力が弱いということを認識しつつ、多能工でありながら自分の役割もキッチリ果たせるような技術者の育成に努めなければいけない。
 

2007-03-23

組込みソフトで成功できるエンジニアはひとにぎり?

最近、組込みソフトで「成功できる」「楽しく仕事ができる」エンジニアはひとりにぎりではないかと思い始めた。

何を持って成功なのかという話はあるが、ここでは次の2つの条件を含めたい。
  1. クリエイティブでやりがいがある。プロジェクトが終わったときに達成感がある。
  2. 今は大変でも、次は楽になるという希望がある。
大事なのは「クリエイティブ」というところと「次は楽になる」というところ。

組込みソフトもソフトウェアの規模が小さいときは、どんな組込みの現場でもこんな感じだったと思う。ソフトウェアシステムの全体を把握できたし、自分が作ったソフトウェアがダイナミックに製品の振る舞いに反映された。

プロジェクトが終わったときは達成感があり、そのドメインに特化したスキルが身についたことで次の開発では少し余裕ができ、顧客満足を高めるための新しい工夫を考える楽しみがあった。

ところが、今はソフトウェアシステムの規模が大きいので状況が様変わりしている。

まず、プロジェクトメンバの人数が多いのと、関係会社、協力会社との連携が必要になり、技術よりも人間関係やコミュニケーションに時間が取られる。

技術的なことだけやりたいエンジニアも年を重ねると、人のマネージメントをやらされる羽目になる。そして、製品の仕様は自分ではなく誰かに決めてもらうようになって、仕様変更に振り回される。

自分のプロジェクトが成功すると、周りに火を噴いているプロジェクトが必ずあるので、そっちを手伝わされたり、プロジェクトごと合併されたりする。自分たちが確立した効率化の成果をさらに発展させてくれるようにはならず、ひどい悪循環のプロジェクトにぶち込まれて、こっちも効率化することを強いられる。

大規模化した組込みソフトウェアのプロジェクトを成功させるには3つの要素がどれも優れていないといけない。
  1. ソフトウェアの技術力
  2. 要求の分析力と実現能力
  3. チームビルディングの能力
ソフトウェアの技術力が高くてもダメ、要求の分析力と実現能力がないとダメ。ソフトウェアの技術力と要求の分析力、実現能力が高くてもチームビルディングの能力がないと、パワーを一つにまとめることができず開発を成功に導けない。

そして、この三つの要素がどれも満たされプロジェクトが成功しても、その様子を見ていた組織の上位層は成功したプロジェクトのメンバを火を噴いたプロジェクトに回してしまう。

プロジェクト内で一際能力の高さを誇るエンジニアがいると、そこに仕事は集まる。どんどん集まって際限がない。効率を上げれば上げるほどより多くの仕事が振られる。

こんなことが成り立つのはお人好しの日本人だけではないだろうか? 仕様が決まってなかろうが、大幅に仕様を変更されようが、ぶつぶつ文句を言いながら残業して製品を仕上げてしまう。自己犠牲をいとわない国民性・・・

こう考えると、優秀な組込みソフトエンジニアは流動すべきなのかもしれない。流動しないから同じ給料で仕事を振りかけられるのだ。我慢しないで自分の能力や実績を可視化して「評価しないとさよならするぞ」と言えるくらいにならないといけない。

日本のエンジニアはみな奥ゆかしいので自分の成果をアピールするのが下手だ。でも、これからはそれができないと、クリエイティブな仕事や達成感、いつかは楽になるといった感覚を得ることはできないのが今の組込みソフトを取り巻く環境だ。

こんな状況だから、組込みソフトの魅力よりもつらさの方が強くなって人材も集まらない。人材が集まらないから残された技術者に負担がのしかかる。

あまり考えたくないのだが、こんな状況では組込みソフトエンジニア全員がパッピィになるのは難しいように思えてくる。

組込みアーキテクトはギルドを作って、自分たちの立場を主張できるようにならないと浮かばれないのではないかとも思う。

技術を磨いただけではダメで3拍子そろっていないといけないのなら、達成できたときの評価や見返りは満足感だけでもいいからたくさん欲しい。

こんなことを思う今日この頃である。ちょっと悲観的すぎかなあ・・・

どうも、エンジニア系のブログや業界の周りの人たちを見聞きしているとこんな感覚になってしまう。
 

2006-05-09

30代が主役

何の気なしにテレビのチャンネルを回していたら、作家の村上龍が二人の若者を相手に対談をしていた。

テレビ東京の「カンブリア宮殿」という番組だ。5月9日のゲストは、ミクシィ社長の 笠原 健治氏と、はてな社長の 近藤 淳也氏だった。なんとふたりはちょうど30歳。

ミクシィの笠原氏、はてなの近藤氏は、孫、三木谷に続く次世代のネット起業家と言われており、どちらのサービスも日頃お世話になっている。

ミクシィは日本のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス。知人の紹介による会員制ネットコミュニティ)の最大手、はてなは知りたいことを文章で質問すると、ネット上のユーザーが回答を寄せてくれるシステム、どちらも基本的には無料もしくは低料金で利用できる。

笠原氏は東大出身、近藤氏は京大出身で学歴だけ見るとエリートのように見えるが、官僚を目指すようなテストの点数だけが高いエリートとは決定的に違う点がある。

それは二人とも自分たちのサービスを利用するユーザーのために有用なシステムを提供したいと考えており、顧客からの要望を徹底的に吸い上げ、圧倒的なスピードでシステムやサービスを改善することが大事だと言い切るところだ。

経営者が顧客満足を最大に考えるというのは当然だが、30代の若い企業家兼技術者が「ユーザーの要望を吸い上げ、改善し続けることが重要」と言うのはいろんな意味で強い。スパークスシステムズ ジャパンのこうのさんもこの2人と考え方が一致していると思う。

この考え方は、『組込みソフトエンジニアを極める』でも引用したコトラーのマーケティング・マネジメント 基本編に出てくる、顧客が組織を駆動し、マーケティングが各機能を統合する顧客中心の考え方だ。これまでの企業は財務、人事、製造、マーケティングが同じ重要性を持っており、顧客の存在は薄かった。

30代の若い優秀なエンジニアが顧客駆動の考え方でがんがん攻めてくるとこれは強い。もう何でもありだ。はてなの近藤社長は、スタッフ会議の様子をネットに動画配信しその会議の内容についてネット上のユーザーに意見を求めていた。

でも、これと同じようなことをおじさん達がたくさんいる組込みメーカーでやろうとする目を丸くされた上で、さまざまな障壁が立ちはだかる。大抵の場合は障壁を目の前にして新しい試みに嫌気がさしあきらめることになるのだが、Lifehacks って知ってた?のコラムで紹介したように若いエンジニア達のITスキルを解放して業務を変革することが組込みメーカーにも今求められている。

SEの実力を磨く究極仕事術―問題解決・図解術・会議の技術・メール術・プレゼン・時間管理術・やる気創造法という日経SYSTEM編のムック本に書いてある「やる気を阻害する要因となっている人や組織」の上位を紹介すると

1.上司(55.9%)
2.勤務先の会社(53.6%)
3.同僚/チームメンバー(32.4%)
4.顧客/ユーザー(23.5%)
5.部下(19.1%)

※複数回答可。有効回答数=1613人

となっている。これはITエンジニアの例だが、いかに上司や勤務先の会社がモチベーションを低下させる要因となっていることか。

組織は30代の優秀な技術者の発言に耳を傾け、彼らのやる気をそがず、技術者のモチベーションが顧客満足の高い商品やサービスにつながるような手だてを考えなければならない。

2006-04-23

Lifehacks って知ってた?(僕は知らなかった)

最近はアマゾンなどのインターネット書店をバーチャル書店、街の本屋さんとリアル書店というらしい。近頃、目的もないのにリアル書店に立ち寄ることが多くなった。白状すると『組込みソフトエンジニアを極める』がどのように置かれているか、売れ行きがどうかを眺めに行っているのだ。

先日、新宿の紀伊國屋書店でしばらく売り場を観察していたら『組込みソフトエンジニアを極める』と『Software People Vol.8』をまとめて手にした20代くらいの技術者らしい人がいた。その人がレジで本当にこの2冊の本を買うまで後をついていったことは言うまでもない。

リアル書店の売り場を眺めているとき、いい位置に並んでおり結構な確率で手に取られる雑誌が『Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~(ライフハックプレス)』だ。

最初、この雑誌の表紙を見たとき、これはWEBデザインか何かの雑誌だと思い、ソフトウェアに関係する内容が書いてあるとは夢にも思わなかった。

みんなが手に取るので手にとってページをめくってみると、ソフトウェア開発を成功させるためのヒント集のような記事がたくさん載っている。

恥ずかしながら、lifehacks ということばも百式管理人 の田口 元さんという方も初耳だったのだが、実は国内外で話題になっているらしい。

「やる気を出す10の方法」
「すぐやる技術」
「ミーティングで眠くならない方法」

といった生活と仕事をシンプルかつ快適にするさまざまな技が lifehacks ということのようだ。hack というとハッキングするとか、ハッカーとか悪い印象の方が先に思いつくが、以下のようにhackには2つの意味があり、hack とはプログラマが自分の仕事を片付けるために書いている、自分だけの小さなプログラムのこととのこと。

hack:

Ⅴ 〔電算〕《口語》
1 〈プログラミングに〉取り組む.
2 〈コンピューターシステム・データなどに〉不法に侵入し改変[盗用]する, ハックする.

New College English-Japanese Dictionary, 6th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1967,1994,1998

そういう意味では『組込みソフトエンジニアを極める』第4章-品質の壁を越える- 図4.12 組込みソフトウェアプロジェクト簡易評価指標 (ジョエルテスト The Joel Test: 12 Steps to Better Code をアレンジしたもの)も、lifehacks のひとつかもしれない。
Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~ 初版(たぶんシリーズになると思う)の中身は以下のようになっている。

巻頭企画 lifehacksベストセレクション―lifehacksとは何かを探る
総力特集 「あれもこれもやらなくちゃ」を解決。今すぐ始めて、効果抜群 GTD―シンプル&ストレスフリーの仕事術
特集2 Gmailも地図も、徹底的に使い倒す Google全サービス活用
特集3 仕事で、生活で、発表の場でプレゼンが簡単にうまくなる
特別企画 図解思考で「脳」を整理 はじめてのマインドマップ

GTD(Getting Things Done)仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法ということばも初耳だったが、仕事を成し遂げる技術の玉手箱のような内容でおもしろい。紹介されていたものの中でひとつだけすでに実践しているものがあった。それは4色ボールペンをいつも携帯するというものだ。

自分は4色ボールペンを常に携帯している。よくなくすのでのべ7本くらいは買っている。記事を校正するとき、資料の大事なところに線を引くとき、誰かにアイディアを説明するときなど4色あるといろいろな表現が可能になる。

そういったちょっとしたくふうを紹介する雑誌が創刊され、さらに結構売れているというのが驚きである。

ちなみに組込みソフトの世界でも、SESSAMEのメンバーで lifehacks に精通している人が改善の旗手になっているケースを知っている。ただ、ひとつ気をつけなければならないのは手段が目的にならないようにすべきだということだ。

職人は道具を選ぶのにも気を遣うべきだが、職人がいい仕事をしたかどうかはできあがったものがユーザーに満足されるかどうかで判断されるべきだと思う。

ただし、昔ながらの職人も自分の世界に閉じこもっていて世の中では電動ドライバーが主流になっていることに気がつかないのはまずい。