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2011-06-12

「部下に任せないとダメだ」と考えさせられる一冊


いま『任せる技術』という本を読んでいる。プレイングマネージャを自負している方には是非読んでいただきたい一冊だ。まだ最初の方だけしか読んでいないが、とても心に響いている。

【CHAPTER1 ムリを承知で任せる より 引用】
そもそも部下の仕事とは「今日」の食いぶちを稼ぐことにある。一方で上司の仕事とは「今日とは違う明日」をつくることである。例えば、業務フローを標準化し改善する。営業戦略を立案し実行する。未来のビジョンを策定し部下を勇気づける。部下育成をする。これまでとは違うやり方を示し、より良い未来へ踏み出すのだ。

部下の仕事を奪っている上司は、これを怠っているということになる。目先の忙しさにかまけて本質的な上司の仕事を一切していないことになるのだ。先に掲げた「高い給与で部下の仕事を奪うこと」が目に見える損失だとすれば、「今日とは違う明日」づくりを放棄するということは目には見えない大いなる損失と言えるだろう。
【引用終わり】

耳が痛い。著者の小倉広氏は組織人事コンサルティング畑の方で、エンジニアではないが、技術者の上司と部下も同じことが言えるだろう。

小倉氏は上司が部下に仕事を任せない理由として次のようなことを挙げている。

  • 部下に任せて失敗することを恐れている。上司の責任になってしまうのが恐い。
  • 部下に任せることで仕事の質が下がり、部署全体の業績が下がることを恐れている。
  • 部下に任せるためには手取り足取り教えなければならない。自分がやった方が早い。
  • 部下に教えられるほどにノウハウが整理体系化されていない。
  • 口べたであり、うまく部下に教えることができない。
  • 部下が自分の仕事が増えることを嫌がり、場合によっては任せられることを拒絶する。
  • 仕事を部下に任せることにより職場にストレスがたまり雰囲気が悪くなる。
  • 部下に仕事を任せることで、上司が楽をしているのではないかと疑われるのが恐い。
  • 上司自身が忙しくなることに快感を覚え、仕事を部下に渡したくない。
  • 部下に任せることによるわずかな品質低下が許せないほどに上司が完璧主義者である。
  • 部下に仕事を任せたいと思っているが、何をどこまで任せていいのかわからない。
まさに図星だ。自分の場合「部下に任せることによる品質低下が最終的に顧客満足を低下させることにつながらないか?」という恐怖が強い。しかし、そのことは自分が戦列を離れたときの顧客満足度の低下については考慮していないということになる。

「自分がいなくなったら?」「そんなことは知ったこっちゃない」ということになり、きわめて自己中心的であり、組織力を弱体化させ、結果的には顧客満足も下げてしまうことになりかねない。

【CHAPTER2 ムリをしなければ脳の筋肉はつかない より引用】
「小倉さん、今の仕事にやりがいが感じられないのです。転職すべきかどうか迷っています。アドバイスを下さい」と言うのだ。なぜ、やりがいがないの? と聞くと返ってくる答えは2種類に大別される。

1つ目は「今の仕事が自分には向いていない」というものだ。例えば営業をやっている人は自分には営業は向いていない、と言う。本当にそうであるかは大いに疑問が残るのだが。

2つ目の理由は、「上司や会社に問題がある」というものだ。職場に問題があり、上司に直訴しても変わりそうにない。だからあきらめて転職する、と言うのだ。

僕はその2つを聞くたびにこう思う。

「その状態でどこへ転職しても、絶対にやりがいは見つかりませんよ」と。

「やりがい」とは、楽ちんな仕事を通じては手に入らない。「やりがい」は壁を乗り越えた向こう側にあるものだからだ。決して壁の手前にそれはない。様々な障害やつらさを乗り越えたときに初めて僕たちは「やりがい」に出会い、それを手にすることができる。しかし、先に相談してくる人達のほとんどは壁を乗り越える前に逃げ出そうとしている人ばかりだからだ。
【引用終わり】

部下のモチベーションは維持しなければいけないし、ムリもさせないと基礎体力がつかない。自分自身は若いことムリをした経験がある。今の若い人達には「ムリをさせろ」ということ自体がムリという人がいるが、小倉氏が書いていることはその通りだと思う。障害やつらさを取り越えないで「やりがい」に出会えることなどない。

【CHAPTER3 部下が失敗する「権利」を奪うな より引用】
失敗が喉の渇きを引き起こす

なぜ人は「任される」と育つのだろうか。

もちろん答えは一つではない。任されるから主体性が育つ。任されるからモチベーションが高まる。任されるから期待が伝わりそれに応えようとする。様々な要因があげられるだろう。

しかし、それらの中であえて一つを選ぶとするならば、僕は真っ先に「失敗の経験」をあげるだろう。つまり「任される」ことで初めて「失敗」を経験し、「失敗」により人は多くを学ぶのだ。「失敗」すれば痛みが伴う。そのとき初めて人は「失敗したくない」と心から思う。「うまくできるようになりたい」と切望する。つまりは、うまくやるための方法という「水」を求めて「喉が渇く」のだ。

そして様々な「試行錯誤」を行う。自分の頭で考えて「工夫」する。やがてうまくいくやり方を見つける。そこで見つけた方法をゴクリと飲み干すのだ。そうして全身にそれをしみ渡らせる。それを繰り返すことにより体で覚えていくのだ。
【引用終わり】

この話を、ソフトウェア開発の世界に投影してみると、何しろ今は「失敗させる機会」が少ない。「渇きを引き起こす」だけの「失敗の経験」を与える機会がない。また、ソフトウェアは失敗作でも一見動いてしまうこともあり、それが失敗であると気づかずに先に進んでしまうこともある。

さらに、大規模プロジェクトでは自分の作ったソフトウェアに失敗(=バグ)があることを自分ではなく、後工程のメンバーが見つける責務を担っていることもある。作りっぱなしで失敗を見つけるのも他人という環境では渇きが起こらない。

自分の場合は「渇き」は「今よりも美しいソフトウェアを作りたい」「より楽に、より高品質で、クリエイティブな仕事がしたい」という気持ちから生まれていたと思う。

「失敗の経験」により「渇きを引き起こす」ためには、この本のタイトルどおり任せる技術が必要そうだ。「渇きを引き起こす」どころかやる気がなくなってもまずい。

失敗しないように手取り足取り教えてしまうと任せたことにはならず、「渇き」にはつながらない。

コンピュータではなく相手が人間だとこれほどまでに物事をうまく進めるのが難しい。もっと、この本を読み進める必要がありそうだ。

2011-01-30

『課外授業 ようこそ先輩』で湯浅誠さんが言いたかったこと

深夜のサッカーの試合を生で見る元気がなく、朝起きてから結果を見ようと思ってテレビをつけたらたまたま、NHKで『課外授業 ようこそ先輩』をやっていてついつい見入ってしまった。

【番組ホームページより】
さまざまなジャンルの第一線で活躍する著名人が、ふるさとの母校を訪ね、後輩たちのためにとっておきの授業を行います。授業は通常2日間、リハーサルなしの真剣勝負です。内容や仕掛けは、先輩によって実に多彩。人生で得たこと、創造の秘密、専門分野の面白さなどを、独自の方法で解き明かします。そんな先輩の思いがこもった授業を、子どもたちはどう受け止めるのか?そこには毎回、思いがけない発見と感動があります。1998年に番組がスタートして以来、これまでに400人を越える先輩が、母校の子どもたちに熱いメッセージを送ってきました。

今回の先生役の有名人、どこかで見たことがある。芸能人ではない。誰だっけと思い出していたら、やっと思い出した。2008年12月社会問題化したいわゆる「派遣切り」への緊急対策として、開設された「年越し派遣村」の村長、湯浅誠さんだ。

かつて、湯浅さんが有名になる前、TBSラジオの夜PM10:00からやっていたアクセスのゲストで来ていたときに反貧困ネットワークでの活動について聞いたことがあった。

この人の学歴がすごい。
1988年 武蔵高等学校 卒業
1989年 東京大学教養学部文科I類 入学
1995年 東京大学法学部 卒業
1996年 東京大学大学院法学政治学研究科 入学
2003年 同大学院博士課程 単位取得退学

詳しくは Wikipedia を見ていただきたいのだが、以下の一節だけ読んでもすごい経歴だ。
東京都小平市で、新聞社勤務の父と小学校教諭の母の間に生まれる。1988年に武蔵高等学校卒業後、1浪して東京大学に入学。児童養護施設のボランティアや映画鑑賞にのめりこんで授業にはあまり出席していなかったが、5回生の夏に一念発起し学者を志して勉学に集中、一時的にボランティア活動から離れた。
さてさて、肝心の『課外授業 ようこそ先輩』の内容に進もう。


2011年1月30日 「目を向ければ 見えてくる!?」 東京都小平市立小平第十三小学校
湯浅誠 (「反貧困ネットワーク」事務局長)

まず、最初の授業はクラスのみんな(たぶん6年生)に自分の宝物を持ってきてもらい、どんな宝物なのかを説明してもらっていた。ある子供は地球儀をある子供はオカリナや写真をある子供は水筒(病気で頻繁に水分補給が必要とのこと)を持ってきてみんなに説明する。

この授業は何のためにやっていたのか。この授業には湯浅さんの明確な意図があった。それは「他人には分からなくてもその人にとっては大事なもの」が存在し、なぜ大事なのかはその人にしかわからないということに気がつかせるということだった。自分では分かっている自分の宝物の意味が他人には分からないことに気がつかせ、一見理解できない他人の宝物が大切な理由を聞いて理解させる。

つぎに湯浅さんは3人の大人の方を一人ずつ呼んで、クラスのみんなに「この人は一体誰か」を当てされる。3人とも学校で働いてる方だ。

種を明かせば、一人目は給食のおばさん、二人目は校庭の芝部を手入れする芝生キーパーさん、三人目は警備員さん。

一人目の給食のおばさんはいつも割烹着を着てマスクをしているため、誰も当てられない。警備員さんは多くの子供が当てた。

この授業の意図は制服を着ているとその人の制服から想像される役割だけに注意をとらわれてしまうということを示したかった。制服を脱いだ一人の個人には役割から離れた個人としての人格があり、それに気がつかなければいけない、その人個人に関心を持って欲しいと湯浅さんは言いたかったのだ。

三つめの授業は、班に分かれて普段気になっている街の人達にその役割ではなく、その人の人生を聞いて見ようというもの。社会科見学はその人やその施設の役割を聞くが、これは社会科見学ではなく、一人一人の人格に向き合ってみようという授業。

農家のご主人に宝物は何かと尋ねると「それは奥さんかな」と答え、奥さんを呼んできて奥さんにも同じ質問をすると「このおじさんよ」と答えた。ご主人は「僕らには子供がいないので、そう答えるのかもしれない」「君たちのお父さん、お母さんに聞いたら、宝物は君たち」と言うかもしれないねと語った。

モヒカンヘアの和菓子職人は、若い頃バンドをやっていて今でも音楽が好きで、今は和菓子職人を継いでいるのだと語り、交通指導をしてくれているボランティアのおじいさんは戦時中に使っていた飯盒を宝物として見せてくれた。

授業の最後に湯浅さんは自分の座右の銘「見えないことは無視につながり、関心は尊重につながる。」を黒板に書いた。

日本の貧困問題に対峙することで生まれたポリシーかもしれないが、自分の周りでも起こりうることのように感じた。不具合を起こすソフトウェア、調子を崩すエンジニアの気持ちが見えない、いや見ようとしないことで無視することにつながり、直近の納期や売り上げだけを気にして行動する人達があまりにも多くないだろうか。

湯浅さんが言いたかったのは、偏見の排除だと思う。昔、妹尾河童の『少年H』を読んで、戦争中に威張っていた学校の先生が戦争が終わったとたんに180度態度が変わった部分を読んで、制服の威厳を笠に着るのは絶対にやめよう、自分自身の内面、中身で勝負しようと思った。

ようするに肩書きが外されたときでも、態度を変えられないようにしよう、態度を変えるような人と接するときは注意をしようということだ。

『課外授業 ようこそ先輩』を見て、見えないものを分からないといってそのままにしない、その人の制服、役割ではなくその人個人に関心を持ち尊重することの重要性を再認識した。

2009-09-05

体調を崩して改めて考える日々の時間の過ごし方

はじめて気管支炎になった。風邪とは違ってなかなか薬が効かず、深く呼吸をすると咳が出そうになるのでそれがストレスになる。タミフルという特効薬があるインフルエンザにかかった方がましだっただろうか。気管支炎が治るには数週間かかることもあるらしい。

なにはともあれ、健康を害するといかに健康であることがありがたいかが身にしみて分かる。そう感じることはこれまで何回かあったが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で調子がよくなるとすっかり忘れてしまう。

体調が悪いと集中して仕事をすることができない。知的労働力がほとんどを占めている21世紀の社会において知的生産性が低下するのはたいへんなことだ。

そう考えると健康で集中力が高いときにいろいろやっておけばよかったと感じる。貴重な時間をボーッとしていたりテレビを見てしまったりして過ごすのはもったいなし、一日一時間ずつでもやっておけば進んでいただろうという仕事もあった。ちょっとしたマイナスの気持ちが51対49の勝負を「今日はやめておこう」というネガティブな判断に導いてしまう。

生活にメリハリを付けて働くときは働き、休むときは休んだ方がいいのはわかるが、大人になるとプライベートな時間を自己研鑽の目的に使うには誰も束縛してはくれないので、楽な方向に流されないようにしなければいけない。

体調を崩して思うのは、健康管理をキチンとやることも自己管理の範疇なんだなということだ。身体が資本だということは病気になるとよく分かる。
 

2009-02-14

「すばらしい仕事ですね」と言われるようになりたい

BS12チャンネル TwellV の『グローバル・ビジョン』の番組で vol.15  「世界の働く女性」 “Working Woman” と vol.17  「世界のターミナル」 “Terminal” という番組をみてそう思った。

この番組は、無料インターネット動画放送  GyaO でトレンド→カルチャー→TwellV見逃し視聴サービス と辿っていくと見られる。

「グローバル・ビジョン」はを人々の暮らしと密接に関わるテーマを毎回ひとつずつ取り上げ、このテーマに沿って複数の国や地域に住む人々の生活の流れを追いかけるドキュメンタリーで、それぞれの文化や考え方、環境の違いなどを、同時進行で比較していく番組だ。

今回見た番組はラオス、フィンランド、韓国の3人の女性と、ラオス、チェコ、韓国のターミナルで働く人たちの一日を追ったドキュメンタリーだ。

vol.15  「世界の働く女性」 “Working Woman”で印象深かったのはラオスのナッタナーさん27歳だ。彼女は16歳のとき両親を交通事故で亡くし、お母さんが開いた文房具店を経営しながら、会社員としても仕事をしている。文房具店も小さいながら品揃えも多く従業員も2人いる。営業時間は朝7時から夜9時まで、周りのどの店よりも長い。また、ナッタナーはラオスで一つしかないフォードの自動車販売会社に勤めており、出勤前に文房具店の従業員にいくつかの指示を出し出かけていく。

自動車販売会社は休日は休むが、文房具店を閉めるのは正月の2日間だけ。「休みたくないか」というインタビュアーの質問に「休みたいけれど、一度休んでしまうと余計に疲れてしまうので働いている方が幸せです」と答える。

フォードの営業所ではセールスアシスタントとして営業管理や見積もりの作成などの仕事を行っている。営業員の急な見積もり作成依頼にもてきぱきと対応しており、みんなから頼りにされているようだった。アメリカの大学で経営管理を学んでおり、英語も堪能で、営業所の所長らしきアメリカ人と英語で会話をしていた。

ナッタナーは大学生の23歳の弟がいて、弟は大学でITビジネスを学んでいる。夕食も自分で作り、弟と家族団らんの食事を共にする。ナッタナーが母が開いた文房具店を守ることは、家族を守ることに等しい。彼女は、

「16歳で両親を失ったとき、私は強くならなければならないと思いました。」
「私が強くなって自分自身や家族を守り、人生と闘っていかなければと思ったのです。」
「実際、両親に代わって生活を支える必要がありましたから、そういう強さは身についたと思います。」

と笑顔で語った。「今、自分に足らない物は何か?」と聞かれ、「家族と一緒に過ごす時間が足りない」とも言っていた。ナッタナーはまだ若干27歳で若いけれども、家族を守るという意志の強さがあり、仕事をしている姿が輝いて見える。

フィンランドのマリカ 27歳は、地方の新聞社に2年半働いていて今は若きチーフ編集者となっている。結婚が間近に迫っており妊娠中で、子供ができたら5年間は子育てに専念してから仕事に復帰したいと語っていた。経営学の資格を取る勉強をしており、将来新しい仕事に役立つはずだと言っていた。

韓国のキム・ダウン 28歳は、フリーになって2年目のカメラマン。アシスタントやスタイリストやヘアメイクなどを使わずに一人ですべてをこなし、小さい仕事を多くこなす忙しい毎日を過ごしていた。写真の専門学校を卒業後、スタジオに勤務し独立した。ダウンは自分が女性であることを活かし、現場の雰囲気を柔らかくして、モデルの女性の良さを引き出すまで時間をかけて話し合いながら写真を撮る。仕事が忙しくても、友達を自宅に招いてパーティをするなど遊びにも一生懸命だ。ダウンは、世界に出て韓国の名前を轟かせたいという夢がある。

vol.17  「世界のターミナル」 “Terminal” で印象的だったのは韓国の一日30万人の客が利用するソウルの巨大高速バスターミナルで警備員をするチョン・ウジクだった。気のいいおにいちゃんで気さくに行き先が分からない乗客に声を掛けて道案内もする。ウジクは切符売り場で働いていた奥さんと出会い結婚した。奥さんは病気のために二ヶ月前に退職し、今は療養中だという。「将来の夢は?」と聞かれ、かなり長い時間考えて、「妻が病気だから、早く良くなって欲しい」「病気が治った頃、ここから出る韓国を一周するバスに乗って、そのころは子供もいるだろうから家族で旅行したい。」と語った。

この2つのドキュメンタリーを見て、ふと仕事を一日密着取材させて欲しいと言われて、客観的に自分の仕事を見られたとき、その仕事、その生き方、夢が視聴者に「いい」と思われるようになりたいと感じた。

彼らの行動が魅力的で生き生きと感じるのは、もちろん金銭的に裕福だからではない。逆に彼らは裕福ではないからこそ、家族や自分自身の夢という根源的な目標に集中できるのではないだろうか。

人間は弱いから、一瞬、一時の心地よさに溺れてしまうことがある。このブログで、さまざまな場面で価値を比較するために人類共通の評価指標であるお金を使うべきだと書いた。(『ソフトウェア資産の価値を可視化すべし』)しかし、ここで言っているのは、価値あるものの評価指標としてお金を使った方がいいと言ったのであって、お金に価値を求めろとは決して言っていないし、思ってもいない。

お金をたくさん稼ぐことに価値観を見てしまうと、人間は金がもたらすひとときの心地よさに溺れてしまう。そんな人の一日はドキュメンタリーにしてもきっと視聴者に感銘を与えることはできないだろう。

そこで、根源的な目標をどうやったら見据えることができるだろうかと考えてみた。

【仕事や人生の根源的な目標を探る方法】
  • 世界の中の自分という存在を考えたとき、自分は世の中に何を貢献しているのだろうかと考える。
  • 自分は家族に何を貢献しているだろうかと考える。
  • 直近ではない10年後、20年後の夢やあるべき姿、追いつきたい人について考える。
  • これまでやってきた自分の仕事を振り返り、「いい仕事をしたね」と言われる成果となっているかを考える。
これらを考えて何か目標となるものが見つかったら、一瞬、一時の心地よさに溺れてしまわないことに気をつけて目標に邁進すればいい。ラオスのナッタナーや、韓国のチョン・ウジクはそのような目標を持っていると思うし、一瞬、一時の心地よさに溺れる誘惑に触れる暇もないように見えるし、誘惑に負けない強い意志も持っているように思う。

日本のソフトウェアエンジニアは2つの面で彼らよりも不利だと感じる。ひとつは、一瞬、一時の心地よさを誘う誘惑が周りに溢れている点と、もう一つは、目標を見据えて誘惑に負けない、困難にくじけない強い意志を鍛える機会が少ないという点だ。

誘惑が溢れたのは、TVの影響やインターネットによる情報の氾濫と、日本という国が全体として裕福になったおかげだ。目標を見据えて誘惑に負けない、困難にくじけない強い意志を鍛える機会が少なくなったのは、生活が便利になることで小さな困難がどんどん排除されてしまったからではないだろうか。

ただ、ピーター・F・ドラッカーが20世紀になって労働人口のほとんどが肉体労働者ではなく知識労働者になっていると言っているように(『プロフェッショナルの条件』参照)、肉体的な苦労、肉体的な困難の克服は多くの労働者にとって鍛錬ではなくなってしまった。

知識労働者が最も長い時間過ごす知識労働において鍛錬とは、精神的な誘惑に負けないこと、精神的な困難を克服することになっている。特に、ソフトウェアエンジニアの仕事は知識労働そのものだから、ソフトウェアエンジニアにとっては、精神的な鍛錬をしないと、目標を見据える強い意志が育たないということになる。

精神的な鍛錬というのは難しいと思うかもしれないがやり方はある。ラオスのナッタナーは「16歳で両親を失ったとき、私は強くならなければならないと思い、私が強くなって自分自身や家族を守り、人生と闘っていかなければと思った。」と言い、母が残した店を守る決心をした。ナッタナーの気持ちに近づくためには、ソフトウェアエンジニアは自分が個人商店だと思えばいい。組織の中にいても、自分は個人経営の店主と考える。自分に依頼された仕事は、個人商店に発注された仕事だ。その仕事に満足してもらうことができれば、仕事に対する対価を得ることができる。高い満足を獲得するためには自分自身のスキルは日々高めておかなければならない。自分の頭の中に商売道具があるからだ。

個人商店なら辛いことがあっても、耐えるのは自分の夢を達成するため、家族を守るためだと考えることができる。ただ、本当の個人商店と違うのは、仕事の依頼者は商品のエンドユーザーではないことが多い点だろう。仕事の依頼者=クライアントの要求が、自分が作っている商品のエンドユーザーの要求に反していることもあるかもしれない。組織が大きくなればなるほど、エンドユーザーと自分との間に中間層が入るので、伝言ゲームが起こり、結果的に偽装事件のようなことが起こることもある。

エンドユーザーの求めていることと組織目標が一致し、そこにぶれのない組織にいるエンジニアは幸せだ。

しかし、どんなエンジニアもそんな境遇にあるとは限らない。コンプライアンス違反とは言わないまでも顧客満足とは正反対のことを要求する上司もいるかもしれない。でも、そういうときにこそ、知識労働者はそれまで鍛錬してきた意志の力を使えばいいのだ。自分の根源的な目標と組織の要求に食い違いが感じられたら迷うことはない。ただし、家族を守ることと自分の夢や目標の達成が微妙に背反すると思ったら、その2つのトレードオフバランスはよく考えないといけないだろう。

ところで、世界の中の自分はどれくらいの力を発揮できるのか考えてみたり、試してみたりすることはそう難しくない世の中になった。インターネットはさまざまな誘惑の情報を溢れさせたが、ちっぽけな個人が世界に情報を発信するための環境も提供してくれた。組織の中にいても、精神的な個人商店を作ることは表現の自由が保障されている国ならすぐできる。

「あなたの仕事はすばらしい仕事ですね」と言われるようになりたい。そう思ってもらえるということは、何かしらの貢献を与えることができている、何かしらの価値を作り上げている、感動を与えることができていることだと思う。

そんなエンジニアに自分はなりたい。そうなっているかどうかは、これからもずっと自問自答し続けるしかない。