今日の話題は、『人と人をつなぎまくると物事はスムーズに流れる』というテーマで、「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」という特性を持った日本人が形だけ「創造性と個性にあふれた強い個人」のシステムを使おうとするとどうなるかという一例を紹介したい。
さて、今日「TBSラジオの久米宏 ラジオなんですけど」を聞いていたら、大分トリニータの社長 溝畑宏さんがゲストに来ていて、大分トリニータがナビスコカップで優勝を遂げ、地元に定着して地域振興に貢献するようになるまでの苦労と、サッカーチームをベースにして地域振興にかける溝畑さんの熱い想いを語っていた。
溝畑さんは、東京大学法学部卒、1985年自治省(現総務省)入省、1990年大分県に出向して、役人らしからぬ強い思いで大分をサッカーで盛り上げようと考える人だ。2006年に総務省を退職して、大分トリニータの社長として身を粉にしてチームと地域のために働いている。
お父様は溝畑茂 京都大学名誉教授、お母様は放送局のアナウンサーだったそうだ。父からは「厳しい道と楽な道があったら、厳しい道を選べ」と言われ、母からは「下を向かずに上を見て目立ちなさい」と言われて育った。
若干30代中盤の溝畑さんが大分で大分トリニータの設立等を進めているときに、県のお偉いさんたちに「溝畑さん、田舎では身の丈以上のことをしようと思ったらダメなんですよ」と言われカチンときて「あんた達の身の丈はこれくらい(20センチくらい)かも知れないが、自分の身の丈はこれくらい(2メートルくらい)なんだ。そんな考えだから、地方が活性化しないんだ。」と叫んだそうだ。
その後の溝畑さんの活躍を見れば分かるように、溝畑さんは「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」という特性を持った日本人の環境の中で、親から教えられた「創造性と個性にあふれた強い個人」のとしてのリーダーシップを発揮することで、閉塞した環境をブレークスルーしたと考えられる。
今、まさに不況のまっただ中でプロサッカーチームを運営するのは非常に苦しいらしい。しかし、溝畑さんは「逆境よ、ようこそ」という気持ちで、人の3倍働くことで乗り越えるつもりだと語っていた。これまでも7回ほど、もうダメだという逆境があったが、それを乗り越えることで成長してきたと言う。逆境がなければこれほど成長もしなかったと。
今回の話しは、溝畑さんの話に比べるととてもスケールの小さいちっぽけな話しだが、本質は近いところがあるように思う。組織内で問題解決のためのシステムがうまく機能せず、人と人をつなぎまくって問題を解決したという話しである。「創造性と個性にあふれた強い個人」の世界で構築されたシステムを「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」が導入しただけでは物事は流れていかないという例だ。
さて、例えば、ある組織で組織内のインフラをサポートするための部署を作ったとする。ITが発達した今日、対外的なITサポートも増加する一方、組織内のITサポートも個々の担当者レベルでは対応しきれなくなってきた。
そこで、ITサポート部隊は会社対会社で行われているようにサポート窓口(電子的な窓口)を作って、そこからいろいろなリクエストを受け付け対応するようにした。昔なら依頼書で動くところを、電子的な申し込みに対して、電子的に回答をするというシステムだ。やりとりの履歴がすべて残るので後々データを整理したりする際には便利である。
そこで、ITインフラを担当する部門に動いてもらわないと解決しない問題が発生した。いろいろな問題が絡み合っているのは分かっているが、残念ながら担当部門の中で誰が何の役割を担っているのか分からない。普段なら問題の解決についての情報を知っている人にあたりを付けて、そこにアクセスしながら情報を探り全体像を明らかにしていくのだが、今回に限って言えば誰にアクセスすればいいのか今ひとつ見えてこない。そこで、電子的なサポート窓口を使って調査依頼を出した。
後で分かったのだが、担当部門には複数のチーム(例えばAチーム、Bチーム、Cチーム)があり、今回の問題はBチームとCチームが動かないと解決できない問題だった。ところが問い合わせを受けたAチームは解決すべき問題の全容を理解していないため、BチームとCチームに相談することをせず、部門内でも電子システムをメッセンジャーとして使い、解決したい目的を理解せずに現象だけをBチームやCチーム別々に伝え、埒があかないという現象が発生した。
相手がブラックボックスの組織ならどうしようもないが、同一組織内の他部門ならもっとなんとか打つ手はあるはずだ。結局、いろいろなことを聞きまくることで、BチームとCチームが問題解決に関係していることがわかり、彼らに直面している障害を伝え協力してもらうことで問題は解決するめどが立った。
実は、この件は自分自身の直接的な業務の問題ではなかった。ある開発現場の効率を高めるために取り除く必要がある障害だった。当事者ができないことを解決する方法が分からなくてあきらめているのをみて、コーディネートしたのだ。「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の技術者は自分達の不便は自分達が我慢することで何とかなると考える人たちが大勢いる。「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」のマイナス面だ。顧客満足向上という遠くの目標達成のために、取り除くべき障害があっても、そのままにして効率の悪い状態を放置してしまうのだ。こういう状況は放置しておくと巡り巡って技術者自身の残業の増加や顧客に対するコストアップなどの不利益となって降りかかってくる。結果的に不利益が生じることをはっきり認識している訳ではないので未必の故意(※)とは言えないかもしれないが、決してほめられたことではない。
※未必の故意 - 実害の発生を積極的に希望ないしは意図するものではないが、自分の行為により結果として実害が発生してもかまわないという行為者の心理状態。
このような各部門の各技術者が抱えているちょっとしたあきらめを見つけて、誰がどこまでを認識していて何を認識していないのか、誰と誰を結びつけると解決しそうかを調査して、関係者が断片的に持っている情報を総合的に分析して人と人をつないであげると物事がスムーズに流れ改善が進む。
誰と誰をつなぎ合わせると問題を解決できるのか分かってくると、逆にどうしてこんな簡単なことで多くのことが滞っているのか、改善の機会を止めてしまっているのかが見えてきて、そんなくだらないことで立ち止まっているのかとだんだんバカバカしくなってくる。
同じ部門内の中でちょっとだけ話しをすれば解決できる問題も、システムを通すとつなぎがうまくいかなくなることがある。これはシステムを都合良く利用しながら、システムを隠れ蓑にして問題解決の勇気や義務を放棄して「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の特長を殺している人間がいるからなのだ。
システムが組織内でうまく機能しない場合は、うまく言っていない点を報告し是正を要求する。これを繰り返すことで、システムは生き続けることができる。改善のプロセスが重要視されているのはそのためだ。逆に言えば、改善のプロセスを回すことができない組織がシステムを導入するとシステムは必ず形骸化する。システムの裏で技術者は「あれは役に立たない」とささやきながら、自分達のやり方で物事を進めようとする。
「創造性と個性にあふれた強い個人」の世界では責務を果たしていない個人や部門があることが分かったら、状況を発見した個人や部門には是正を要求する義務がある。是正を要求しなければ改善は進まないというシステムなのだ。それを理解していない組織はシステムを形骸化させる。
何からしらの「システム」を導入して、なぜうまくいかないのだろうと悩んでいる方がいたら、「あいつらが自分達の責務を果たしていないから」と愚痴を言っているのではなく、是正を要求しないとシステムの本来の効果が活きてこないし、放っておくとシステムが腐ってくる。
システムを改善していくのもいいが、日本人の「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」という特長を活かすのなら、まずは人と人とをつなぐことで問題を解決することを推奨したい。単に人と人をつなぐだけでなく、AさんとBさんがいがみ合っている場合は双方に「あちらは、こちらがこんな事をしてくれるととても助かる、いつも感謝しているといっていましたよ」などと言うと流れがよくなることがある。「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の世界では是正を要求するよりも、問題解決に必要な人と人をつなぐ方が改善が進むスピードが速いことが多い。
「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の特性を活かして、物事を滞らせている原因を探偵になったつもりでヒアリングにより調査し、人と人とつなぎまくることで情報の流れをよくし問題を解決する。これがうまくいくと、うまく行かなかった原因がいかにバカバカしい小さなことであるかがわかり、「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の世界で必要なリーダーシップとは何かが見えてくる。コーチングとかティーチングといったテクニックではなく、当事者達とコーディネータとなる自分という関係性の中で、どの情報を誰にどうやって伝えれば問題解決するのか、ケースバイケースで最善策を考える。
「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の世界の中で人と人とつなぎまくることで、問題が解決されると、つなぎまくって問題を解決した人はそれまで困っていた人たちに感謝される筈だ。セクショナリズムが蔓延し、たこつぼ状態になっている組織では、コーディネータの役割を担おうと立ち上がった者が「これは自分の仕事ではない」とか「自分が動くとバカを見る」と思ってしまうと組織の硬直化はますます進んでしまう。
そうなると、コーディネータのエネルギー源は、困っている人の問題が解決したときの当事者からの感謝の言葉や、顧客満足を高めることができたときの満足感でしかないのだ。コーディネイトすることで問題解決を請け負っている人はコーディネイト成功の感謝の気持ちを対価に置き換えることができるが、組織内の場合はお金は動かないから感謝の気持ちを糧にするしかない。
「人と人をつなぎまくると物事はスムーズに流れる」、これは「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の世界だからこそ有効なアプローチだと感じる。逆に「人と人をつなぎまくると物事はスムーズに流れる」が通りにくい組織は黄色信号が点っていると考えた方がいいだろう。日本では人と人をつなぐ心やその役目を担う人がいないとせっかく導入したシステムもいずれは死んでしまう。死んでしまったシステムの利用者達にヒアリングして調査すればセクショナリズムやたこつぼ化が組織に蔓延しているのがわかるはずだ。
PS.
「創造性と個性にあふれた強い個人」と「あたたかい人間関係の中のやさしい一員」の元ネタを知りたい方はこちらの記事をお読みください。