2009-02-01

組込みソフトエンジニアのパーソナルキャリアパス

サンデープロジェクトで派遣労働についての過去と未来をディスカッションしていた。日本では戦後、GHQが労働者の賃金をピンハネしていた元締めの存在を解体させるために、労働基準法で派遣労働を禁じ健全な雇用を目指したのだそうだ。しかし、その後、1960年代後半に欧米で一般的になっていた労働者派遣型の人材派遣企業が日本に進出してきて(最初に進出したのはマンパワー)、「派遣」ということばを使わずに、「請負」という形でテンポラリな労働が社会にグレーな形で浸透していった。これが元祖、偽装請負ということなのだろう。

その後、1970年から1980年代にかけて、労働者の派遣を禁止している労働者基準法と現実がかけ離れてきたために、労働者派遣法の制定が進められる。当時の議論として、専門家の間でも労働者の権利を重視するのか、仕事の選択性を重視するのかで微妙に意見が違っていたという。

また、労働組合サイドの強い反対もあり、まとまりそうのなかった状況で、情報処理技術者がメーカーの中で育てることが難しく、実際多くのソフトウェアエンジニアを外部に頼っている状況を適法にしたいという電気業界の強い要望をきっかけにして1985年に労働者派遣法が制定された。労働者派遣法が制定されるきっかけが組込みソフトエンジニアの派遣労働だったというのは驚きだ。このときはコンピュータ(IT=情報技術)関係職種のように、専門性が強く、かつ一時的に人材が必要となる13の業種に派遣が限定されていたが、その後、1999年の改正により禁止業種以外は派遣が可能になってしまい、派遣労働が専門職だけのものではなくなった。

ただし、使用者サイドの企業が派遣を終了すると、派遣会社との契約も切れるという現在社会問題になっている登録型の派遣は1985年の時点で常用雇用型とともに法制化されていた。番組では、この登録型派遣のルールは法制化の直前に滑り込ませたものだと語られていた。

1985年当時は、常用雇用型も登録型もどっちにしろ派遣できるのは13業種に限られていたから問題は広がらなかったが、1999年の労働者派遣法の改定で一般労働にも派遣が可能になったため、登録型でかつ仕事がなくなると即職を失うという労働者が増えてしまった。

さて、番組の中で常用雇用型の派遣で成功している会社の例としてメイテックが紹介されていた。メイテックといえばバブル時代にディスコで入社式を行ったりしていたが、当時の関口社長は1996年に電撃解雇され、その後はいたってまじめな技術系の会社になった。2004年の SESSAMEのワークショップでメイテックのキャリアサポートセンターの方の講演をレポートにまとめたからよく覚えている。

メイテックは常用雇用型のソフトウェア技術者の派遣を積極的に行っており、技術者の教育にもかなり力を入れている。また、技術者のスキルの評価もシステマティックにやっているので技術力の高い人ほど単価も高い。別な見方をすると頑張って技術を磨かないと給料は上がらないような仕組みになっているのだろう。

組込みソフトウェアの外部委託の市場は1980年代からあったわけだから、今ではかなり大きいと推測される。仕事の外部委託の仕方は二種類あって、一つは派遣労働者として受け入れる方法、もう一つは請負契約で仕事を発注する方法だ。組込みソフトの仕事の場合は派遣でも常用雇用型の方が多いと思う。メーカーのソフトウェアエンジニアもそうだが、それに輪を掛けて派遣や請負開発のソフトウェアエンジニアの技術力が評価されることは少ない。評価されないどころか、技術を磨いて開発効率や品質向上を達成すると、できた余裕に新たな仕事が突っ込まれる。派遣でも請負でも結局は働いた時間に対してしかサラリーが支払われない。これでは技術力が上がれば上がるほど、余裕が生まれる、クリエイティブな仕事ができるという状況が生まれない。そんなことでは、誰もソフトウェアエンジニアになりたいと思わなくなる。

情報処理系の派遣労働者や受託開発会社に所属する技術者はもともとソフトウェアという専門技術を持った人ということだから、今マスコミで話題になっている人たちようにいきなり職を失うようなことは少ないと思うが、景気の影響を受けて仕事が少なくなるリスクは常に抱えていると思われる。

そうなると、そのリスクを少しでも減らすには自分の技術力を高めるしかない。適性に評価されるかどうかは別にして、厳しい状況の中で生き残っていくためには自分の能力が組織に貢献する根拠としてソフトウェア技術を身につけ、その技術がどのようにソフトウェア開発に役立つのかを説明できるようにしておく必要がある。組織に評価されようとされまいと、自分の身を守るため、新しい道を探すために、自分の能力をアピールしなければいけないときは必ず来る。競争相手は日本の中だけとは限らない。

自分の技術を高めるため、パーソナルなキャリアパスを考えるには、目標の設定と目標を達成するための自己投資が必要になる。これらを所属組織のシステムにゆだねるという方法もあるが、必ずしもエンジニアのキャリアパスを計画し、必要な技術を教育してくれる会社は多くないので、基本的には自分のキャリアパスは自分で設計しなければいけないと考えた方がよいだろう。

そのときに大事なのは、自分という個人商店に対してどれくらい自己投資するのか、したのか、投資した結果はどうだったのかを振り返ることだと思う。

自己投資の方法は一つは金額で考える方法がある。例えば、税込み年収の1%を自己投資に使う場合、年収が700万円だとしたら、7万円ぶん自己投資しようということだ。例えば、自分の勉強のために買った本や雑誌の領収書を集めて、テレビで確定申告しようというCMが流れてきたら、確定申告するつもりで、昨年のぶんの自己投資額の合計を計算して、修得した技術や知識の棚卸しをしてみる。

自己投資は必ずしもお金だけではない。勉強に使った時間も投資だ。面倒くさいかもしれないが、勉強に使った時間を記録しておき、1年間の総計に時給(例えば、一時間千円)をかけると投資額に換算できる。

資料だって、IPA SEC(情報処理機構 ソフトウェアエンジニアリングセンター)などのWEBサイトをくまなく眺めてみれば、タダで勉強のネタは手に入る。もちろん、SESSAMEのWEBサイトを活用するのもよい。

自己投資する先はどんなキャリアを目指すかにもよるが、ETSS(組込みスキル標準)のスキルカテゴリから見れば「技術要素」「開発技術」「管理技術」に分けられる。「技術要素」と言っているのはものづくりする際のその業界、その製品群に特化した技術のことで、これは何を作るのかによって異なるからどんな技術が必要なのかは自分、もしくは自組織で考えるしかない。「開発技術」や「管理技術」はETSSにも定義があるが、あまり毒されることなく身の丈にあった役に立つと思われる技術を自分は今後どのようなキャリアを積んでいくだろうかと考えながら選択する。

勉強の方法としてお勧めしたいのが、ブログにやったことを書き残すという方法である。学校での勉強を思い出してもらえばわかると思うが、学んだことはノートに書く、できれば自分の理解に合わせて書き直してみるとよく覚えることができる。これは人間の脳の記憶方式と関係している。ところが、大人になってから書き写して記憶を深めるという機会は極端に減ってしまう。だから、ブログに勉強したことを書くのは学習効果を高めるのに役立つのだ。記録に残すということは、後でその記録からデータを拾い出して、学習の実績として示すこともできるということだ。自分の名前や組織名を伏せて、キャリアパスを宣言し、身につけた技術や、自己投資の記録をブログに付けてみるのもよいだろう。もしかしたら、共感した人が応援のメッセージを送ってくれるかもしれない。
 

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