WBC決勝でアジアの列強がレベルの高いいい試合をした。めずらしくスポーツ新聞を買って隅々読んでみたら、張本勲氏が次のようなことを書いていた。
私にとって日本プロ野球は「育ての親」。逆に韓国プロ野球にとって私は「生みの親」になる。1982年、李容一初代事務総長、李虎憲同次長と3人で立ち上げた。当時の目標は、日本とアジアのチャンピオンを争えるレベルまで持っていくこと。そのために何十人もの選手やコーチを韓国に送り込んだ。その韓国が昨年の北京五輪金メダルに続いて大リーガーが参加するWBCで決勝に進出。ここまできただけで感慨無量、私としてはどちらが勝ってもよかった。
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プロ野球75年の歴史を有する日本に対し、韓国は27年。野球部のある高校が4000以上ある日本に対し、約50しかない。そんな中でよくぞ・・・。「アッパレ!」である。
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堅い守りを中心として、恵まれた体格とパワーだけに頼る野球を粉砕したアジアの野球。これを機に日本、韓国の野球がより発展することを願ってやまない。
この記事で感じたのは日本は4000もの高校の野球部が甲子園を目指して日々トレーニングを重ねていて、その下支えがあってWBC優勝という栄光を掴むことができたということだった。
野球選手は、なぜ厳しい練習を続けてそれほどまでにうまくなりたいのか、また、辛くてもがんばれるのか。一つは今回のWBCのようなスポーツの祭典で活躍する選手達を見て自分もいつかそうなりたいと思うからだろう。誰しもヒーローになってみんなから祝福をされたいと思う。
ただし、自分の欲望のためだけでなく、プロフェッショナルのアスリートとしては、自分のプレーを観客に見せ感動し満足してもらいその対価として年俸を受け取るという職業人としての側面も忘れてはいけない。
松坂はWBCの期間中もメジャーリーグのシーズンでも十分に力を発揮できるように自分のコンディションを気遣っていたという。松坂のコメント「代表でも(メジャーリーグの)チームでも両方で結果を残さなければプロではない」。レッドソックスのフランコナ監督は「通常の調整ではないし、急に球数を増やして98球を投げた。帰ってきたら彼にとってベストの(調整)方法を話し合う。」と不機嫌だったそうだ。どちらもプロのプレーヤーとして本業の顧客への満足度が下がらないように気を遣っている。
エンジニアはプロのアスリートのように表舞台に上がることは滅多にない。特に日本では組織を渡り歩くようなコンバートもほとんど発生しないため、技術者としての力を内外に示す機会がほとんどない。
WBCの戦いの中で岩隈は「松坂さんの登板間隔での準備の仕方、当日の試合前のブルペン、そしてマウンドへ・・・。その背中を見て勉強しました。」といい、ダルビッシュも藤川からクローザーとしての気持ちの持ち方や調整方法について教わったと語った。超一流のアスリートの話ではあるが、スポーツの世界ではここぞという場面で勝ったり負けたりしながら、いろいろなことを学び、自分を成長させる機会がある。
エンジニアにはなかなかそういう機会がない。エンジニアの能力を伸ばし、鍛えるためには、組織がチャレンジする機会、チャレンジしたことに対する評価を与える機会を用意する必要がある。アスリートもエンジニアも生身の人間だから、スキルを身につけるために練習する機会が必要という点は同じだ。もしも、組織がその必要性を認識することができないのなら、職場で上司や先輩がそういう場面を作るしかない。チャレンジした結果、評価がプラスであればなおよいが、マイナス面であってもエンジニアにとっては教訓になるから無駄ではない。
大事なのは遠くの目標を見据えて指導することだろう。スポーツ選手はうまくなるために必ずトレーニングをする。そうしないと生き残れないし、高いスキルを得ることができないからだ。ところがソフトウェアエンジニアはどうだろうか。知識労働者としてトレーニングを積んでいると答えられる者が周りに何人いるだろうか。
忙しいからトレーニング(勉強)する暇がないというのは簡単だ。仕事の中でもトレーニングはできる。ソフトウェア開発の方法論についてわかりやすく書いてある書籍を探し、通勤電車の中で読み、自分の仕事に試してみることはやろうと思えばできる。誰かから指示されていないからやらない、試してみていいといわれていないからやらないというのは自分の深層にプロのエンジニアとしての自覚が育っていないからだ。
WBCなどで世界中から優れた選手が集まって一緒にプレーすれば、自ずとプロ意識は高まる。勝負だからやらなければやられる。エンジニアの世界には勝負はないのか? そんなことはないだろう。日々ライバル会社と戦っているはずだし、自分との戦いに勝てば組織の中で発言力を高めることもできるし、高見を目指してコンバートも可能だ。出世することが戦いだとは思わないが、ライバル会社に勝る商品を開発してより顧客満足を得ることができれば、それはエンジニアにとっての勝利だと思う。
現在スポーツのトレーニングは根性だけではなく科学的な要素も取り入れられている。システマティックにやらなければ十分な効果がないし、実際にはよいトレーニングを受けるには費用もかかる。
ソフトウェアに関するトレーニングも同じで、根性だけではスキルは身につかない。費用を抑えたいのなら、よい書籍を複数購入して試してみることが効果的だが、トレーナーが横についてくれる訳ではないのでトレーニングを続けるためには精神力が必要になる。野球なら試合に勝ちたいとか、甲子園に出たいとか、WBCで活躍したいとかいった明確な目標を立てやすい。ソフトウェアエンジニアの場合は自分の中で気持ちがくじけてしまわないような目標を立てるのが難しい。
今仕事で困っていることを解決するためのトレーニングをしようというのは直接的でわかりやすいが、この考え方はあまりおすすめしない。身につけた方法論が目的になってしまう危険性があるからだ。目標を持つならWBCで優勝するみたいな大きな目標がいい。イチローのような尊敬できるプレーヤーに相当するエンジニアを超えるといった目標でもいいかもしれない。
ともあれ、ソフトウェアエンジニアもトレーニングをして自分を鍛えることを続けていかないと決して一流にはなれない。ソフトウェアの世界の変容のスピードは速いのでトレーニングを数年間休んでしまうとすぐにおいて行かれてしまう場合もある。(逆に普遍的なスキルを身につけると陳腐化しない)
WBCを見て思ったのは、みんなを満足させるプレーを見せる(=多くの人を満足させる商品を世に出す)ためには、日々のトレーニングといざ勝負しなければいけないとき※の精神力を磨き続けることが必要なんだということである。
※例えば、顧客満足に背反するような選択をプロジェクトや組織が取ろうとしたときに勇気を持って反対しなければいけないときなど。
P.S.
侍ジャパンを命名した原監督は新渡戸稲造の名著「武士道」を熟読したそうだ。「野球道は武士道に通じる」と語り、選手のあり方についても「誠実、素直、朗らか」をよしとした。エンジニアの方もサムライエンジニアを目指したいものだ。