2014-03-02

今でも忘れられない授業

自分は30年以上前、埼玉県春日部市立東中学校の生徒だった。普通の公立中学校でそのころのことで覚えていることはほとんどないのだけれど、一つだけ鮮明に覚えている授業がある。

毎回英語の歌を合唱するという授業だ。本当に申し訳ないのだが、先生の名前は思い出せない。

先生が決めた英語の歌の歌詞が書かれたプリントが配られ、テープレコーダーから流れてくる曲に合わせてみんなで英語の歌を歌う。

英語を覚えたての中学生だから意味もよく分からないし、発音も難しい。選曲は短い簡単な曲から徐々に難しくなっていって、最後はジョン・デンバーのカントリーロード(オリビア・ニュートン・ジョン バージョン)だった。

覚えている限り、歌った曲は次の4曲だった。

1. We Shall Overcome (ピート・シーガー)

2. Where have all the flowers gone? (ピート・シーガー,唄 ブラザース・フォア )

3. Blowin' in the Wind (ボブ・ディラン, 唄 ピーター・ポール&マリー)

4. Country Rode (ジョン・デンバー, 唄 オリビア・ニュートン・ジョン)

1. We Shall Overcome  と 3. Blowin' in the Wind は1960年代にアメリカで盛り上がった、人種差別を反対する公民権運動の象徴と言えるプロテストソング、2. Where have all the flowers gone?  は反戦歌だ。

Country Rode は公民権運動や反戦とは関係ないが、フォークソングの代表作で、当時TBSテレビ『おはよう700』のテーマソングとなっていたため、選んだと先生は言っていた。(カントリーロードは、日本では、今や映画耳をすませばバージョンの方が有名かもしれない)

当時、先生は曲の本当の意味や背景を一切説明していなかった。これらの選曲を今考えてみると単純にフォークソングが好きだっただけではなく、人種差別への反対や反戦の気持ちがあったと思う。

しかし、学習指導要領で指示もされているわけでもなく、思想教育とも取られかねないリスクもあるため、これらの曲が作られた背景や歌詞の意味を説明しなかったのではないだろうか。

その当時の中学生にとっては、意味を理解するどころではなく、歌詞を正確に発音しようとすることだけで精一杯だったので、ただ単に、ブラザーズ・フォアやピーター・ポール&マリーやオリビア・ニュートン・ジョンの美しい歌声を聞きながら、一緒に歌うことが楽しかった。

そして、ほとんど唯一、中学校での授業の記憶はこれらの英語の歌を歌ったことしかないのだ。

ジョン・デンバーやオリビア・ニュートン・ジョンはその後アルバムを買って聴いたりしていたが、大学生になったころ、Blowin' in the Wind(風に吹かれて)がボブ・ディランの曲であることを知ったあたりから、中学生のときに歌っていたあの歌はどんな意味だったのだろうかと思うようになった。

We Shall Overcome (我らは必ず打ち勝つ)
勝利を我らに

作詞:Zilphia Hart., Frank Hamilton, Guy Carawan
and Pete Seeger

訳詞:Paul Kim

We shall overcome, we shall overcome,
We shall overcome someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We shall overcome someday.

我らは打ち勝つ、我らは打ち勝つ
我らは打ち勝つ、いつの日か
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

We'll walk hand in hand, we'll walk hand in hand,
We'll walk hand in hand someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We shall overcome someday.

我らは手に手を取って歩くんだ
いつの日か手に手を取って歩くんだ
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

We are not afraid, we are not afraid,
We are not afraid today;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We shall overcome someday.

我らは恐れない、我らは恐れない
今日の日を我らは恐れない
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

We shall live in peace, we shall live in peace,
We shall live in peace someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We shall live in peace someday.

我らは平和の中に生きる、平和の中に生きる
いつの日か平和の中で生きる
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

The Lord will see us through, The Lord will see us through,
The Lord will see us through someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We shall overcome someday.

神様が導いてくださる
神様が導いてくださる、いつの日か
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

We're on to victory, We're on to victory,
We're on to victory someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
We're on to victory someday.

我らは勝利へ向かってる
我らは勝利へ向かってる、いつの日かの
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを

The truth shall set us free , the truth shall set us free,
The truth shall set us free someday;
Oh, deep in my heart, I do believe,
The truth shall set us free someday.

真実が我らを自由にしてくれる
真実が我らを自由にしてくれる、いつの日か
ああ、心の奥深くで信じてる
我らが打ち勝つということを


Blowin' In The Wind : Bob Dylan

ボブ・ディラン Bob Dylanの曲「風に吹かれて」Blowin' In The Wind(壺齋散人による歌詞の日本語訳)

  How many roads must a man walk down
  Before you call him a man?
  Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
  Before she sleeps in the sand?
  Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
  Before they're forever banned?
  The answer, my friend, is blowin' in the wind,
  The answer is blowin' in the wind.

  どれほどの道を歩かねばならぬのか
  男と呼ばれるために
  どれほど鳩は飛び続けねばならぬのか
  砂の上で安らげるために
  どれほどの弾がうたれねばならぬのか
  殺戮をやめさせるために
  その答えは 風に吹かれて
  誰にもつかめない

  How many years can a mountain exist
  Before it's washed to the sea?
  Yes, 'n' how many years can some people exist
  Before they're allowed to be free?
  Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
  Pretending he just doesn't see?
  The answer, my friend, is blowin' in the wind,
  The answer is blowin' in the wind.

  どれほど悠久の世紀が流れるのか
  山が海となるには
  どれほど人は生きねばならぬのか
  ほんとに自由になれるために
  どれほど首をかしげねばならぬのか
  何もみてないというために
  その答えは 風に吹かれて
  誰にもつかめない

  How many times must a man look up
  Before he can see the sky?
  Yes, 'n' how many ears must one man have
  Before he can hear people cry?
  Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
  That too many people have died?
  The answer, my friend, is blowin' in the wind,
  The answer is blowin' in the wind.

  どれほど人は見上げねばならぬのか
  ほんとの空をみるために
  どれほど多くの耳を持たねばならぬのか
  他人の叫びを聞けるために
  どれほど多くの人が死なねばならぬのか
  死が無益だと知るために
  その答えは 風に吹かれて
  誰にもつかめない


Where Have All The Flowers Gone?
花はどこへ行った?

作詞:Pete Seeger & Joe Hickerson 日本語歌詞:おおたたかし


Where have all the flowers gone?
Long time passing
Where have all the flowers gone?
Long time ago
Where have all the flowers gone
Young girls have picked them every one
When will they ever learn,
When will they ever learn?

野に咲く花は どこへ行く
野に咲く花は 清らか
野に咲く花は 少女の胸に
そっとやさしく 抱かれる

Where have all the young girls gone?
Long time passing
Where have all the young girls gone?
Long time ago
Where have all the young girls gone?
Gone to young men every one.
When will they ever learn,
When will they ever learn?

かわいい少女は どこへ行く
かわいい少女は おぼれる
かわいい少女は 若者の胸に
恋の心 あずけるのさ

Where have all the young men gone?
Long time passing
Where have all the young men gone?
Long time ago
Where have all the young men gone?
Gone for soldiers every one.
When will they ever learn,
When will they ever learn?
(young men の代わりにhusbandsも有り)

その若者は どこへ行く
その若者は 勇んで
その若者は 戦いに行く
力強く 別れを告げ

Where have all the soldiers gone?
Long time passing
Where have all the sodiers gone?
Long time ago
Where have all the soldiers gone?
Gone for graveyards every one.
When will they ever learn,
When will they ever learn? 

戦い終わり どこへ行く
戦い終わり 静かに
戦い終わり 土に眠る
やすらかなる 眠りにつく

Where have all the graveyards gone?
Long time passing
Where have all the graveyards gone?
Long time ago
Where have all the graveyards gone?
Gone to flowers every one.
When will they ever learn,
When will they ever learn?

戦士の眠る その土に
野ばらがそっと 咲いていた
野ばらはいつか 少女の胸に
そっとやさしく 抱かれる

あの当時、中学生の生徒達に先生は伝えたかったことがあったのではないかと思っている。そのときには分からなくても、成長した後に分かる、自分の意思を持って考える力が付いた時に分かる授業をしたのではないかと思っている。

日本は民衆が自らの力で民主主義を勝ち取ったのではなく、敗戦後米国から民主主義を与えられて今に至っている。そして、確固たる自分の意思を持たないふわふわした中間層が大多数を占める社会になっている。

だから、そのふわふわした中間層が風に吹かれて右にいったり左にいったりする民主主義で社会が動いている。(ここで言う風とは、そのときそのときの話題になっている事柄のこと)

(右とか左とかじゃなくて)日本の義務教育で欠落しているのは、自分が自分の意思を持って、その意思を他人と戦わせながら合意を形成するスキルやプロセスの教育だ。

だから、会議をすると誰かが何かを言うまで黙っている者が圧倒的に多い。決を採れば賛成や反対はするが、「自分はこう思う」といった意見が出てこない。

先生は教育指導要領で生徒に教える範囲や教え方を縛られているから、だからところてんのように同じような考えを持った子供が次々と押し出されていくのかもしれない。

あの英語の先生は、自分の考えを自分の教え方で子供達に教えたのではないかとずっと思っていた。それはたぶんリスクもあったのだと想像する。

そのときには分からなくても、成長した後に分かる、自分の意思を持って考える力が付いた時に分かる授業、そういう講義を自分もしなければいけないと思った。

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