2008-09-16

組込みソフトってなに?(高校生の質問から)

組込みソフト開発におけるプロセス改善』の記事に匿名さんから次のようなコメントをもらった。
すみません、初めてのコメントです。実は私、高校生なんですが、
組込みソフトに興味を持っています。今、私たちの生活の中で(身近なところ)よく使われている組込みソフトってなんですか。答えてくれるならすごくうれしいです。お願いします。
そもそも、このブログを始めた最初の目的は読者との双方向コミュニケーションなので、いただいたお題に対して答えてきたいと思う。(=○○)の記述は大人向けの解説。

自分は組込みソフトを説明するときにこの絵を使うことが多い。

まずは、一番左を見てもらいたい。

そもそも、人間が生活していく上であると便利なものはたくさんある。便利なものがあってもオーダーメードで作っていたのでは多くの人に使ってもらうことができない。

だから、加工しやすい部材を使って同じ働きをするものをいくつも作ることを人間は考えた。加工しやすい部材とは古くは木材であっただろう。今でも木はさまざまなものに加工され商品となっている。

その後、電気で動く部品(トランジスタなど)が発明され、定電圧で動くさまざまな電子部品、機械部品が作られて流通するようになった。これらの電子部品、機械部品の中にはセンサーと呼ばれる外界の状態をセンシングする電子部品や、モーターのように物理的に物体を動かすことのできるアクチュエータと呼ばれる機械部品もある。

これらセンサーやアクチュエータは、総称してハードウェアと呼ばれる。ハードウェアは決められた入力に対して決められた動作をする。それぞれのハードウェアにはデータシートもしくはスペックシートという取扱説明書がついている。ハードウェア部品を利用するエンジニアはこの取扱説明書を見てある目的を達成するための機器を作ろうとする。

センサーを使うと外界の状況を機器に取り込むことができる。また、アクチュエータにある入力を与えると何らかの動作をさせることができる。

センサーとアクチュエータを組み合わせると、外界の状況に合わせて組込み機器に何らかの動作をさせることができそうだ。ところが、センサーからの出力をアクチュエータに直接つないで期待通りの動きをさせることができるかというとなかなかそうはいかない。

センサーからの出力を期待通りの動きになるように変換してからアクチュエータに入力してしなければいけない。

このハードウェアとハードウェアの間に入って信号を変換する役割を担うのが元祖組込みソフトウェアだ。(上図の左)

組込みソフトウェアはCPU(中央演算装置:Central Processing Unit)という特殊なハードウェアにプログラムで命令を与えることで、信号をいろいろな信号に変換することができる。プログラムは書き換えることが可能なので、いろいろな信号の変換を試してみて「これでいける」と思ったら完成したプログラムをROM(Read Only Memory)と呼ばれる電子部品に書きこんで組込み機器に搭載する。(=設計情報の転写)

ハードウェア部品群とハードウェアとハードウェアをつなぐソフトウェアが協力しあって組込み機器が完成する。ハードウェア部品もソフトウェアも同じものを大量に生産できるので工場で部品を組み上げて消費者に届けることができる。(=設計から生産へ)

上図の左で、ハードウェアとハードウェアの隙間を埋めるような感じでソフトウェアを描いているのはソフトウェアにこんな特長があるからだ。

もうひとつ別な見方をすると、ユーザーや市場が欲しいと思うものに対して、メーカーは何らかのキーデバイスを選択して「こんな素晴らしいハードウェアを使った商品なんですよ」と宣伝する。

例えば薄型テレビのキーデバイスはもちろん液晶パネルやプラズマのパネルだ。このキーデバイスが表の顔であり、この表の顔にユーザーは惹かれる。(=コアコンピタンスとしてのハードウェア)

しかし、大抵の場合キーデバイスだけでは組込み機器に目的の動作をさせることはできない。ユーザーやマーケットが欲している機能や性能を実現するためには、キーデバイスの能力を引き出すソフトウェアが必要になる。これが組込みソフトウェアだ。(=コアコンピタンスとしてのソフトウェア)

ユーザーやマーケットの要求が複雑でかつ多様になるにつれ、組込み機器における組込みソフトの割合は大きくなってきた。

最初の絵の左から右への変遷がその様子を表している。今ではソフトウェアの分量は20年前の100倍から1000倍以上になっており、ハードウェアとハードウェアの隙間を埋めるためだけの役割だけではなくなってきている。

ソフトウェア自体を再利用可能な部品にしてそれらを組み合わせることもしないと、ソフトウェア作りが間に合わなくなってきた。(=ソフトウェアプロダクトラインの必要性)

昔はハードウェアとハードウェアの間を埋めるだけの役割をソフトウェアが担っていたので、試作品に対して何らかの入力を与え出力をチェックしながらプログラムを直していって「これで完成」という時点でソフトウェアをフィックスすればよかったが、今ではそんなやり方をしていたらソフトウェアが固まるまで何年もかかってしまう。(=Verification & Validationの計画と実行)

商品を作って他社との競争に勝つためには開発のスピード、商品が提供する機能や性能及び品質が大事になる。(=マーケティングと要求品質定義、トレーサビリティ)

ハードウェアは故障することで製品の品質を悪化させるが、ハードウェア部品の故障を最小限にするための技術は長い年月をかけて確立してきたと言える。(=故障解析、歩留まり)

一方でソフトウェアはバグと言われる意図しない動作をするプログラムが入ったまま製品を出荷することで製品の品質を悪化させる。これが市場で見つかるとメーカーは製品を回収してプログラムを正しいものに入れ替えたりする。(=リコール)

ではバグをなくしてから製品を出荷すればよいのに・・・と思うだろう。それはそう簡単ではない。例えば、400字詰めの原稿用紙で100枚ぶんの作文を書いたとしよう。この4万字の作文の中で誤字脱字を一個もない状態にするにはどれくらいの時間がかかるだろうか。

100枚の原稿を何回も何回も見直したりしていると、ふとこ「この文章を直しておきたいなあ」と思うこともある。手書きの原稿ならいざ知らず、今はパソコンで簡単に直せるので余り気にせずに直してしまう。これを何回も何回も繰り返していると、いつの間にか直す前の文章と直した後の文章がどれがどれだか分からなくなりごちゃごちゃになってしまったりする。(=構成管理、変更管理の必要性)

組込みソフトでもこれと同じことが起こる。100万行にも膨れあがったプログラムを一点のミスもない状態にするのは至難の業であり、時間もかかるし、みんなの知恵を借りていろいろなくふうをしないといけない。(=ソフトウェア工学の利用)

最後に、ひとつ現代の組込みソフトエンジニアのやりがいというプラスの面を書いておこう。ハードウェアは決まった動きをする要素部品であり、ハードウェアエンジニアは目的を果たすためにどのハードウェアをどのように組み合わせればよいかを考え、その考えを製品で実現し大量生産できるようにする。(=組み合わせとすり合わせの組み合わせ技術)

ソフトウェアエンジニアはハードウェアの構成が決まれば、勝負の世界は自分が書くプログラムにゆだねられる。毎日のプログラミングの積み重ねが商品の善し悪しを決定する。(=組み合わせとすり合わせ技術のすり合わせ技術)

ある意味、自分の技術や努力の結果が商品の品質にストレートに影響するとも言える。ようするに腕のよいソフトウェアエンジニアが書いたプログラムが高い商品価値を生み出すということだ。技術的な成長を反映させやすい、また成果を実感しやすい仕事であるとも言えるだろう。

また、ハードウェアとソフトウェアが協力して合って組込み機器ができあがるため、特にアクチュエータが使われていると物理的な動きが見えてきて機器が完成して自分の思い通りに機器が動いたとき喜びが大きい。そして、自分が作ったソフトウェアが組込み機器に載って多くのお客さんに使ってもらえるという喜びもある。これらが組込みソフトの醍醐味である。(=組込みソフトエンジニアのモチベーションの源泉)

以上、「組込みソフトってなに?」の疑問の解消にこの記事が少しでも役に立てれば幸いである。
 

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

組込みソフトにそんなふうに関心を持ってくれる高校生がいるって、すばらしいことですね。率直な質問にも、それに対する熱意の入ったご回答にも感動しました。