非常に古い話である。1993年の日科技連のソフトウェアの品質管理セミナーに参加したとき3日目の東京理科大の高橋武則教授の講義で「品質とは顧客満足度である」というテーマを「秋葉原に洗濯機を買いに行く」というたとえ話で聞いた。
当時29歳の自分にとって、この話は青天の霹靂だった。大げさだがこの話を聞いて製品開発をする場合に何を目標にすべきかということをイメージとしてつかんだと思う。
この話は『組込みソフトエンジニアを極める』の第3章 -再利用の壁を越える- の中で「洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない」というコラムで紹介している。古い話だったし、テキストにも書かれていない内容だったので出典情報は書かなかった。高橋先生ごめんなさい。
さて、今回はこのコラムを引用する。
【洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない】
現在東京の秋葉原は電気製品のメッカというイメージから、別な意味での聖地と変わりつつあるようです。ところで、1980年代、郊外に大型家電量販店がなかったころ、地元の電気屋さんではなく秋葉原に家電製品を買いに行く人々がいました。なぜ、秋葉原に洗濯機を買いに行ったのでしょうか。もちろん、秋葉原の電気店では最新の商品が豊富に取り揃えられており価格も安かったということが一番の理由でしたが、秋葉原の店員は各メーカーの洗濯機の特長を熟知していて、予算や使い勝手などの要求に応じて一番ピッタリ合う洗濯機を選んでくれるだけの知識と販売の経験(洗剤はどれくらい使うのか、乾燥機能はついているのか、サービス体制は万全かなど)を持っているという理由も大きかったと思います。
2000年代になって家電製品はインターネットで激安のものを購入できるようになりましたが、いろいろなメーカーの商品をおしなべて比較し、誰かにアドバイスしてもらいたいという買い手側の要求はまだあります。その要求に答えるように、都市近郊では郊外に家電量販店の大規模店舗が出店するようになりました。郊外の家電量販店では、かつて秋葉原の電気店の店員が行っていた販売のノウハウがマニュアル化され秋葉原へ行かなくても、地元で最新の機種を適切なアドバイス付きで購入できるようになりました。賢いユーザーはこのような家電量販店で商品の知識を仕入れてインターネットで最も安く買える店を探すのかもしれません。
さて、販売側がこのように商品だけをただ売るだけでなく、商品+サービス(商品知識とアドバイス)をセットにして売るようになってきたことを考えると、作り手側はどのようなスタンスで物作りをしていけばよいのでしょうか。
この問題を考えるおもしろい例題として洗濯機メーカーが新しい商品を開発するときに、「どのような洗濯機を作ろうか」と考えてはいけないという話があります。洗濯機メーカーならずともメーカーは新しい商品を企画する際に現行モデルをベースにして新しい機能を追加しようと考えがちです。なぜなら、現在販売している商品は目に見える「物」でありその機能や性能について自分たちは熟知しており、お客様からの評判や要望もある程度把握できているので、それをベースに新しい商品を考えることが最も自然だからです。
しかし、このようなアプローチには大きな落とし穴があります。なぜなら、洗濯機を使っているユーザーの真の目的は衣類を洗濯することではないからです。洗濯機を使っているユーザーは決して洗濯をすることが本当の目的ではありません。ユーザーの本当の目的は「汚れた衣服をきれいにすること」です。へりくつのように聞こえるかもしれませんが「洗濯機で洗濯すること」と「汚れた衣服をきれいにすること」未来永劫、同等だとは言い切れないのです。
なぜなら、例えば、自宅近くに、もしも、ワイシャツ1枚を10円でクリーニングするクリーニング屋が現れ、夜玄関脇のボックスに洗濯物を入れておくと朝にはきれいになって戻してくれるようなサービスを始めたら、それでもユーザーは洗濯機で洗濯するでしょうか。もちろん、21世紀になってもそこまでクリーニング料金が安くなるような時代にはなっていませんが今後絶対にそのような状況が現れないとは言い切れません。人々のライフスタイルが変化したり、新しいデバイスが発明されたりすることにより既存の考え方が一変することはよくあるのです。
したがって、洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発することを考えるのではなく、お客様の要望(この場合は衣服をきれいにするということ)を満足するための商品またはサービスとは何か、また、現在の技術や新しい技術を開発することによってどのような商品またはサービスを提供することができるのかを考える必要があるのです。そうやってユーザー要求を第一に考えた商品やサービスと現行商品に新しい機能を付け加えたものがイコールであるとは限らないのです。洗濯機自体がいらなくなる時代だってくるかもしれません。目の前にある形あるものにとらわれないようにしないと時代に取り残されてしまう危険性があるのです。
【引用終わり】
実際、1993年当時ではまったく予想できなかったのではないかと思うが、今ではドラム型でしかもヒートポンプ式の乾燥機が内蔵されている洗濯機まである。
商品開発のディスカッションで何も考えないで話をしていると、今の製品の一部の機能を新しくしたり、他社製品のいいところを取り入れたりといった誰でも思いつくアイディアしか出てこないことが多い。
ユーザーニーズの本質にまで立ち返って、ユーザーが本当に求めているものを、現在世の中にあるあらゆる技術やデバイスを使って実現できるかどうかを考えなければいけない。
イノベーションを起こすためには現実を一度破壊しなければいけないが、組込みの場合、アーキテクトは新しい技術やデバイスを使ったときの実現可能性についてできるかどうかピンとこないといけない。
そのためには、常日頃、まったく関係ない業種であっても新しいデバイスやサービスが現れてきたら、自分のドメインで使えるかどうか考えるくせを付けることが大事だ。
今回の話題は「マーケティングの重要性」の記事にも書いているのでこちらもお読みいただきたい。
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