2012-02-12

100%の安全が確保できないからルンバを作らない?

特集記事はお休み
今回は ISO 26262 の記事ではない。特集記事8回、関連記事3回書いて分かったのは、規格の日本語訳には膨大な時間がかかり、規格をすべて和訳するのはあまりにも効率が悪く、自分自身のモチベーションもなかなか続かないということだ。

これだけ話題になっている国際規格だから、近い将来、きっと自動車系の工業会が和訳を作ってくれるに違いない。全体を正確に把握するには、工業会が作った和訳をじっくり読むのが一番いい。

問題は和訳が出そろった後の話だ。規格適合を目指す技術者は大抵和訳が出ても隅から隅まで読まない。誰かが自分がやるべきことを教えてくれるのを待っている。

そして、組織はしびれを切らし担当部門もしくは担当者を決めて、その担当がエンジニアに指導する。医療機器の世界では自分がその役目を担っている。

ISO 26262に関してここで方針変換しようと思っているのは、ISO 26262 の和訳がリリースされたら、日本のソフトウェアエンジニアが自分達の良さやアドバンテージを消さないように、自動車の安全を確保するためには規格をどのように解釈したらいいか、また、和訳から読み取りにくい規格原文のニュアンスは何かなどをこのブログで解説するということだ。

また、規格のここが分からないとか、ここの部分を知りたいというリクエストがあれば、積極的にそのリクエストに応えていきたい。自分は、自動車業界には何のしがらみもないので、安心して質問や要求を投げてきて欲しい。(現時点でもリクエストがあれはお答えします。)

さて、今回は下記のニュースを掘り下げてみたいと思う。

日本の家電各社が掃除ロボット「ルンバ」を作れない理由…国内製造業の弱点

日本の家電各社が、米アイロボット社の「ルンバ」に類似した製品を作らない、作れない理由について書いた記事である。(東芝は外部に製造委託して掃除ロボットを販売している。)

アイロボット社の「ルンバ」は確か7万円以上はしたと思うが、結構売れていると聞く。いろいろできないのではないかという心配をよそに、狭い日本の家庭でも賢く掃除してくれるらしい。

サイクロン型掃除機のように日本の家電メーカーが似たような商品を作りそうなのにそうしない理由として次のようなことが書いてある。

それなのに、技術力で世界の家電業界をリードしてきた日本メーカーが、どうしてルンバ発売から10年以上が経過しても同様の製品を製造しないのか。
「技術はある」。パナソニックの担当者はこう強い口調で話しながらも、商品化しない理由について「100%の安全性を確保できない」と説明する。 
例えば、掃除ロボットが仏壇にぶつかり、ろうそくが倒れ、火事になる▽階段から落下し、下にいる人にあたる▽よちよち歩きの赤ちゃんの歩行を邪魔し転倒させる-などだという。 
家庭で使う家電製品の第一条件は「安全性」だ。一方、日本の製造業は「リスクを極端に嫌う」傾向が強いため、開発の技術力がありながら、獲得できる市場をみすみす逃しているケースも指摘されている。
記事ではこのあと医療機器の例が書かれており、日本では製造物責任を恐れて新規参入しない企業があると言っている。

上記の「技術はあるが、安全を考えると参入できない」という気持ちはよく分かる。それが日本人の顧客の安全を何よりも重要視する気質( Awareness: Worrying about Quality:品質を心配する意識)の表れだと感じる。

ただし、記事が主張しているように、リスクを恐れて市場に参入しないというのも間違っていると思う。ちなみに、記事の中に出てくる「100%の安全性を確保できない」から市場参入しないというくだりは、誤った考え方だ。福島の原発事故が示すように100%の安全性など、この世に存在はしない。何をするにもリスクは必ず存在する。

薬がよい例だ。リスクよりも効用が上回った場合は、リスクコントロール手段を施した上で、リスクよりも効用の方を取る。薬の場合、製薬メーカーは治験等で十分な調査を行い、消費者は服用の注意事項をよく読み、禁忌禁止事項はやらない、医師や薬剤師の指示を守るといったことが要求される。それがリスクコントロール手段だ。

それをやった上で、副作用というリスクよりも薬の効果効能の方を取るのだ。掃除ロボットの場合は、薬や医療機器ではないので、リスクといっても人の生き死にとは直接は関係ない。

しかし、上記のパナソニックに担当者は「火事」や「赤ちゃんの転倒」といったリスクを想定した。こういうところはさすがだと思う。日本の製造業のすごいのは、品質保証担当でなくても、このような目の届きにくいリスクを拾い上げる能力を持っている点だ。その根底にあるのは、日本人の相手を思いやる気持ち、習慣のお陰ではないかと思う。

さて、商品に関係しそうな細々としたリスクを洗い出す能力が高いのはよいのだが、その結果、市場に参入しないという判断は正しいのだろうか。記事は技術力があるのに獲得できる市場をみすみす逃していると書いているが自分はちょっと違った視点を持っている。

というのは、日本のメーカーがやらなくても、韓国のサムスン電子、LG電子は参入しているのだ。日本は安全、安心の商品を作ることが最も得意な国なのに、そこに手を出さなくてどうするのか、そのままジリ貧の状態に甘んじるのかという気持ちだ。

ようするに、模倣商品が市場に出回って消費者を危険にさらすくらいなら、ブランドの信用がある日本のメーカーが安全でリーズナブルな商品を開発したらどうだということだ。ブランドを傷つける可能性をぬぐいきれないので参入しないという選択は、安全でリーズナブルな商品を望んでいる消費者の期待には応えられないという敗北宣言と同じだ。市場を逃しているのではなく、消費者の期待に応えられていないと考えて欲しい。(前者は金儲けが目的の考え方、後者は社会貢献が目的の考え方)

これからの日本の製造業者は効果効能が高く、かつリスクも大きい商品があったらチャンスと思わないダメだ。過去の栄光を守ろうと考えたら、あっという間にアジアの国々に抜かれる。あのソニーだって、新社長が4本柱の一つとして医療分野に力を入れると言っているではないか。

米アイロボット社に敬意を表して、白旗を揚げて模倣製品は作らないというのも選択肢の一つだとは思うが、安全性が担保できないから市場参入しないというのはなさけない。パナソニックは家電業界でユーザーの安全分析、安全対策、是正改善は相当やってきているだろうから、安全を確保できないから市場参入しないという理由はおかしい。洗濯機だって、冷蔵庫だって、ファンヒータだってユーザーリスクは必ずある。100%の安全性などないからこそ、みな、改善を積み重ねて安全性を高めている。市場における経験のなさはマイナス要因ではあるが、同分野別商品での経験は使えるはずだ。

日本の家電メーカーは安全を分析、実現するノウハウは持っているはずなので、市場におけるユーザーからの苦情や故障情報を持っていないというのは理解できる。しかし、未経験の商品であったもユーザーへのアンケートや家電量販店へのリサーチである程度情報は収集できるから、できない理由にはならないと思う。

知財は特許で保護されているので、米アイロボットの特許を回避する新しい技術が思いつかないから参入できないという可能性はある。

商品化のための技術や知財の問題を回避できる自信があるにも関わらず、新規参入した分野で事故を起こせば、ブランドに傷が付き主力商品の売り上げに支障がでると考えるのなら、その組織は既存商品の分野でジリ貧となる運命を受け入れるしかない。

リスクを伴う商品開発に関わりたくない、命に関わる商品開発はしたくないという話は、医療機器ドメイン外の技術者や、大学生から聞くことがある。そういう時は「リスクから逃れることを考える前に、自分達が作った商品やサービスで人や社会にどんな貢献ができるのかを考えてみて欲しい」と言う。

患者さんの命を助ける、人のためになる、社会に貢献するための仕事に従事できれば、毎日の仕事自体がやりがいにならないか、もっとお客さんに満足してもらう、もっと社会に貢献したいという気持ちにならないか。そのためにまたがんばろうと考えられるようになったらいいと思わないかと問うようにしている。

高い効果効能、高い社会貢献を実現する商品にはユーザーリスクが伴う。しかし、人間はそのリスクを軽減するための知恵をこれまで構築してきた。その先人の知恵を使うことで、できるだけリスクを下げることができる。ただ、100%の安全はないのでそのことは決して忘れてはいけない。

ここまでの考えをまとめると、次のようになる。

【今日のまとめ】
  1. 効果・効能をもたらす商品にはユーザーリスクが伴う。
  2. リスクの低減を実現し、高い技術で効果・効能を実現できれば、それが組織の強みになる。
  3. 100%の安全などあるわけないのだから、リスクから逃げるのではなく、リスクを軽減する技術を追求する。
  4. 日本の製造業の強みは製品開発を通じて潜在的価値(リスクの軽減)と顕在的価値(効果・効能)の両立ができることである。
  5. その特長を活かせないのなら、グローバルマーケットで生き残ることはできない。(機能やコストだけでは勝負はできない。安全や信頼の提供が世界中の顧客の信頼を生む。)

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