2007-05-07

スキルの伝承は8割以上の企業が不十分な状況

日経ものづくり 2007年4月号の “数字で見る現場” という連載で「スキルの伝承は8割以上の企業が不十分な状況」という記事があった。

Q1 【技術者が必要となる知識やノウハウ、技能などのスキルがベテランから若手へと十分に受け継がれているか】という問いに対して
  • 以前と比べて、急激に不十分な状況へと変化してきている(18.0%)
  • 状況は悪化(43.2%)
  • 以前も今も、十分に受け継がれていない(22.9%)
  • 一時期は不十分だったが、徐々に状況が好転してきている(7.8%)
  • 以前よりも十分に受け継がれるようになった(1.9%)
  • 以前と同様に十分に受け継がれている(2.8%)
  • 分からない(3.2%)
  • 無回答(0.2%)
といった回答になっている。日経ものづくりは、どちらかといえばメカ屋さんや製品開発を全体から見る技術者・管理者向けの雑誌で、ソフトウェアに特化しているわけではないが、スキルの伝承というテーマについては、メカもエレキもソフトもあんまり関係はなさそうだ。

例えば、Q2 【受け継ぐスキルは変わってきていると感じるか】という質問に対しては、受け継ぐスキルの幅が広がった上に、奥深くなっていると回答した人が 60.4% いる。

この数字は過去にこのブログで書いた「新人技術者へのハードルは確実に高くなっている」 の記事の主張を裏付けている。

また、 Q4 【契約社員や派遣社員などの割合が増加することで人材育成に対する考え方はどう変わるか】に対しては以下のような感じだ。
  • 短期的に効果が出るような育成に重視する(38.9%)
  • 長期的に雇用する可能性が低いため、積極的に育成できない(38.3%)
  • 正社員が現場から遠ざかってしまうので、それを補うための育成が正社員に必要となる(30.8%)
  • 契約社員、派遣社員、正社員で育成方法は変わらない(18.1%)
  • その他(5.0%)
  • 分からない(6.2%)
  • 無回答(0.9%)
2番目の「長期的に雇用する可能性が低いため、積極的に育成できない」はノウハウの組織外流出の悪循環を加速させる。

ついに来たプロジェクトマネジメントを外部発注する時代」の記事で取り上げた、日経ビジネス 2007年4月2日号の特集記事 “抜け殻”正社員-派遣・請負依存経営のツケ-がこの悪循環の結果だ。

正社員から非正社員への転換を進め、人件費圧縮に伴う相対的な利益増加のうまみがやめられなくなってしまい、ふと気がつくと長年伝承してきたスキルの多くが組織外へ流出してしまう。

受け継ぐスキルの幅が広がって奥深くなっているのに、長期的な教育ができず短期的に効果ができるような教育ばかりをあさっていると、表面的な技術やツールに頼りがちになり、腰の据わったスキルの伝承ができない。

Q5 「ベテラン社員や会社組織といった教える側の課題は何か」については
  • 教育に時間を割けない(68.4%)
  • 教える人材が不足している(62.4%)
  • 長期的な競争力の向上という視点がない(47%)
  • 積極的に自分のスキルを伝えようとしない(40.5%)
  • その他(6.4%)
  • 分からない(1.0%)
という状況だ。

Q6 【教わる側の課題は何か(複数回答)】については次のような結果
  • 自分自身で考え抜くことに慣れていない(69.3%)
  • 直近の業務を優先しすぎる(52.8%)
  • 新しいことを学ぼうという姿勢が足りない(49.6%)
  • 現時点の業務以外への興味が薄い(47.2%)
  • 工学的な基礎知識が不足している(44.1%)
  • 身につけたスキルが自分の財産になると考えていない(30.6)
  • 短期的な評価を気にしすぎる(29.2%)
  • その他(5.4%)
  • 分からない(1.1%)
ものづくりで競争に勝たなければいけないのなら「自分自身で考え抜くことに慣れていない」は致命的な欠陥だし、直近の業務を優先し、新しいことを学ぶ姿勢がなく、現時点の業務以外への興味が薄く、工学的な基礎知識が不足し、身につけたスキルが自分の財産になると考えていないとなると、もうとりつく島がない。

このような人たちを生み出してしまった原因はテストの点数で子供を評価するという学校教育システムのせいではないかと常々考えていた。

欧米では、モンテッソーリ教育を実践する「子どもの家」という教育施設がある。(日本にもそれなりにある

モンテッソーリ教育についてはいずれ詳しく書くとして、モンテッソーリ教育の基本的な考え方はこうだ。
  • 子どもは環境を征服しながら自立していく。(子どもはどのような環境をも征服する力を持っている)
  • すべての子どもが持つ「自己開発力」を信じて待つ。(焦らずに子ども自らの気づきを待つ)
  • 環境を作る教育を考える。(子育ては粘土をこねるのではなく、草花に水をあげるようなもの)
  • 子どもは動きながら学ぶ。(子どもが動きながら学べる環境を考える)
ここに一環して流れているのは「依存から自立への離陸を手助けしてあげよう!」という精神であり、具体的には
  1. 自己選択(作業する場を明確にし、環境を整える)
  2. 作業に関わる(提示は子どもが理解できる速度で)
  3. 集中現象-繰り返しの活動-(姿を隠す、じょまをしない、口出しをしない)
  4. 達成感・満足感(共感しともに楽しむ)
という4つのサイクルを回すことを提唱している。

このサイクルを回す中で、すべての場面で、謙虚に子どもを観察することが必要であるとモンテッソーリは主張している。

この考え方を一枚の絵にしたものがこちらにあるので参照していただきたい。また、このモンテッソーリ教育の考え方を組込みエンジニアに適用するときの絵として提案したものがこちらだ。

欧米では、子どもをモンテッソーリ教育を行う「子どもの家」に入れることがエリート教育であると考える親がたくさんいる。自立して自分でものごとを考え抜く子どもは組織の中でリーダになり組織を引っ張っていくことができると考えているからではないだろうか。

欧米では自立した子どもにすることがエリート教育で、日本では子どもを塾に通わせ知識を詰め込むことがエリート教育なのだろうか。

ちなみに、子どもの頃に、自分で選択し、集中し、達成感・満足感をたくさん得る経験をしたエンジニアは、自分自身で考え抜くことに慣れており、新しいことを学ぶことに喜びを感じ、工学的な基礎が問題の解決に結びつくということを肌で感じることができ、身につけたスキルが自分の財産になると考えるように思う。

では、大人になってしまったらもう遅いのかという疑問に対しては、「教材がいいと受講者の食いつきが違うね」を読んでいただきたい。上記の4つのサイクルを5日間で体験する研修もある。

最後に、日経ものづくりの記事に戻って、残りふたつの質問と多数回答を紹介したい。

Q7 【すでに自動化(ブラックボックス化)されたスキルを技術者自身も見つける必要もあると思いますか】
  • 全員が覚える必要はないが、一部の技術者は身につけて伝えていくべき(53.6%)
  • 自動化されてしまったスキルであっても、基本的にすべての技術者が身につけるべき(40.8%)
Q8 【臨機応変な対応力を身につけるには、理論的な知識と経験のどちらが重要だと思うか】
  • 理論的な知識と経験のどちらが欠けても、臨機応変な対応力は身に付かない(73.8%)
技術者教育を計画して実施しようとするとき、予算化する際に組織の中には必ず費用対効果のことを持ち出す人がいる。まあ、教育費用が一人あたり数十万円にもなる場合は「貴重な利益を効果が出るかどうか分からないものに使っていいのか?」「昔は技術は教わるものではなく、先輩から盗んでいた者だ」と言いたくもなるだろう。

そんな人には、この日経ものづくりの記事で具体的な数字で、製造業の人材育成の現状を解説してやって欲しいと思う。
 

2 件のコメント:

sakai さんのコメント...

本ブログははてなの日記にも同じ内容を転載しています。はてなのほうにコメントをいただきましたので本家の方に転載させてもらいます。
-----------------------------------
よの字 『何年か前から、身内向けに「研修」の名目で、主に若い技術者を対象に考えることを身につけてもらう合宿を企画運営していますが、最近、ROIを明示するように言われています。書かないと予算が執行できないので出任せを書きますが、むなしい。教育の ROI を三行程度で書かせる書類を考えた人の気が知れない。

技術が受け継がれない点を嘆いておいでですが(そして私もそれは同じ思いですが)、経営層での断絶も日々感じています。昔は「心意気」とか、少なくとも暗黙の「ポリシー」があったと思うのですが、そうした思いを防御可能な論理として表現する術を持たないがために、数字万能の勘違いの波に飲まれ、そうしたポリシーが消えて行っているようです。つくづく、数学も物理も大事だが、日本語を身に付けろ!(経営者も管理者も技術者も営業も)と叫びたくなります。

…論点を逸らせてごめんなさい。技術の非継承および流出は止めるべきだと、日経ものづくりの調査数字には出ているようですが、同じ数字に阻まれて、組織内に浸透させ損ねているようであるのが、もどかしく感じます。』

sakai さんのコメント...

よの字さん、コメントありがとうございます。

教育に対して ROI (return on investment:投資利益率 / 投資収益率 / 投資回収率)を求める経営層はレベルが低いという記事をどこかで読んだことがありますが、組織内にいるのだからしょうがないですね。ただ、教育を企画する方にとっても、どれくらい効果が上がったのかを知りたいという気持ちはあります。

1975年にカーク・パトリックが提唱した教育効果の4段階評価というのがあります。

1. Rection(反応)ユーザーの反応を評価する。参加者の満足度を見る。
2. Learning(学習)スキルを評価する。学習目的のスキル・知識の理解度をテストする。
3. Behavior(行動・態度)行動変化を評価する。研修後、仕事上の行動が変化したかを見る。
4. Result(結果)成果を評価する。研修が寄与した経費節約分、収益増加を測定する。

2, 3, 4 を調べるのはとても大変なので、自分は1を出来るだけ定型フォーマットにして受講者アンケートを取り、その結果を分析し、良いコメントを抽出したりして一講義に対してA4 2枚のレポートを作るようにしています。このレポートを1年間積み重ねて、全体の総括を付けて年間レポートが完成します。

いろいろ文句を言う人に対しては、過去の実績と受講者の満足度を盾にして予算獲得の交渉をします。

教育もソフトウェアも見えにくいからこそ、声の大きい、主観でものを言う人に屈してしまうことが多いのだと思います。

ソフトウェアも教育にも、きっと見える化が必要なのでしょう。