今話題のトマ・ピケティの「21世紀の資本」は600ページもあるとのことだったが、2015年1月8日にTBSラジオ 荻上チキさんの session22 で読まずとも翻訳者の 山形浩生さんを交えて解説してくれた。(しばらく前までポッドキャストでも聞けていたのに、大人の事情でだろうか、今では聞けなくなっている。)
世界の経済を長期的に観察すると、資本を運用することによって利益を得る資本収益率は上がっていくが、労働によって得られる所得成長率はそれほど上がらない。したがって、時を追うごとに資本家と労働者階級の格差が広がり、その結果、さらに富の集中が起こる。資本から得られる収益率が経済成長率を上回れば上回るほど、それだけ富は資本家へ蓄積される。
ラジオではこれを分かりやすく説明する例として、日経ビジネスのチーフ企画プロデューサー 柳瀬博一 さんが次のように説明していた。
自分の大学時代の同期で、トヨタのプリウスに搭載される予定のハイブリッドエンジンを開発していたエンジニアは当時年収600万円くらいだった。一方、日本の証券会社から外資系の会社に移ったトレーダーは、月何十万円もする高級賃貸マンションに住んでいて贅沢な暮らしをしていた。前者の製造業者はもの作りによてって所得成長率を高める努力をし、後者はその製造業者の資本を運用することで資本収益率を高めていた。その後、ハイブリッド車とトヨタは世界を席巻したが、労働者よりもトレーダーの方が儲けていた。
トレーダーは「必ず儲かる訳ではない。大損するリスクも背負っている。どちらになるかは分からない危ない橋を渡っているから、恩恵もある。」と言うらしい。このみんな薄々気がついていたことを何十年分ものデータで分析し、トータルで資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きくなるという結論を出したのがトマ・ピケティだ。
そして、資本収益率(r)が経済成長率(g)より大きくなった結果、資本を持つ者と持たざるものの格差は広がる。そこで、資本を持つ者から持たざるものへの資産を流す必要があるとピケティは主張している。いろいろなやり方があるのだろうが、例えば所得に応じた税率の設定や、相続税の控除額の調整などがある。また、ビル・ゲイツなどアメリカの超高額所得者がやっている多額の寄付なども方法の一つらしい。日本でも寄付については特別に控除の優遇を与えることで、社会資本の均一化を促す効果があるかもしれない。ふるさと納税なども地方自治体の間での格差是正に一役買っているのだろう。
なお、番組の中で貧困と格差を混同してはいけないという話があった。貧困は社会が救わなければいけない。一方で格差の方は何がいいのか悪いのか、あるいは受け入れるべきものなのかについて考える必要があるということだった。給料が安いことがイコール不幸であるとは限らない。給料が安くても、今の生活で満足だという人もいるかもしれない。人によって価値観は異なるので、お金の格差だけで善し悪しを決めることはできない。ただし、自分が置かれた境遇により、どんなに頑張っても安心を得られないような人もいる、そういった人達には社会が救いの手を差し伸べる必要がある。
ところで、TBSラジオの朝の番組で森本毅郎・スタンバイ!の1月15日の東京大学名誉教授 月尾嘉男さんのコーナーでボランタリー経済の潮流の話があった。資本主義経済だけでは世の中の活動はうまくいかない、それを埋める活動としてボランタリーな活動が必要だという話だ。
ピケティの研究では、資本主義経済が発展していくと、儲かるところに経済活動が集中し、儲からないところは取り残されていく。そこで、その穴埋めの役割がボランタリー経済に期待されているというのだ。
一つの例として、Wikipedia が挙げられていた。Wikipedia は当初、2人のアメリカ人が25項目の情報を掲載することから始め、今や15年で400万項目になった。これまでに累計195万人が関わった。資本主義経済の中で商売としてこの規模の辞書はとても作れない。
ボランタリーな活動であっても社会を動かす力となることがある。ピケティの21世紀の資本の対局にあるような経済活動、それがボランタリー経済なのだ。では、ボランタリー経済が格差社会の歪みを埋めることにも貢献できるとするならば、その原動力はなんだろうかということだ。
ボランタリー経済を支えるプロジェクトやミッションを始めるには、ボランティアを募る必要がある。ボランティアを募るには、何を助けて欲しいのか、何を集めたいのが、何が足らないかを伝えなければいけない。また、プロジェクトが達成できた後の利用者や参加者を集めるにも情報伝達が必要だ。
誰もが関心を寄せるようなテーマであれば、また何かの事件、事故がきっかけならば黙っていてもマスコミが取り上げてくれるから、情報拡散の必要はない。
しかし、そこまでの話題性がないプロジェクトならば、積極的に情報発信をしなければいけない。大々的な情報発信には昔なら多額の費用がかかっていたが、今ではインターネットとさまざまな無料(裏で広告に支えられていることも多いが)のサービスが使える。
今なら、それらを駆使して、無償または安価に仲間を集めるための素地はあると言っていいだろう。
一方で問題なのは、何かしらのプロジェクトやミッションを効率よくスマートに遂行するためには、高いスキルが必要になるという点だ。ITに関わるプロジェクトならば、ライフハッカーとしてのスキルが必要だ。
また、何かを作り出さなければいけないのなら、クリエーターがいる。いろいろな種類のライフハッカーやクリエーターがいるけれど、彼らを集めるか、優秀な彼らが大勢の人が安価に使えるように用意したツール(例えばオープンソースの知財など)を使う必要がある。
ただ、それらもまったくの素人では使いこなすことはできない。やはり、ライフハッカーやクリエーターの助けは必要になる。果たして、お金を使わずに彼らを集める方法はあるのか、また、集められたとして、彼らに能力を発揮してもらい、プロジェクトやミッションを成功に導くための原動力とは何だろうか。
それを自分はこう考える。彼らが対価としてお金をもらう仕事としてではなく、ボランタリーにプロジェクトに参加するのは、1人の人間としてプロジェクトやミッションの趣意に賛同するからだということ、また、プロジェクトやミッションのエンドユーザーへの満足や感謝の気持ちを自分達のモチベーションにつなげようと考えるからだと。単純な興味や関心だけでは、長続きはしない。自分の中にその活動に参加する意義が見いだせなければ無理だと思うのだ。
そして、もう一つ大事なことは、プロジェクトやミッションを遂行し、フィニッシュするために不可欠なのが、ライフハッカーやクリエイター同士のリスペクトだと自分は思う。
対価がない、または非常に小さい活動である場合、資本(資金)に頼ることができないから、壁にぶつかったときにアイディアや技術で壁を乗り越える必要がある。そのときくじけそうな心を支えるのが、仲間のライフハッカーやクリエイターの畏敬のまなざしや言葉だ。クリエーターがクリエーターの能力や成果をリスペクトし、互いに高め合おうとすることが、最大のモチベーションになる。
金が人生における全ての価値ではないとすれば、クリエーターにとっての価値はクリエーターを尊敬することと、他のクリエーターから尊敬されることも大きな価値だと思うのだ。
プロジェクトリーダーのリーダーシップも重要だが、クリエーターへの畏敬の念を忘れてはいけない。金はなくともクリエーターがやった仕事に「いい仕事ですね」「いい仕事しましたね」の言葉をかければ、動いてくれる者はいるはずだ。
いろいろなものが無償で手に入るようになったしまった現在、資本もない、ボランタリーな活動に頼らざるを得ないのに、クリエーターにエネルギーを注入しようとしないプロジェクトが散見される。
ボランタリー経済も動かすにはエネルギーがいる。それが資本ではないというだけのことだ。
今の世の中格差があることは分かった。でも、資本や金のあるなしだけでは価値は測れない。また、格差を是正するためには、ボランタリー経済が重要な役目を果たす。そしてボランタリー経済を支えるのは、能力のあるクリエーターだと思う。
クリエーターを奮い立たせて、プロジェクトやミッションを成功に導くためには、彼らに金以外のエネルギーを注入する必要がある。今後、ボランタリー経済が重要な役目を果たすというのであれば、そのことを考慮せずにはボランタリー経済は成り立たないと思う。