2009-06-25

ユーザー要求の多様化とペルソナ法

自分の中で失った信頼を一部回復したSONY』の記事に ZACKY さんから以下のようなコメントをもらった。

ZACKY さんは書きました...

お久しぶりです.

起動時間もそうですが,最近思うのが,テレビやHDD レコーダーの電源をオンにするとテレビ番組がいきなり表示されるのに違和感を覚えています.

HDD レコーダーだったら録画リストの方を出してほしいし,テレビでも番組表を先に出してほしいです.いきなり見たくもない騒々しい番組を見せられるのにゲンナリしています.

それから,番号ボタンでチャンネルを切り替える機能,これも僕にとっては要らないです.こんなボタンをつけるぐらいだったら,一発でHDDレコーダーやDVDプレーヤーに切り替えるボタンをつけてほしいです.現状だと入力切り替えボタンを延々と押す必要があります.

顧 客要求については,僕もいろいろと,たとえばペルソナ法を中心に研究している最中ですが,なかなか難しい問題をはらんでいます.難しいと思うのは,顧客の 要望をそのまま機能化するのではなく,顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする部分だと思いますが,この部分の方法論を探しているところです.も し何か情報をお持ちでしたら,ご教示ください.

ユーザーの要求は多様化している。折しも、本日 25日 社長に就任したトヨタ自動車の豊田章男社長は就任記者会見で、今後の経営指針として「マーケットに軸足を置いた経営」を掲げた。

世界各地域の市場特性に合致した事業展開を目指すもので、地域ごとに「攻めるべき分野と退くべき分野を見定め、経営資源を重点配置する」方針を示した。市場によってはトヨタの特徴でもあった商品の「フルライン」政策を見直すと明言、各地域で「必要十分なラインナップ」にしていくと語った。

このため、新経営体制では日・米・欧および新興諸国地域にそれぞれ副社長を地域責任者として張り付け、現地の実情に即した事業展開を図っていく構えとした。

ユーザー要求が多様化し、ソフトウェアができる範疇でものすごく広くなった。(なってしまった) だから、「ユーザー要求」だからということで、各方面での要求を機器に入れていくとあっという間に機能満載の使いにくい組込み機器ができあがる。

このことに気がついている日本の組込み機器メーカーはまだそれほど多くないと思う。どんな要求でもユーザー要求を機器に取り込むことができれば、お客さんは満足してくれるはずと思い込んでいる人は驚くほど多い。

そういう人は会社の中で売り上げが上がったとか下がったとか言いながら数字だけを見て毎日を過ごしている。現場を見ていないのだ。ユーザー要求が多様化したのは時代の流れだが、上司が部下に「技術者は現場を見に行け」と檄を飛ばしていたのは昔の話しであり、そう言われてきて偉くなった人たちが、今になって若いマネージャやエンジニアに「商品が使われている現場を見に行け」となぜ言わないのかさっぱり分からない。

さて、ZACKYさんお尋ねのペルソナ法だが、自分の認識では具体的に存在するユーザー像(例えば、東京に住んでいる女子高生など)のプロフィールを定義し、そのユーザーならどんな機能や性能、サービスを欲するだろうかと考えるやり方だと思う。

これは昔のベテランエンジニアならば誰でもやっていたことだ。自分達の製品が使われている現場に行きどんな風に使われているのがじっと観察する。そして、いくつかの現場を見てもっともポピュラーなユーザー像(ペルソナ)を自分の中で想像し、そのユーザーが一番使いやすいと思われる商品を開発する。

ところが、ユーザーの要求が多様化したためエンジニアが想像するユーザー像が欲すると思われる機能や性能、サービスが必ずしもユーザー要求の総意ではなくなってきた。だから、何を作るにしても想定したユーザー像をエンジニアの頭の中の想像にとどめずに、明示しておく必要がでてきた。これがペルソナ法が確立されてきた背景だと思う。なぜ、明示しておく必要があるのか。それは、あるユーザー像を想定した造った商品が売れなかったら、それは想定したユーザー像が間違っていたと考え、より大きな層のユーザー像(ペルソナ)にシフトするための検証材料に使うからだ。

場合によっては、複数のペルソナを想定してそれらの要求に応じて商品の味付けが変わるような工夫をするとよいのかもしれないが、よくよく考えて作らないと、機能満載の使いにくい機械ができあがってしまう。

商品を使うユーザー像を想定するという話しは、トヨタ自動車の新社長 豊田章男氏が「前経営陣までの拡大路線について、前経営陣までの拡大路線について、身の丈を超えていた」と反省し、「今後は地域に合った商品構成に改めるべく、日本、北米、新興国など地域ごとに販売車種を絞り込む」という新戦略を示し、「国内では広告・市場調査を担う新会社を10年初めにも設立し、消費者の要望や販売現場の意見を、新車開発や生産に反映させる」と語ったことと符合する。

要求が多様化したので、地域によって異なる要求(ペルソナ)別に商品を変えるということだ。何でもかんでも機能を突っ込めばよいと考える時代は終わった。しかし、逆に想定したユーザー像が間違っていたときの傷も大きくなるので、そこは長い年月の間に商品をモデルチェンジしながら、その時代に最適なユーザー像(ペルソナ)を軌道修正していく必要がある。

これまで組込みソフトの世界でこの作業は、商品が使われる現場、パフォーマンスや制約条件、デバイスの特長などの知り尽くしたアーキテクトが担ってきたが、今後はマーケッターやユーザーインタフェースの分析者とともに共同で分析し、分析した結果を目に見える形で残していかなければならない。

P.S.

日科技連のソフトウェア品質研究会でユーザビリティをずっと研究しているグループがある。2006年度の研究論文に『ターゲットユーザを明確にするためのペルソナ手法の実践と課題抽出』というのがあるので参考にしていただきたい。それと、組込みプレス vol.8 で紹介したQFD 品質機能展開も使えるのではないだろうか。「顧客の要望を抽象化して使いやすいデザインにする」というのは具体的には、さまざまな顧客の要求や、市場環境や、他社状況や、ステークホルダの好みなどに優先度付けし、最終的には想定したユーザーへの価値が最大になる点を見つけることだと思う。そのためには QFD が有効だと感じる。

2009-06-13

自分の中で失った信頼を一部回復したSONY

定額給付金とエコポイントが出そろったところで、我が家も古くなったブラウン管テレビを地デジ対応の液晶テレビに買い換えた。

これまで使っていたブラウン管テレビは 2003年製の29インチ SONY製のBSデコーダ内蔵テレビ。地デジ対応までのつなぎのつもりで5年ほど前にすでに型落ちになっていたこのテレビを確か5万円台で買った。

あのときはまあ安いからいいやとよく比較もせずに買ったこのブラウン管テレビには買ってから後悔したことがあった。電源を入れてからテレビの画面が表示されるまで12秒もかかる点だ。音声は約3秒ほどで出てくるが画面表示まで12秒もかかるのはせっかちな自分には我慢ならない。

この事実は日本の電機メーカーがカタログスペックに載る機能しか見ておらず、本質的なユーザーニーズを分析できていない典型的な例として、(TVとDVDレコーダーの電源投入に時間がかかるところをビデオに撮って)いろいろな場面で紹介させてもらった。

【これがTVの起動時間の様子】




【これがHD/DVDレコーダにDVDを入れたときの起動時間の様子】

※画面右上のローディングマークが消えるまでの時間に注目



そんな中で、2008年2月に日本ビクターが起動時間を10秒から3秒に短縮した液晶テレビを発売したことをブログで話題にした。『パフォーマンスを商品の価値に置き換えられない日本の企業

起動時間という「当たり前品質」に相当するユーザー要求を前面に出してきた新しい試みといえる。

一度痛い目にあったら次の買い物では二度と同じ過ちを犯さないのが信条なので新しい液晶テレビを選ぶ際にはかなり慎重に選んだ。

普通なら一度イヤな思いをしたメーカーの同じ分野の商品は買わないのだが、ここ数年ずっといろいろな情報誌等での液晶テレビの評価をリサーチしていて結果的にまた SONY の40インチの液晶テレビを買った。

BRAVIA KDL-40V5 という機種だ。買ってから約一週間たったが、意外や意外本当によくできていると思った。テレビの起動時間は約7秒でストレスをそれほど感じることなく立ち上がり、待機電力を時間帯を指定してあげることでさらに高速起動が可能になる。

SONYだからたぶん OS には Linux を使っているはず。普通ならLinux の起動には30秒くらいはかかる。今や多くのメーカーはハイバネーション機能を使ってOSをゼロから立ち上げることはせず、高速で立ち上がるために必要なメモリの状態をあらかじめハードディスクにコピーしておき、それをダイレクトにメモリに読み出すことで起動時間を早くしている。

だから、この液晶TVも指定したチャンネルの画面は早くでるが、画面表示以外の設定などを電源投入直後に行おうとしても、それは待たされる。すぐにやりたいことと、そうではないことの区別と対応ができている。「そんなこと簡単じゃないか」と思うかもしれないが、設計の初期段階でそのような仕様の選択ができるエンジニアは非常に少ない。ユーザーが何を求めているかを熟知していて、かつ優先度の高い機能や性能と優先度の低い機能や性能を整理できて、優先度の低い機能を勇気を持って切るくらいの決断力が必要になる。

総じて、SONYの液晶TVの何がいいかというとユーザーインタフェースがいい。これは間違いなく、エンジニアが試行錯誤で作り上げた機能仕様ではない。プロのユーザーインタフェースのデザイナーが使い勝手をかなり研究して作った仕様だ。情報家電は機能や性能がよければいいのではなくユーザーに対するサービスがよくないと、より多くの人には受け入れられないし結果的には競争に負けることが家電メーカーにも分かってきたのかもしれない。

【SONY の液晶テレビで感心したこと】
  • デフォルトで平均的なユーザーの好みの設定になっている。
  • 映像の画質をあえてデフォルトダイナミックにしてスタンダード設定は選択できるようにしている。(ダイナミック設定はとてもくっきりはっきりしている。家電量販店で他社の機種より目立つには有効。どぎついと思ったユーザーはそう感じたときにスタンダードにすればよいという考え方。よく考えていると思う。マーケッターのアドバイスがなければスタンダードをデフォルトにするだろう。)
  • いろいろな設定をグルーピングして大まかに好みのグループをユーザーが分かりやすい言葉で選べばよいようにしている。
  • 操作に対するレスポンスはストレスを感じないほど改善している。(一年前に買ったHD/DVDレコーダに比べるとその差は歴然)
  • 接続する機器やアナログ、地上デジタル、BS、CSのチャネルと選ぶ項目がとてつもなくたくさんになった。これを選択しやすくするために、リモコンのHOMEキーを押すと、縦横の十字の選択インタフェースが表示される。これは非常に分かりやすい。階層を深くすることなく全体の中のどこを選択しているのかが直感的に分かる。(設定メニューの階層が深くで自分がどの位置にいるのか分からない製品は多い)
  • 電源投入時間を短縮したいユーザーに対するトレードオフ(消費電力を朝など時間帯を設定して上げることで早くする)を用意している。
  • 待機電力を限りなくゼロにしたい人のための主電源スイッチが用意されている。
ちなみに、これだけいろいろなことができ、いろいろな機器を接続できるようになっていると普通なら取扱説明書が相当読みにくくなる。それに関しては SONY はWEBサイトをうまく使っている、購入したTVの取り扱いに関するナビゲーションのサイトが用意してあり、自分がやりたいことを選択していくと、どのような接続、どのようなオプションが必要であるか分かるようになっている。紙の取扱説明書でできないことをWEBサイトを使って上手にナビゲーションしている。

時代は変わった。組込み機器のインタフェースはエンジニアがいろいろな人(ステークホルダ)の言うことを聞きながら試行錯誤で作り込む時代ではなくなった。ユーザーインタフェースはユーザーの使い勝手や市場での競争力が最大になるように、プロのデザイナーが考え実現可能かどうかをエンジニアと詰めていくように変わってきた。この液晶TVを見ている限り、機能が優先され性能が置いて行かれることもなくなったように見える。

ただ、そんな設計を分業でできるのは大企業だけかもしれない。ユーザーインタフェース専任のデザイナーを用意できないような組織ではエンジニアがその役割も担う必要があるのだ。

P.S.

消費電力をブラウン管TVと比較してみたら、29インチのブラウン管TVが130W, 待機電力が 0.07W で、新しく買った40インチの液晶TVが 129W, 待機電力が 0.12W だった。画面が大きくなっているから効率はよくなっているが、絶対値だけ見ると消費電力はほとんど変わらないし、待機電力はアップしている。エコポイントも23,000ポイントもついてものすごくエコに貢献しているように見えるが絶対値で比較すると実は貢献していないというのが現実だ。

個人的にかなり投資もして愛用していた CLIE を市場から撤退したSONYに対する怒りはまだ消えていない。(iPod touch がこれだけ売れているのだから市場はあったはずだ) 一度失った信頼を回復するには時間がかかるのだ。